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奔走編 旧都への旅立ち






「………ってことで私は旧都にいくわ」


翌朝、エルはカイルに次の行き先とガラハッド邸を本日出ることを告げる。


「おぉ、そうか」


「カイル……別についてこなくて良いのよ。あなたはガラハッド領に残ったっていいの。何も言わないわ」


この地は彼の愛した故郷であり、彼の大切な家族が住む地だ。彼から大切なものを引き離してエルの旅についてこいと命令する気は、今のエルには無かった。


「水臭えこと言うなよなエル、オレだけ除け者なんて冷たいこと言わないでくれよ。オレはあんたを守る騎士になりたいって仲間になった時に言っただろ」


エルの提案を拒否して、カイルはついてくると意思を告げる。その目に迷いの類は一切なかった。


ふと気づくと、カイルの手には見慣れない槍があった。折りたたみ式なのか、旅で持ち歩くことにも対応したデザインの槍だ。

刀身部と柄で一つにセットになっている槍は展開したら十分に武器として威力がありそうだ。


それに彼の得意だと言っていた武器だ。戦闘力としては間違いなく増すだろう。


「前回、家を出た時は持ってこなかったんだけど、今回はオレの愛槍を連れてくぜ、ガラハッド流の最強の槍術を見せてやるから期待しとけよ!」


「ふふ、頼りにさせてもらうわね」


エルとカイルは、お互いの意思を尊重するように力強く握手をした。


「お二方、とっても素敵です……是非わたくしの力をお役に立ててくださいね」


エルとカイルのやり取りを間近で見ていたセラフィナは、二人を祝福するように優しく微笑む。


「セラフィナ、もちろんよ。期待させてもらうわ」


「そうと決まったら早速出発だな、旧都に行くなら徒歩だと一ヶ月くらいはかかるかな。準備したら出ようぜ」


「そうね。それじゃ……まずは」





エルはそこでようやく、部屋の隅のソファで項垂れている男二人に視線を送った。


「レオン、オズ……あなたたち昨日の夜は何していたの?その体たらくはなに?」


「も……申し訳ございません……」


顔を真っ青にさせたレオンは痛む頭を抱えている。吐きそうなのか手元には洗面器を抱える始末だ。


「もう飲みません絶対飲みませんもう飲みません……」


オズは膝を抱えながら譫言のように繰り返していた。

どうやら両者ともよほどきつい酒を経験したようだ。


「セラフィナも昨夜いなかったよな?何してたんだ?」


だらしのない大人たちにそうそうと見切りをつけて、カイルは一人平気そうなセラフィナに尋ねた。


「わたくしはとても有意義なお話を聞いておりました」


「へ、へぇ……」


手を組んで祈るような口ぶりで話すセラフィナに、勝手に宗教的な講話の類と納得して、エルは再度冷たい目で二日酔いに苦しむ男性二人に軽蔑の目を向けた。


「本格的に禁酒のルールをつくろうかしら」


「そうだな。みっともねぇ大人」


若者二人は冷たく吐き捨てた。

正直のところ、普段は剣技と魔法でとても頼りになる二人なのに、今の二人はとても心細い。

このまま旅に連れてって大丈夫なのかと心配になるレベルだ。


「申し訳ございませんエル様……」


「なんでセラフィナちゃんは平気なんだろうね……オジさんびっくり」


「セラフィナは真っ当な大人だからだらしなく酒に酔ったりしないわよ。……ねぇ、セラフィナ」


「そう思っていただけるなんて光栄ですわ、エル様」






出発はガラハッド家との別れである。

全員の支度が済んで、二名が重症だがエルは旅立ちを家長であるガラハッド辺境伯に告げた。


「……そうか」


私室で公務中の辺境伯は新たな旅の出発を申し出たエルと隣で誇らしげに立つ息子へ視線を寄せる。


「不肖の息子だが、存分にこき使ってくれ」


「ありがとうございますガラハッド辺境伯閣下、どうかお元気で」


「いつでも領に来なさい。私たち家族は皆、エスメラルダ嬢の味方であると約束しよう」


そう言ってガラハッド辺境伯は仕事机から立ち上がると、エルに固い握手と、隣の息子の肩を叩いた。


「誇れる仕事をしろ。中途半端で投げ出すな、考えなしで突っ込むな。お前は将ではなく兵なのだからちゃんとエスメラルダ嬢やレオン殿の指示を聞くこと……ところでレオン殿、なぜそっぽを向いておられるのかな」


「…………」


下を向いたら吐くからです、とは口を裂けても言えずレオンはなんとか意地でガラハッド辺境伯に向き合う。


「すみません、あまりに見事な書斎に見入っておりました。……辺境伯閣下、お世話になりました」


頭を深く下げて礼をした。

その手の震えを見てオズは内心同情した。


「(わかるよレオン……正直限界だよなァ、多分あれは喉元まできてるやつ)」


「(レオン様……、わたくしの治癒術では二日酔いを治せず申し訳ございません)」


「(レオン、誤魔化すのうめえな……あれが処世術か、オレも勉強しとこ)」




「エルさん!!!!」


一行がいるガラハッド辺境伯の執務室に、新たな来客の足音が飛び込んだ。

カイルとお揃いの赤い髪を振り乱して、カイルの妹のエリザベートが駆け込んでくる。


「行っちゃうの!?どうして、もっとここにいて!」


「ベティ……」


慌てた様子の少女はエルの手を握ると、今にも泣き出しそうな顔をして必死になって呼びかける。


「エルさんもっとここにいてよ!お父さんも良いって言ってたじゃない!アタシもっとエルさんと一緒にいたいの」


「我儘を言うんじゃない」


「我儘じゃないもん!城門の外は危険なのよ、エルさんなんでわざわざ危ないところに行くの?ここにいたほうが絶対にいいわ!そうだ、お兄ちゃんと結婚すればいいのよ!」


父からの叱咤をものともせず、少女の勢いは止まらない。


「結婚」という単語がでた瞬間、レオンが反応したが彼はそれどころではないので一旦聞かなかったことにした。


「……ベティごめんなさい。あなたと過ごせてとても楽しかったわ。でも私はどうしても行かなきゃいけないの」


エリザベートの赤い瞳に大粒の涙がたまる。

泣かせてしまったとエルの胸は締め付けられるが、それを拭いながらエリザベートは震える声を上げた。


「うん……無茶言ってごめんなさい。アタシ、エルさんが初めての女の子の友達なの、本当はアタシもお兄ちゃん達についていきたいよ……でもお兄ちゃんみたいに戦えない……エルさん、また来てくれる?」


「ええ、もちろん」


「アタシ待ってるからね!絶対絶対会いに来てね」


ベティはそう言ってエルに親愛のハグをした。

彼女の赤い髪からは異国を思わせる独特の甘い香りがして、ベティの暖かさはエルの胸を締め付けた。


「あと……お兄ちゃんと結婚する予定ある?」


「ないわね」


ベティの希望の目の輝く問いかけは、即座に却下された。


「なんだろう最後の最後まで、妹にすごいバカにされた気もするし告白もしてないのにエルに振られた感じもする」


「カイル様、お気を確かに」


「そうだよカイル、お母さんはあきらめなければきっといいお嫁さんが来てくれると思うわ、応援するからね。あっ……コレお弁当ね。よかったら途中で食べて!日持ちするやつ詰めといたから」


こうして、最後まで賑やかなガラハッド家の面々に見送られて一同は北の辺境の地からの旅立ちを迎えた。


目指すは旧都、謎多き宿敵ソフィアの出身の街である。









「………すみません、5分だけ時間をください」


「出発……明日にした方がよかったかしら」


木の影に口を押さえて向かうレオンを見ながらエルは呆れたように呟いた。

オズはカインにおぶさりながら、冬が近い北の空を相手に勝手に恨んでいた。





辺境の街、完結です!

まだまだ第二章奔走編は続きます。


ギャグにたまにシリアスでいくので楽しんでいただけたら幸いです。


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