奔走編 辺境の街①
「着いたわ、ここが……」
アステリア王国北部。
大雪原と山岳地帯に領地を構える北の城塞ガラハッド。
城門に囲まれた街の中は活気が溢れて、行き交う人々の表情も明朗に感じる。
「すごい……異国にきたみたいだわ」
北の国境が近い影響か街の露天に並ぶ品は、国境を隔てた先にある北の国から流れてきた農産物や工芸品も多い。
また住んでいる人々も、金髪や茶髪が多く肌の色も色白の人間が大多数の王都に比べて、ガラハッドの街を行き交う人々の姿は、北の国の人種に近い肌の色が色黒寄りで、髪の色も濃い茶色や赤毛の人物の割合が多い。
背丈では王国でも長身の印象があるレオンもこの街の屈強な成人男性の中では平均より低く感じるほどだ。
「北の民も、アステリア王国のこの街だけは許可なしでの滞在が承諾されてるからな、ガラハッド領の人口の半分くらいは北の国の人間なんだ」
どこか誇らしげに笑うカイルの祖先にも隣国の血が幾分混ざっているのだろう。
彼の赤い髪と、年齢の割にはレオンとそこまで変わらない長身であるという特徴は、彼の国の人々の特徴と一致している。
「北の国の文化ですね。北の国は一応は王政を敷いていますが、原住民のような生活を現代でも続ける民族もいます。彼らは野生動物の狩りをして大自然と共存する生活を成り立てているようです」
露天に並ぶ皮の加工品を眺めながら、レオンはつぶやいた。
どれも見事な革製品に加工されており、王都の市場ではあまりお目にかからない品物だ。
「おい、それ少し偏見入ってるだろ。北の国は未開の蛮国じゃねえぞ。北の首都は王都と比べたってそこまで大きな違いはねえよ」
「そう聞こえたなら訂正するが、まるで見てきたような口ぶりだな。行ったことがあるのか?」
「オレの母方の祖父母は北にいる。親父はちゃんとしたアステリア王国の貴族だけど」
レオンの問いに、カイルは答えた。
何やら過去に北の民についての苦い思いがあるのか、帰ってきた声のトーンは少し落としたものであった。
そして、カイルはハーフだったのかとエルは心の中で感想を漏らした。
「………」
隣にいるセラフィナは街の様子を伺って、すれ違う北の民と思われる屈強な男性に戸惑いの目を浮かべているのが分かった。
それでも明確な蔑視の目を向けないだけ、王国の民の北の国に対する反応としては上澄みの方だ。
なまじ隣人愛を謳い、信仰都市で多文化な宗教たちと共存して存在するルチーア教のシスターなだけはある。
「あー、帰ってきた。やっぱり故郷が一番落ち着くな」
そんなたくさんの困難の末に、エルたちはようやく目的地のガラハッド領、辺境伯邸にたどり着くことができた。
「一ヶ月ぶりの我が家か……なんか家出から帰ってきたみたいで恥ずかしいな」
質実剛健、そんな謳い文句が似合うカイルの邸宅の前で少し照れながらカイルは仲間に向かってそっと漏らす。
「連絡もなしに来ちゃって大丈夫かしら」
ガラハッド卿と自身の父親のことを思い出したエルは少しだけ緊張をした。
カイルと会話をして、「ようこそいらっしゃった」と気軽に声をかけてくれたカイルの家の門番が入門を許可してくれてもやはり緊張するものがある。
「石とか塩とか投げられたらどうしよう」
「親父も母さんもそんなことしねえよ……さっさと入ろうぜ」
カイルは心の準備が…などとぶつぶつとつぶやくエルに苦笑して本宅の玄関の扉をひらいた。
「ほら、入れよ」
エルを先に入れようと、彼女に入室を促す。
促されたままにエルが屋敷に足を踏み入れた途端、何かが勢いよく飛んできた。
「きゃっ!?」
「危ない」
それはクッションのような柔らかい布地の袋であった。
レオンがとっさに気づいたのでエルへの衝突は、当たることなく防げたが突然の攻撃は予想外であった。
「何ですか……物騒ですね」
レオンは不快そうに眉を寄せた。
「エル様、大丈夫ですか?」
セラフィナがエルに声をかけてから辺りを伺うと、柱の影からこちらを伺っている赤い髪がみえた。
こちらの様子を伺うようにちらちらと、カイルとよく似た色の瞳を向けている。
その表情には「やばい」と言いたげな焦りの色が浮かんでいた。
「おいクソベティ!てめぇ、またオレになんかしようとしただろう」
「うるさい兄貴!お客連れてくるなんて聞いてない!ふざけんな!」
カイルは柱の影の少女を見つけると、怒鳴り声をあげてつかつかと近寄り、彼女の腕を引っ張ってエルたちの前に引き摺り出した。
「アタシ悪くないもん、勝手に黙って家出て行ったクソ兄貴」
「なんだと!!てかエルに謝れよ」
カイルに対抗しつつも引き摺り出された少女はカイルと同じ燃えるような赤い髪色で、気の強そうなエルより少し幼い少女だ。
活発的な印象で、雪焼けの影響と思わしき地黒の肌がこの地に根付く北の文化を匂わせた。
「お姉さん、ごめんなさい。兄貴に当てようとしたの。お姉さんに当てるつもりはありませんでした」
カイルの謝罪の催促は案外素直なようで、エルの前に引き摺り出された少女は頭を下げて己の不躾を謝罪した。
「あ、当たってないから大丈夫よ。あなたはカイルの妹さんかしら?」
「そう!アタシ、エリザベート・ガラハッド!ねぇお姉さんが兄貴の彼女?それともそっちのシスターのお姉さん?このかっこいいお兄さんは誰?兄貴とはどう言う関係なの?」
エリザベートと名乗った少女は謝罪の受け入れと共に、塩らしさを一気に解除すると流れるような勢いで捲し立てた。
エルはカイルの騒がしい性格の遺伝子の強さを思って苦笑した。
北の街につきました。
補足ですが、
カイルの両親は父親はアステリア王国人、母が北の国の民、カイルとベティがハーフという設定です。




