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奔走編 辺境の街⑧

 



「オジさんに何の用?あぁ、もしかしてデートのお誘い?いいぜ、このまま夜の街に消えちゃう?」


「………」


 姿を見せたセラフィナは微動だにせずオズの目を見据えた。

 オズの軽口に対して、いつもなら彼女は愛想笑いか苦笑いを浮かべるが今宵は反応しないようだ。

 真面目な顔を保つ彼女の青藍の瞳には一切の揺るぎはなかった。


「冗談だよ」


 つまらない女、そう言ったニュアンスを言葉に含ませてオズは笑う。

 先ほどのエルのように、揺さぶりをかけてもこのシスターには無駄だと察したらしい。


「オズ様、まずは謝罪から。わたくし、偶然ですが先ほどのエル様とのお話を聞いてしまいました。大変申し訳ございません」


 夫人との買い物の帰り、偶然外門付近でエルとオズが話してるのを見かけたらしい。

 彼女は律儀にそれを明かすと丁寧に頭を下げる。


「ん…了解。で、本題は?」


「オズ様、少々お言葉を慎みになってはいかがですか?」


 口の利き方に気をつけろ。

 口調こそ柔らかいが、セラフィナが言いたいのはそういうことだ。


 ガラハッドの街の夜のはじまる雰囲気の漂う路地裏で、清廉なシスターは感情の薄い瞳のまま口を開いた。


「……前々から少し思っておりました。オズ様は冗談が過ぎると感じる時がごさいます。口は災いの元と申します。もう少し気を使ってみてはいかがですか?」


「口は災いのもと、ね」


 オズは静かに裏路地の壁に寄りかかり、持っていた杖の先鋒をセラフィナの目前に突きつける。


「その言葉、誰に向かって言っているかもう一度考えてから言ってみな。お優しいシスターさん、あんたの前にいるのは怒らせたら恐ろしい魔法使いかもしれないぜ?」


「オズ様……」


 オズは凄みを聴かせてセラフィナを脅した。

 自分次第で、おまえのことなどなんとでもできると告げているのだ。


 現にオズならば、セラフィナを倒すことが可能だろう。


 いくら清廉な見た目に似合わず彼女が格闘に特化したシスターとはいえ、彼の多彩な魔法に太刀打ちするのは正直なところ厳しい。


 それでもセラフィナの目に動揺はなかった。

 眼下に迫る杖に、そこから漂う微量の魔力を目前に迫られても微動だにせず、まっすぐに胡散臭い男を見据えて、不適な笑みを浮かべた。



「わたくし、あなた様がお考えになる程、殊勝な女ではございませんわ」



 二人の間にしばしの沈黙が流れる。


 その沈黙を破ったのはオズであった。


「前々から気になっていた、セラフィナ。おまえはなぜエルに付き従う?レオンは理解できる、あの男はエルに心酔している。かなり重い感情をエルに抱いている」


 これはオジさんの直感だけどね、と吐き捨てオズは煙管を蒸し始める。


「カイルは幼馴染の王子の目を覚まさせるって大義名分を抱えている。できるかどうかはわからんが、エルについてくる理由としてはこれも納得はできる」


 口から白い煙を吐きながら、オズは目前で静かに佇む女性に一際低い声で問いかける。


「セラフィナ、おまえさんは何故エルについてきた?何年か前に助けられたって事情は聞いているがそれは懸賞金付きの指名手配犯についてくるリスクを負ってまで返したい恩なのかい?」


 セラフィナの過去は旅の途中で共有した。

 賊に絡まれたセラフィナを公爵令嬢だったエルが助けたのだ。


 馬車の中で、自らの護衛の私兵に声をかけ賊を追い払ったと言うし、エルもその事実は認めていた。

 だが、教会で鍛えたらしい鉄拳の持ち主の彼女なら賊くらい誰かの助けもなく打ち払えたのではないだろうか…


「わたくしは、あの方の心を照らす光になりたいのです」


「抽象的じゃなくて具体的に言えや」


「あの方が道を外さぬようお側で見守り、あの方が道を踏み外しそうな時はわたくしが手を差し伸べたいのです」


 つまり、先ほどのオズの復讐の提案はセラフィナにとっては大きく道を外すと言うことなのだ。

 たしかに、エルに現実を見せようと過剰に過激なことを言った自覚があった彼はしばし沈黙した。


「……おまえさん、なんか隠してるだろ」


「何もかも明け透けな女より、秘密が多い女の方が殿方には魅力的に見えましょう」


 セラフィナは微笑みに、ほんの少し湿度を混ぜた。

 突きつけられた杖の切先など恐るに足らずと言わんばかりで、彼女にはオズの脅しに対しての揺らぎの類はいまだに一切もなかった。


 決してセラフィナが彼を侮っているわけではない。


 彼女の中には、今のオズには理解のできない大きな信念を抱いているのだろう。

 盲信にも近いエルに寄せる大きな情愛は、多少の脅しなどではセラフィナ・リュミエールの心は屈せないのだ。


「……」


 やりにくいな……、とセラフィナとのやりとりにそう感じたオズは掲げていた杖を下ろした。


 セラフィナの本質は善性によるものだ。

 エルに向ける献身や慈愛は間違いなく本物だ。


 尚更やりにくい。


 ここで仮に彼女を葬ったら、彼女の精神は永遠にオズに纏わりついてくるような、そんな恐怖を感じた。




「オズ様、勘違いはなさらないでください。わたくしも、エル様の受けた裏切りの仕打ちを聞いた時には、とても胸が苦しくなりました……だから、エル様の心が曇ることなく彼女のかなしみを晴らす方法をわたくしも探しているのです。どうか今しばらくはお力をお貸しください」


「……あるのかねそんな方法、でもまぁシスターさんがそう言うならあるのかもしれんねえ」


 ふっと、オズが張っていた物を緩めたのがわかった。


 セラフィナの言葉は聖職者故の理想論、言うなればオズのような現実主義者がこの世で最も嫌う綺麗事に近い。


 だが、彼女がエルのそばに寄り添ってエルの受けた傷を癒そうとしていることに偽りがないのは側からみてもわかる。


 常にそばで優しくエルに付き従い、心身ともに献身する。

 セラフィナは旅の途中、常にその態度を絶対に崩さなかった。


 その理由については、はぐらかされてしまったので彼女の口からは語るまでに至らなかったが、仮に悪意からの行動ならそのうち破綻して尻尾を出すだろう。

 そう感じるくらいに、オズから見たセラフィナのエルへの献身は完璧なものであった。


「オズ様は心が悲しい時はどうやってご自身を癒すのですか」


「そりゃオジさんはお酒があれば頑張れますよ。隣にお綺麗なお姉ちゃんがいたらもっと最高ですよ、ってことでどうだいセラフィナちゃん、仲直りにこれから一杯付き合わないかい?」


 オズは酒を煽るポーズをした。

 セラフィナは口に手を当ていつもの陽光のようなあたたかな微笑みを浮かべる。


 この件では遺恨を残さないという暗黙の和解を、大人である二人は選択したのだ。




「それはいい考えだな。是非とも俺もご相伴にあやかろうか」




 そんな胡散臭い魔法使いと、清廉なシスターだけの路地裏の空間に第三者の若い男の声がした。


 いつから話を聞いていたのだろう、オズが聞き覚えのある声に「ゲッ」と声を漏らす。


 セラフィナが振り返ると気配を殺していたらしいレオンが、いつのまにか腕を組みこちらを見ていた。




セラフィナとオズ、どちらもエルを真面目に思っているからこその路地裏の口論回でした。


理想と現実、どちらも正しい。


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