奔走編 ブラン商会①
「お疲れ様、何かあった?」
合流地点にて、先に待っていたエルとオズの元にレオンたちがやってきた。
「ブラン商会の合言葉を手に入れました」
「ブラン商会の合言葉……?あとレオン、ずいぶん髪が乱れているけど何かあったの?」
「やんちゃしてきたみたいだぜ、おまえさん髪型が変わると印象変わるのな」
イケメンは得だねと口笛を吹きつつオズが揶揄する視線を送ると、レオンは即座に髪の乱れを手櫛で直し始めた。
背後のセラフィナはその様子を何も言わず無言で微笑むが、何も言われていないカイルは汗をかいた。
ここに来る途中で、合言葉を得るために行なった手段のことは一切他言するなどレオンに脅されているからだ。
「ブラン商会は酷い店だったわ、特に店員……なんであんな人を雇っているのかしら」
「まぁ、客が来なくて暇なんだろうよ」
エルは先ほど起きたことを愚痴る。
同じく店の様子を見たオズは何とも言えない顔をした。
あのやる気のない接客態度、もし公爵令嬢時代にあの店員に遭遇したらエルは本当に家の力で制裁を与えていたかもしれない。
「どうする?もう一回商会に行くのか?」
冷や汗を拭いながらカイルが尋ねた。
「さっきの店員がいなさそうな時間に改めましょう。バイトだって言っていたし」
旧都の夜。街の中の街灯に灯りが灯されて暗い街もところどころに温かな光が宿る。
そんな柔らかい灯りの灯る街の中、再度昼間に行った路地裏の因縁の商店にエル一行はやってきた。
カランカランとベルが鳴る。
ブラン商会は夜も問題なく営業しているようだ。
「いらっしゃいませ」
エルたちの来訪に気づいて、店の棚の埃をはたきで叩いていた青年が声をかけてきた。
因縁のある紫ボブカットの色眼鏡の店員の姿は見当たらない。
店内はやはり古さと狭さは感じるが、昼間感じたような店としてどうかと感じる異質さはほとんどなかった。
「………普通ですね」
酷い店だと前情報を聞いていたレオンは不思議そうに首を傾げる。
「エル、貴族時代に目が肥えてるから一般庶民的なやつが低品質に感じちゃったりしてるのか?」
続いて覗いたカイルも同じ印象を持ったようで少し冷めた目でエルに尋ねた。
「ち、違うわよ……ねぇ、オズ!あなたも見たでしょう!?」
「オジさんは、庶民の店はこんなもんだって昼も言ったしなあ」
「あの、何かお探しですか?」
こそこそと集団で会話をするこちらに不思議に思ったのか、埃をたたいていたエプロンをつけた青年が尋ねてきた。
少なくともちゃんとした会話ができる印象で、間違っても「らっしゃせー」とか「無理っすー」とか言い出すふざけた態度ではなかった。
「“この国で一番白い手袋が欲しい”」
レオンは、婦人を口説いて手に入れたブラン商会の合言葉を伝える。
青年はそのキーワードが告げられた瞬間、初見の客から合言葉が出たということで一瞬驚いた顔をした後、再度頭を下げて礼をする。
「かしこまりました“どのようなものがお望みでしょう”」
情報屋としてのブラン商会の顔が公開された瞬間である。
「ミルリーゼ・ブランという少女を探しているの。あなた何か知らないかしら?」
「ミルリーゼさまを?」
「そう、銀髪でおさげで空色の瞳の」
「………どうします?店長」
店員は少し考えた後、振り返る。
エルが気づくと視線の先のカウンターの影に隠れるように昼間の紫のボブカットの女性が本を読んでいた。
「うちでは扱ってないっていっといてー」
「だ、そうです」
「店長って……あなた」
エルはつかつかと歩み寄って顔を覗く。
盛大にめんどくさそうな顔をしたボブカットの女性は思ったより若く、エルよりも顔立ちは幼く見えた。
「しつこいなーもう、きみ出禁にするわ、二度と来ないでくれますかー?」
面倒そうに少女は頬を掻くと立ち上がり、追い出そうとしたのかエルに掴もうとする。
その小さな手が触れた瞬間、気づいた。
少女の色眼鏡の下の瞳が、空色に輝いていること
そして座っている時は気づかなかったが彼女の背丈は、ガラハッド領でできた友人エリザベートと同じかそれよりも低く感じるくらいの小柄であることを……。
「あなた、もしかしてミルリーゼ?」
「………っ」
エルが尋ねた途端、少女のメガネ越しの目があからさまに冷めるのを感じた。
「あなたはどなたですか?僕の学園時代の友人とか名乗ってましたけど?」
紫の髪の毛先を指でくるくるといじりながら、不機嫌そうに少女が尋ねた。
エルは事実ではないことを言ったことで、彼女がこちらを警戒しているのだと気づいて反省する。
「ごめんなさい、私たち面識もほとんどないものね」
「そうだね、僕はきみの顔に見覚えがない。でも僕そっちの赤い髪は知ってる。カイル・ガラハッド辺境伯令息。アルフォンス王子のご友人だった人だよね」
「えっ!?あ、はい」
突然指名されて慌てたカイルが生半可な返事をする。
店員の態度や、どう見ても少女なのに「僕」と名乗る個性に圧倒されていたようだ。彼も貴族としてそれなりに綺麗な世界に生きていたので戸惑っていたのだろう。
「きみはアルフォンス殿下に啖呵打って退学したんだろ、エスメラルダ・ロデリッツ公爵令嬢への仕打ちにキレて。でも二人は実は影で恋人同士で不貞の事実にアルフォンス殿下が怒り婚約破棄したって噂もあるが……」
「なっ!?」
カイルは初耳の噂に顔を真っ青にさせた。
自分の知らないうちにそんな噂になっていたなど微塵も知らなかったからだ。
「そんな噂でたらめよ。認識を改めなさい」
エルは即座に否定した。
声のトーンにあからさまに怒りが孕んでいると、レオンやオズ、セラフィナも気づく。
当然だ。エルは不貞をされたのに、加害側にされたのだ。
「おいおいなに怒ってるんだよお姉ちゃん、噂だろ?辺境伯子息と公爵令嬢が禁断の恋の関係だろうが何だろうが僕たちにはなーんも関係ないだろう」
女性店員はは不敵に笑んでエルの震える瞳を煽るように覗き込んだ。
「お姉ちゃんが、エスメラルダ・ロデリッツじゃあるまいし」
言葉で否定はしているが、その空色の目はエルの正体を看過したように見えた。
癖が強めガールとの再会




