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奔走編 辺境の街⑥

 




 次の旅の目的がとりあえず定まったので、エルとカイルの話し合いはここで一旦切り上げた。

 ちょうど勉強を終えたと言うエリザベートがエルを探して食堂に顔を出したのも良いタイミングであった。


「エルさん、ここにいたのね!これから街にいきましょ!」


「エリザベート、勉強はもういいの?」


「うん。ただの予習だし明日家庭教師の先生がくるから大丈夫よ。兄貴も行こう、兄貴がいないうちに町に新しいお店が開店したのよ」


「オレはいいや、エルと二人で行ってこいよ。あ、そういやセラフィナは?」


「セラフィナは奥様の買い物に同行してるわ、よほど奥様に気に入られたみたいね」


 エルは楽しそうにからかった。


 カイルとセラフィナは旅の途中でそれなりに良好な関係を築いていた。正義感の強いカイルと慈愛心の強いセラフィナとの相性は良かったがそれでも二人の関係は色恋に至るまでではない。

 夫人の勘違いをどう解くかは、今後の二人の動向次第だろう。


「あ、兄貴満更でもないって顔してる。お母さんに言っておこう〜」


「やめろよベティ!エルもニヤニヤすんな!セラフィナだって迷惑だろ!!」


 思春期特有の反応と、カイル自身に色恋沙汰に耐性がないのであろう。


 顔を真っ赤にさせたカイルは、大きな声を出して威嚇をすると逃げるように「オレも親父のとこに行く」と言い残して騎士団の駐屯所に去って行った。




「ねえエルさんもアタシのこと、ベティって呼んで、アタシもエルさんとお友達になりたいの」


 街に向かう道の途中でエリザベートはそう声を上げた。


「ベティ。わかったわ、私はエルが愛称みたいな感じだからそのままでいいわ」


「エスメラルダさんが本名なのでしょう、とっても素敵なお名前ね。辺境はなんでか知らないけど女の子が少ないの、アタシの友達はみんな男の子ばっか。アタシも女の子の友達が欲しかったからエルさんが来てくれてとっても嬉しいわ。仲良くしてね!」


 エリザベートはそう捲し上げると、エルの手を握り愛らしい笑顔を向けた。


「……よろしくベティ」


「うん!」




 実を言うとエルは少しだけ、エリザベートに苦手意識があった。


 にぎやかでくるくる回る表情、明るくて快活で愛嬌のある性格。それは、エルの復讐相手の一人リリエッタと似通ったところがあるからだ。


 もちろんエリザベートはリリエッタではない。

 男に媚びを売るような甘ったるい声ではないし、他人を陥れてほくそ笑むような性格などではないことは少し見ただけでわかる。


 エリザベートは素直ないい子だ、いい子のエリザベートに抵抗を抱くようにトラウマを植え付けたリリエッタが更に憎くなった。


「よぉベティ、これから森に行くけどお前もくるか?」


「川に仕掛けた網を見に行くんだ!絶対大量にかかってる」


「今日は行かなーい、兄貴のお友達が来てるからこれから街を案内するのよ。あっそうだ、昨日借りた本、次会ったら返すってロイドに伝えといて!とっても最高だったわ!」


 街に向かう道のすれ違い様に、向こうからやってきた少年たちはエリザベートの顔を見るなり気さくに声をかけてきた、エリザベートの友人なのだろう。


 同世代と思わしき少年たちの集団の中に少女の姿は見当たらない。辺境の地に年頃の少女が少ないと言う先ほどのエリザベートの話は真実だと感じた。


「行こうエルさん、アタシのおすすめのお店を教えてあげる。それとね、やりたいことがたくさんあるの!今日は夕方まで付き合ってね!」


 無垢な瞳でこちらを見上げるエリザベート、その純粋さに復讐相手の姿を透かせたことに申し訳なさを募らせたエルはそっと彼女の頭を撫でた。




 辺境の街のひときわ賑わっているエリアに着くとエリザベートは片っ端のお店に顔を出した。

 街を守る名領主の娘が来たので、店の主は概ね好意的で「お代はいらないよ」と微笑みながら、エルにお土産を持たせてくれる露天もあった。


 初めは申し訳ないと断ろうとしたが、


「エルさん駄目よ。北の地ではね、親切で渡される品物を断るのは『そんな品は自分にはに相応しくない役不足な品だ』って言ってるようなものなんだから、気に入ったなら受け取ってね」


 と言われてしまい、エルの荷物は大量に膨れ上がった。北の民の革製品の小物入れ、木彫りの人形、小さな護符のネックレス。どれも異国の情緒の漂う工芸品で無料でもらうのは申し訳ない。


「ベティ、私もう十分に受け取ったからお土産はもういいわ。それより何か食べたいかも、美味しいおすすめのものはないかしら?」


 エルは朝にスープを食べたが、昨夜の大量のご飯を消化したせいか、昼前という時間もあり空腹を感じる。


「わかったわ、それじゃ次はあのお店に行きましょう!」


 ベティが指差した店舗は一見すると酒場のように見えた。


 冬場の風雪の侵入をしっかりと防げるように、かなり重く頑丈な造りのドアを開けるとやはり中はバーカウンターの備わった酒場のような作りになっていた。


 しかし中にいる客は皆、軽食を食べている。

 昼間は食堂のような営業をしているのだろう。


「よっお嬢様、散策かい?」


 入り口にいたエルはふいに声をかけられた。

 振り返ると街の入り口で別れた魔法使いが立っていた。


「オズ!あなたここにいたのね、昨夜カイルが迎えに行ったのに帰ってこないから何をしてるのか不思議だったの」


「いやーもう少し行けば押せると思ったんだけど、北の女は気が強いね。酒も強い。オジさんが先に酔い潰れちゃった、朝起きたら路地裏で寝てたし」


「……あなたとの契約条件に“禁酒”って付け加えていいかしら?」


「冗談でしょ、お酒がなくなったらオジさん生きていけなくなっちゃうよ」


 再会した仲間と会話をしていると、先ほどまで賑やかなエリザベートがエルの服の裾を掴んだまま大人しくしていることに気づいた。


 オズは端的に見たら全身をボロボロのローブに身をつつんで、煙管を咥えた無精髭の胡散臭い男だ。

 普通の貴族令嬢なら警戒するのは当たり前である。


「ベティ紹介するわね、彼はオズって言うの。私の仲間よ、ちょっと変な感じだけど、怖くないから大丈夫。そうよねオズ」


「ご紹介にあずかりまして、オジさんはオズって言います。旅の魔法使いです。ベティちゃんだっけ?カイルの妹かな、よく似てる」


「………エリザベートです。どうも」


 警戒心むき出しの目をして、エリザベートは静かに答える。

 ガラハッド伯の教育だろう、オズに簡単に心を開かない彼女の警戒心をエルはこっそり評価した。


「あはは、怖がってるのかな仕方ない。オジさんは街で情報集めてるからまた何か決まったら知らせてくれ。……レオンの手配書、昨日の夜、街の奴らが一斉に剥がし始めたからおそらくだがガラハッド伯が手を回してるみたいだぜ。俺の感だとこの街は安全だよ」


「分かったわ、そうだ、さっきカイルと相談して次は旧都に行こうと思うの。また、何か決まったら連絡するわ」


「………了解」


 オズは店を出ながら手を上げる。


 エルの服を掴むエリザベートの手は、最後まで弱まることはなかった。






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