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奔走編 北の街の酒場にて③

 


 レオンの重すぎる告白は、賑やかな酒場の一角の空気を冷やすには十分であった。


「セラフィナちゃん、ホットワインでも飲むかい?」


 冷えちまっただろと黙り込んだセラフィナに気を回しオズは店員に追加の注文をする。

 すぐにあたたかな木製のカップに入ったワインが届いた。


「ありがとうございます、ではわたくしも身の上話を……と言いたいのですが特に話すことはないのですよ」


 受け取った温かなワインを片手に、清廉なシスターは微笑んだ。


「セラフィナちゃんは生まれは?」


「わたくしの家も王都にありますわ、父も母もルチーア教会に所属しており、父は信仰都市の本部に勤めております」


「お母さんは?セラフィナちゃんの親ならさぞかし美人なんだろうね」


「うふふ、容姿に関しては身内なので言葉は控えますが母はとても強い方ですわ。もしかしたら父より強いかもしれません。わたくしに戦いの術を教えてくれたのは母です」


 出会った頃、馴れ馴れしくちょっかいをかけた時に受けた裏拳を思い出したオズの顔が引き攣った。


「セラフィナ嬢は何故、この旅路についてきてくれたんだ?」


 酒が回り切って大人しくしていたレオンが、尋ねた。似た質問は夕方の路地裏でオズがしたが確信的な答えははぐらかされていることをレオンは知らないのだろう。


「エル様の旅路に女手があったほうが役に立つと思ったのです。言いにくいですが旅の途中、ずっとエル様のお料理を召し上がっていたらレオン様のお身体に支障が出てしまいますよ」


「………返す言葉がない。セラフィナ嬢の配慮に深く感謝する」


 公爵令嬢のエルに料理をさせるのがそもそも間違いなのだ、伯爵令息のカイルも料理経験が皆無なので傭兵上がりで自炊経験も一定はあるレオンが炊事をすべきなのだが何故かエルは意欲的に料理をしたがり、結果出来上がった暗黒の料理を平らげていたのはレオンだった。(カイルは一口でギブアップした。)


「セラフィナちゃんやっさしいねえ、さすが慈愛の聖女様。セラフィナちゃんの瞳に乾杯……」


「わたくしは聖女ではありませんわ。うふふふ、乾杯」


「………乾杯」


 何度目の乾杯を交わして、場の空気も落ち着いたのでオズはそろそろ解散かねと窓の外の月の位置がだいぶ高くに登っているのを見ながら考えた。


「じゃ、セラフィナちゃんそろそろ帰りな……あんまり遅くなると怖い狼がでてくるぜ、レオン……送ってやんな」




「………い」




「ん?」


 レオンはいつのまにか目が据わった顔をしてジョッキを飲み干すと机の上にドンと大きな音を立てて酒のジョッキを置いた。


「夜まだこれからですよオズ殿、本日はこれより俺の記憶にあるエスメラルダ様との素晴らしき思い出〜11歳から15歳まで〜を語る。途中退席は許可しないのでそのつもりで、店員、エール酒を2つ持ってこい!!」


 いつのまにか完璧に出来上がった酔っ払いがそこにいた。


「………あ、レオン。酔うとそうなっちゃうタイプなのね」


 セラフィナは「素敵です」と微笑んで、ノリノリで聞こうとしている。


 オズはこの状況に苦笑いを浮かべながら、心の中で「帰りたい」とぼやいた。


※お酒は20歳になってから

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