奔走編 北の街の酒場にて①
「レオン様……」
「どこから聞いてた感じよ」
オズは記憶を辿る。
エル関連で地雷を踏むとレオンは剣を真顔で抜く男だ。
これまでも何度も殺意を向けられたし、だいたいそう言う時に間に入って止めてくれるカイルはここにはいない。
あ、これ俺、死んだわと思考を巡って結論に至るまでのオズの脳の回転は早かった。
「オズ殿……」
なんとも言えない表情でレオンがこちらに寄ってきた。
オズの周りに走馬灯が回り始める。
流石にここで派手にドンパチを始めて勝算はあるかを考える。
レオン一人ならなんとかなるかもしれないが、セラフィナも加勢されたら非常にきつい。
物理二人を同時に相手するような戦闘は魔法使いにはとてもハードなのだ。
「申し訳ありませんでした、本来なら俺がエル様に言うべきことでした。あえて嫌われ役を買って出ていただき感謝します」
レオンはよく通る声で頭を下げた。
「レオン様………っ!?」
さんざん旅の最中でオズに警戒心を見せていたあのレオンが、オズに頭を下げたのである。
セラフィナは驚きの表情をうかべつつ、彼に習って頭を下げた。
「……セラフィナ嬢は別に謝らなくても良いんじゃないか?正直、俺は本心ではあなた寄りの考えだぞ」
オズへの謝罪の舌の根が乾かぬうちに、レオンは隣で頭を下げるセラフィナに気づき、そう声をかけた。
「うわ、切り替え早……」
「俺はおまえがエル様を詰めたときいて本気で今度こそ殺すと決めたんだが、ほんの少しだけおまえの意見に同意する俺がいたから今回だけは譲ってやったんだからマジでおまえいい加減にしろよ。本当にふざけるなよ。調子乗るなよ。俺がおまえに頭を下げるのは今のが最初で最後だからな」
目をガン開きにしながら、レオンは壊れたような勢いで捲し立てた。彼の中ではうさんくささを擬人化したような存在のオズに頭を下げる行為は彼の中ではとても屈辱的な行為に値するようだ。
彼の中でとてつもない大きな抵抗の中でなんとか頭を下げるに至ったのだろう。
レオンの中で、ほんの少しだけオズへの信頼が芽生え始めた証拠でもある。
頭を下げたレオンの感謝の言葉に、嘘偽りはないようにセラフィナにも思えた。
「もう真顔で圧かけるのやめて頂戴よ。美形が凄むと本当圧があるんだからね。セラフィナちゃん癒して〜」
「うふふっ……仲直りできてよかったです。では、三人で参りましょうか」
「セラフィナ嬢は飲酒できる年齢なのですか?……というか、飲酒は宗教的に大丈夫なのですか?」
「わたくし年齢的にお酒は飲んで大丈夫です。お酒も嗜む程度のワインなら戒律で許されております」
「じゃ三人で飲むか。レオンの奢りな。人の金で飲む酒って最高!」
「………この野郎」
三人は、昼間偶然にもエルがエリザベートと訪れた店に入る。
夜はやはり、昼間の彼女が予想した通り酒場の営業をしており吊るされたランタンの明かりの下で仕事を終えた市民や冒険者が楽しそうに酒を飲み交わす場になっていた。
「じゃ、乾杯〜」
「………」
「乾杯です、レオン様いただきますね」
ジョッキに入ったエール酒と、聖職者であるセラフィナが唯一飲めると申し出た赤いワインを酌み交わす。
「あーーー1日の仕事をした後の酒は最高だな!!!そしてやっぱり北の酒は美味い!水の品質が違う!!」
「オズ殿、おまえが今日この町で何の仕事をしたか後で報告書にまとめて提出してくれないか?」
「ちょっと仕事の話とかやめてくださる?酒が不味くなるじゃん、ねぇーセラフィナちゃーん」
一気にジョッキを半分ほど飲んだオズは上機嫌に真向かいに座るシスターに絡み始めた。
ちなみにオズは最初はセラフィナの隣に座ろうとしたが、無言のレオンに阻止されている。
「じゃあせっかく酒の席が出来たわけだし、第一回身の上話でもしようじゃないか。セラフィナちゃん、彼氏いる?いたことある?パーティーの男だと誰が好み?ぶっちゃけオジさんとレオンだとどっちが好み?」
「えっ、うふふふ……」
「………セラフィナ嬢、相手にしなくていい。オズ殿……おまえ酒が入ると絡むタイプか……いやシラフでも大差ないか。めんどくさい」
センシティブな質問をずけずけと続けるオズを制しながら、レオンは頭を抱えた。
セラフィナをガラハッド邸に帰して自分だけこいつの酒に付き合ってやるのが正解だったと後悔がよぎる。
セラフィナは数口飲んだワインでうっすらと頬を染めたまま、微笑んでいる。
「オズ殿、本名。年齢。出身地。あと魔法の師を答えてからならセラフィナ嬢への質問を許可する」
「えーーオジさんはオズって名前でーす、年齢は今何歳だっけ、多分あんたとは10は離れて無いと思うわ、出身はアステリア王国!いろんなところにいたからどこの街出身って聞かれても困るんだなーこれがガハハ」
「そうだったのですね〜オズ様カンパーイ」
「乾杯〜」
「………」
酔いが回り始めたオズからはロクな答えはなかった。というか、多分そこまでは酔ってない気がした。
レオンが特に知りたかった本名と魔法の師については触れてもいない。ふざけたふりをして狡猾なところは酒が入っても変わらない。
「ちなみにだが俺は今年で25だが」
「あ、あんた25歳だったの〜じゃそこまで離れてねえや、セラフィナちゃんは何歳なの?」
「わたくしは昨年20歳を超えました。そして、わたくしは心身を神に捧げる身、恋人はおりませんわ」
「セラフィナ嬢……酔っ払いの相手はしなくて良いです。っというか、あなたも酔うのが早いですね。大丈夫ですか?」
レオンは頬が染まったままいつもよりもおっとりしているような印象の彼女に気を使った。
絡んでこないだけオズと比べたら天地の違いはある。
「えーーマジ、じゃあ俺と付き合っちゃう?」
「エル様の仲間内での男女交際は禁止だ。俺の目が黒いうちは絶対に許さん」
「マジかよクソーーーちょーーウケる、あ、お姉さんおかわり」
勝手に二杯目を追加するオズを横目にレオンは疲労を感じ始めた。
オズはもともと軽口が多くタチが悪い性質だが酒が入るとさらにタチが悪い。
「セラフィナちゃんは質問ないの?オジさんなんでも答えちゃーーう」
「目玉焼きには塩をかける派ですか?醤油をかける派ですか?」
「セラフィナ嬢……なんですかその質問は。そもそも醤油って何ですか?」
「東洋の調味料だろ、信仰都市の東方の宗教施設いきゃあるよ。今度食ってみ、ちなみにオジさんは絶対堅焼きにソースをかける」
「そうなのですね〜勉強になりましたわ〜うふふふふ」
「………」
酔っ払い二人の相手をしながら、レオンはただただ帰りたいという四文字に頭を支配されていた。
賑やかな喧騒に包まれる北の街の酒場にて、ダメな大人たちの身の上話会はまだまだ続く。
※お酒は20歳になってから
おつまみ無しで酒飲んでるから酔いが回るのが早いです、そして薄々思っていましたがボケとツッコミの比率がおかしい




