奔走編 辺境の街⑦
※ちょっと不穏回
ベティと街遊びを堪能して再度ガラハッド邸に帰宅をすると、間髪入れずにオズが屋敷を訪ねてきた。
自分の風貌を見たカイルの親の気持ちを客観的に顧みたのか、中には入らずに邸宅の門のそばでオズはエルを呼び出す。
何か情報が手に入ったのかと思い、呼ばれるがままにガラハッド邸を覆う外壁にきたエルを迎えたオズの目は、信仰都市でレオンの報奨金を狙って敵として対峙した際のオズに似ていた。
「お嬢様、一旦はっきりさせようか。おまえさん、何がやりたい?」
オズは煙管から煙を燻らせながら開口一番に尋ねた。
「なにって……旧都行きのこと?ソフィアの故郷だから何か秘密を拾えないかと思って」
「あーーね、じゃあお嬢様はにっくきソフィアの秘密を拾ってどーすんだ?街中にばら撒くか?ソフィアちゃんの秘密は実はこうだったのよーーって」
「………何が言いたいの?」
エルはオズの態度を不快に思い眉を寄せる。
そして彼の真意を問う。
オズは無言で煙管の煙を吐きだした。
今まで嗅いだことのないきつい苦い香りがエルの肺を覆う。
「まどろっこしいことはやめようやお嬢様、リリエッタって娘に仕返しがしたいんだろ?どうしたい?殺すか?燃え盛る炎で全身を焼いてやるよ」
いとも容易く行われる殺人の提案、オズのこれまでの生き方を象徴する発言だった。
かつてレオンが『オズは人間としての種類が違う』と忠告した声が蘇った。
おそらくだが、ここでエルが頷いたらオズはリリエッタを躊躇うことなく火刑に処すだろう。
「……私はそこまでは望んでいないわ」
「じゃあ手足を切り落として奴隷に落とそう。殺しまではせんよ、長生きは保証しないがね」
ニンヤリと笑いながらオズは続けた。
火刑にも劣らない残酷な提案が、エルの心に暗い影を落とす。
オズが懐から、仲間になる際に契約金にとエルが渡した指輪を取り出した。
まだ売り捌いておらず手元に持っていたらしい。
「これっぽっちの指輪で王族の暗殺は重すぎるからアルフォンス殿下は諦めてくれ、だがリリエッタとソフィアなら俺は殺せる。やれというならやってやる。それともお嬢様は、殺しまではしたくないと甘いことを言うつもりかい?」
「………」
「それが嫌なら復讐なんて忘れちまいな。中途半端にやり返したって心が晴れるわけがない、このままこの街で暮らしたらいいじゃないか……かわいいお友達もできたんだろ?昨日一緒に飲んでたヤツがこの街は嫁不足だって嘆いてた、おまえさんほどの美人ならと結婚したいって言い出す男なんて山ほどいると思うぜ」
オズは再度、煙管の煙を蒸すと遠くのガラハッド領の山々を見た。もうすぐ日が暮れる、もう夜の訪れはすぐそばだろう。
「旧都でもなんでもついてってやるけど、この辺で一度考えな。おまえさんの本当にやりたいことはなんだい?」
「私は……私は……」
「お嬢様の逃走劇はなかなかスリリングだけど、この街で隠居するのもひとつのゴールなんじゃないかい?まぁいいや、今のはオジさんの独り言だから忘れてもらっても構わない。じゃ、また明日」
オズは言いたいことを全て言って満足したのか、俯いたままのエルに背中を向けて街の方角に歩き出す。今夜も酒場で飲み明かすつもりなのだろう。
「…………」
返す言葉が見つからないまま、エルはたった一人取り残された外壁で言われた言葉を何度も反芻した。
「私のしたいこと……」
一方、オズは街に着くと昨夜の酒場を目指して歩いていたがガラハッド邸から後ろについてくる人影の存在にそろそろ声をかけてやることにした。
「……お嬢様にキツいこと言ったら、おっかない守護者がやってくるって覚悟はしてたけどさ」
その人影は、振り返ったオズの前で足を止めて冷たい目で睨みを聞かせる。
その手は僅かに震えていて、それは緊張によるものか怒りによるものかの判断はできなかった。
「……今、お時間よろしいでしょうか」
普段からは想像がつかないほど、低く落ち着いた声で口を開いた。
「いいぜ、こちらとしても光栄だ。」
「セラフィナちゃん」
オズは現実主義者、セラフィナは理想主義者
次回激突。




