奔走編 旧都への道①
ガラハッド領から山岳地帯を下り、一行は街道を歩く。
王国の秋の道は歩みやすく、危険な魔物もガラハッド辺境伯の兵士たちの定期的な討伐隊のおかげか行きのように巨大な蜘蛛や魔猪に追いかけ回されるということはなかった。
「検問が敷かれているわね」
ガラハッドの街を出て一週間ほど経った夜のことである。
平坦な夜道を歩いていると最初に視力の良いエルが、先方に松明の明かりとテントが建てられて兵士が複数で街道を旅ゆく人間に声をかけていることに気づいた。
検問であるということに気づくのに時間はかからず、一行は咄嗟に向こうがこちらの存在に気づく前に木の陰に身を隠した。
「……お父様の兵かしら」
「また懸賞金の金額が上がってたりしてな」
カイルはそう言って横にいるレオンの顔を見た。
現在の彼の懸賞金は金貨五十枚。
だがカイルは、自分の父に金貨百枚狙えますと大見得を切っている所を隣で見ているので、揶揄するように横目で見た。
「………」
顔のいい剣士の男は苦虫を噛んだような顔をして無言を貫く。
「強行突破でもいいぜ、お嬢様」
オズは杖を軽く振ってみせた。
兵士の数は二人ほど、彼の魔法なら問題なく突破できるだろう。
「ことは荒らげない方が良いでしょう。目立ちたくないし……でも様子は気になるわね。セラフィナに旅のシスターのふりをして探ってきてもらうってのはどう?」
セラフィナは顔が割れていない。
それを利用しての提案だ。
「わかりました。その役目、承ります」
セラフィナは緊張した面持ちで頷いた。
「………俺も行くよ、適当に口八丁で誤魔化してやるからセラフィナちゃんは黙って微笑んでな」
こういうのは得意だぜと、オズは笑った。
エルはこの男の口のうまさは旅の最中で何度も見ているので彼の自己主張に納得して苦笑する。
オズは普通の旅人が持っていたら怪しまれる、いつものボロいローブに不釣り合いな派手な装飾品を全て外すと、念の為顔を隠すようにフードを被る。
一見すると胡散臭い魔法使いはただの旅人のように見えるし、となりにシスターのセラフィナがいたら護衛のようにも見えた。
「よろしくね二人とも、私たちはもう少し近くで身を潜んで様子を伺いましょう」
「そこの旅人、止まれ」
検問敷いていた兵が、闇夜の中から姿を現したオズとセラフィナに声をかけた。
「へい、兵士様お疲れ様です」
オズは愛想笑いをして、セラフィナは無言で微笑む。
「王都から逃走中の罪人を探している。レオン・ヴァルターという男だ。歳は25だからおまえよりは若いが、共に金髪の公爵令嬢が逃げている。そちらのシスターに似ているので少し調べさせてもらうぞ」
兵士はレオンの姿が描かれた手配書を見ながらオズとセラフィナを見比べた。
エルは若い女性。髪の色は今でこそ黒髪で短く切られているが、元は長い金髪の美しいご令嬢、それだけならセラフィナも同条件だ。
「(年齢はともかく瞳の色が違うでしょうよ、ずいぶんザルな捜査ね)」
すぐ近くの草むらで身を隠して男の話を聞いていたエルは心の中でツッコミを入れた。
エルの瞳はエメラルドのようなグリーンで、セラフィナの瞳は藍に近い青色なのだ。違う色である。
「すみませんシスターさんはあんまり異性と話しちゃいけねえんです、俺は教会の洗礼を受けてるので必要な会話くらいなら許されてるですが、兵士様、勘弁していただけないでしょうか」
オズがセラフィナを庇いに咄嗟に男の前に立つ。
今適当に考えたのか、それらしい設定を途切れることなく語り、彼女に男が近寄らないように防ごうとしている。
「……なにか隠し事をしている様子なら本格的な尋問にかけるが?」
「シスターまずは名前と所属を言え」
一人はそんなオズを厳しい声で牽制して、
もう一人がオズの庇いなど知らんとばかりにセラフィナに質問を始めた。
「………セラフィナと申します。所属は聖ルチーア教会、現在は善行を積むため、いろいろな町の教会を旅をして回っております」
尋ねられたセラフィナは静かに答えた。
言葉に抑揚がないが不自然さもない。
初めての偽装工作にしては上出来だとオズは内心で彼女の演技を褒める。
「ほー、そうかい。そりゃ難儀なことだな。すまんがシスターさんよ、何か隠してないからチェックさせてもらうぜ」
「………俺は?」
「おっさん、あんたはいいよ。黙って見てな」
兵士たちは下卑た笑いを浮かべるとセラフィナの服の上から体を探った。
その不快な手つきに、穏やかな性格のセラフィナも微かに眉を寄せる。
「何あれ!チェックとか言いながらセラフィナにセクハラしてるだけじゃない、許せない!ぶん殴ってやる」
「エル様」
飛び出そうとしたエルをレオンは静かに名前を呼んで制した。
ここでエルが飛び出したら、オズ達の偽装工作は全て水の泡だ。憤る主人の気持ちはわかるが、レオンとしてはここは耐えていただきたい。
「うわ〜……あからさますぎて引くわ」
カイルのドン引きが隠せない呟きは、少なくとも草むらの中の三人には共通した感想ではあった。
「どーも、俺の勘が何か隠してる気がするんだよねぇ、シスターさん悪いけどもう少し詳しく調べさせてはくれないかねえ?このシスター服の下に何かを隠していないかどうも気になって仕方ない」
セラフィナの体を探っていた男がニヤリと笑いながら言い出した。
流石にそれは検問の行為を超えている。
「兵士様……どうかご勘弁ください、シスターは神に心身を捧げる身、そのような行為は戒律に反します」
「うるさいぞ、おまえ。尋問にかかりたいのか」
オズは咄嗟にセラフィナを庇った。
あくまで護衛役を貫いているのか、本心からは定かではないが流石にこの行為がやりすぎであるのは正しい意見だ。
エルは助けを求めるように隣にいるレオンに目を向けると、レオンは目を瞑り、カイルの視線を腕で隠しながらそっぽを向いていた。
セラフィナの受けるかもしれない屈辱を見ないようにとの彼の判断なのだろう。
「ちょっレオン???なに??」
状況に追いついていないカイルの場違いな声だけがその場に存在した。
「………わかりました、ですが護衛の目があります。申し訳ございませんが人目のないところに連れて行ってはいただけませんか」
「………良いだろう」
「おまえはそこから動くなよ」
オズにそう言い残し、セラフィナを連れた兵士は検問のテントの物陰に向かったが派手な打撃音を二つ響かせて彼女はすぐに戻ってきた。
「あーらら、やっちゃった」
テントの影に、腹に鉄拳を喰らって一発KOとなった男たちの姿を見てオズは楽しげに笑った。
「神罰です、神はお許しになるでしょう」
殴った本人は手を組んで微笑んだ。
事を荒らげるなとの当初のエルの指示を盛大に破ったセラフィナの鉄拳制裁を責める仲間はエルの中にはいないことは確かである。
「じゃ、ついでに寝かしておいてやるよ。一生寝ていてほしいが、まぁ朝まで熟睡コースな」
オズは慣れた手つきで呪文を唱えると、伸びている男たちに睡眠の魔法をかけた。トラウマレベルの悪夢のおまけつきだ、さぞかし今宵彼らの見る夢はとても刺激的なことになるだろう。
「セラフィナ!大丈夫だった!?」
全てが終わったので、草むらからエルは飛び出してセラフィナに抱きつく。
「ごめんなさい!カイルにやらせるべきだったわ」
顔が割れていないというだけならカイルも同条件だ。少なくともこんな目に会うことはないと予想もできる。
エルは申し訳なさに声を震えさせながら、腕の中のシスターに詫びた。
「良いのですエル様、まさかこんな下劣な兵がいるだなんて誰も思いません」
「こいつら、お嬢様とレオンを探してたよ。ロデリッツの兵士かね」
オズは伸びている男の頭を杖先で叩いた。
「ロデリッツの兵がこのような行いをする筈がありません。あの兵団の規律はこの国で一番厳しい」
レオンは首を振って、オズの質問を否定した。
「なぁ……これ見ろよ」
カイルは兵士の鎧につけられた、紋章を指差した。
そしてそれを見た一行は固唾を飲みこむ。
「これ、王立の騎士団の紋章だぜ……」
父の私兵の団員か何だと思っていたこの兵士達は実は王国騎士だった。
すなわちそれはエルたちの捜索にアステリア王国が本格的に動き始めた事を意味していた。
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