奔走編 旧都③
一方その頃、レオンチーム。
「美しいマダム……あなたの力を是非、この私に授けていただきたいのです」
「まぁいけませんわ素敵な殿方、私には旦那と子供が……」
レオンは酒場で御婦人相手にナンパをしていた。
(終わり)
「顔がいいとは思ってたけど天職じゃね?」
「レオン様……」
酒場の入り口からカイルとセラフィナが様子を伺っていた。
旅用の外套を脱いだレオンは、薄いシャツをはだけさせ無造作に髪を上げて遊び人のような雰囲気を纏っている。
彼が口説いているのはこの町でも有名な情報通の女性だった。
元々はブラン商会の情報集めから始まった。
ブラン商会からゆりかごから墓石までというどこかで聞いたことのある丸パクリフレーズをキャッチコピーに旧都の裏路地と王都で店を経営する商会だった。
ただ、商売の幅が広く浅すぎて中途半端だし、ブラン子爵家の資本金もそこまで多くないのか、近隣で似たような商会を経営する侯爵家や伯爵家の店舗に比べると大きく業績で劣っていて、王都の方はなんとか商会主であるブラン夫妻が経営を安定させてはいるが旧都の方では閑古鳥が鳴く有様である。
しかしその状況でも潰れないブラン商会には裏の顔があるらしい。
その顔とは、情報屋としての側面だ。
ブラン商会は雑貨業を営む裏側で情報屋としても働いていて、その情報網は王都と旧都全域に広がるらしくその情報に触れるためにはブラン商会の設定した『合言葉』を告げなくてはならない。
ブラン商会の情報に、エルが知りたがっていたソフィア・オベロンの秘密があるかもしれないと考えたレオンは、こうして町でいちばんの情報通と噂されている女性を誑かしているのである。
もちろん最初からこんな手段を使ったわけではない。
酒場にやってきて最初に女性にカイルがブラン商会について尋ねたら、
「子供の相手をしている暇はない」
続いてセラフィナが尋ねても、
「教会の人間に教えることはない」
と、旧都の民らしく婦人は閉鎖的で終始冷たい対応であった。
そんな彼女の相手に、最終手段でひと肌脱いだのがレオンであった。
その結果、顔立ちのとても良い遊び人風の男に噂好き婦人は即陥落した。
「いけませんわ………私にはもう子供もおりますの、もっと早くにお会いしたかったわ、素敵な殿方、あなた様のお名前だけでも…!」
「私は……ロミオと申します……」
レオンは目を伏せて、意味深に微笑みながらこの旅で何度目かの偽名を名乗った。
「ロミオ様……ああ、あなたは何故ロミオなの」
「お美しいお方、あなたの叡智が必要なのです。どうか私にブラン商会の合言葉を教えてください、それ以上は私は望みません」
目を潤ませる女性の耳元でロミオと名乗ったレオンはささやいた。
耳元に吐息がかかるたび、女性は頬を真っ赤にさせながら口元を覆って感嘆の声を漏らす。
酒場の外でカイルは(何を見せられているのだろう)と内心思った。
「……チッ、ルチーア教会のやつがこんなところで何してんだ。忌々しい」
その時、背後から見知らぬ男の声がした。
振り返ると知らぬ男が、敵意を帯びた視線を向けている。
シスター服のセラフィナに対してのコメントだとすぐ察したカイルは、男の視線から庇うように前に出た。
「なんだとおっさん!」
「良いのですカイル様……わたくしは大丈夫ですから」
「………フン」
見知らぬ男はそそくさと、嫌味だけを残してその場を去った。
わざわざ嫌味だけを言いに来たのだろうか?暇な男である。
「旧都は聖女ルチーア様が滅ぼしたノクタリア帝国の元首都、そのせいでルチーア様をあまりよく思わない人々も一定数いるのです」
「そんなのおかしいじゃん、セラフィナは何も悪いことしてないのに」
「構いません。一人だったら多少は傷ついていたかもしれませんが、隣に怒ってくださるカイル様がいらっしゃるだけでわたくしには十分ですわ」
セラフィナはそう言って微笑む。
優しさに満ちた慈愛の表情にカイルも込み上げた怒りをどうにか飲み込んだ。
「……終わったぞ」
盛大に疲れた表情をさせて、夫人の相手を完了したレオンが二人の元に戻ってきた。
セラフィナは預かっていたレオンの外套を渡す。
「レオン、ちょっと慣れてたけどもしかしてこういうのよくやるのか?」
「……はぁ?」
カイルの問いかけに、素っ頓狂な声を上げるレオン。
「レオン様、わたくし今見たことはエル様には絶対に秘密にしますね」
「……セラフィナ嬢まで変なことを言わないでいただきたい」
妙によそよそしい二人にレオンは頭を抱えながら、
夫人から引き出したブラン商会の合言葉を、エルに引き継ぐために合流地点へと戻るのであった。
レオン先生のナンパ回




