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奔走編 辺境へ②

 



 ガラハッド領への旅路で、レオンの危惧は予想通りとなる。




 山道をエル一行は全力で駆けていた。


 後ろを大きな蜘蛛のような魔物が、俊敏な速度で追いかけてくる。

 彼らはテリトリーへの侵入者を絶対に許さないらしく、小さな物音に気付かれたことから始まったその追跡は執念深く、彼らはもう数時間ほど立ち止まることが許されなかった。


「ちょっと、ちょっと、……もう、私走れない!!」


「神様お助けくださいお助けくださいお助けくださいお助けくださいお許しください」


「いいですか、あれは魔将蜘蛛と呼ばれる魔物です。捕まったら蜘蛛糸で絡め取られて死ぬまで巣で養分にされます。猛毒蜘蛛です。討伐は騎士団が集団で戦わない限り普通に勝てません。今の我々で撃破は無理です、なので死ぬ気で逃げてくださいエル様」


「おじさん……もうダメ……あ、天国から微笑んでる天使が見える……」


「おっさん!!おまえ昨日早く寝ろって言われてたのに夜更かししてどこか行ってただろ!これに懲りたら早寝早起きしろよな!」



 息を切らすエルと、真っ青になりながら腕を組んで祈りを捧げるセラフィナ。エル以上に息を切らして、セラフィナ以上に顔色を悪くさせるオズは限界が近そうだ。


 レオンとカイルはまだ体力に余裕があるのか、お互い仲間に対してそれぞれ気にかけている。



「オズ!なんか良い感じの魔法使いなさいよ」


 エルが泣きそうな声で隣を走るオズに命令をした。


「えー、良い感じって何よ、お嬢様、無茶振りやめてパワハラよ!」


 杖を握りしめながらオズはキャーキャー喚く。

 まだ余裕はありそうだな、とカイルは無言でその様子を眺めた。


「そうですね、オズ殿に肉壁になっていただいてその隙に他の四人で逃げるというのは如何でしょう」


 レオンは一ミリも笑っていない目でオズを睨みながら、残酷な提案をする。

 オズは怖いなぁと苦笑いしながら聞かなかったフリをした。


「却下よ、オズに渡した婚約指輪分の働きはまだしてもらっていないもの」


「チッ……あそこの横穴が見えますか?魔将蜘蛛は昼間は視力がほとんどありません。やり過ごせる可能性があるので、逃げ込みましょう。皆さんお静かに」


 レオンは舌打ちをしてから、皆が走っている方向の少し先の洞穴に入る指示をした。 


 蜘蛛との鬼ごっこが始まってから数時間、仲間たちはかなり大声で会話をしていたことに気づいて、カイルは内心(知ってたなら早く教えてくれよ)と思ったが、レオンに肉壁にされそうなのでコメントは控えることにする。


「どうかお助けくださいお助けくださいお助けくださいお助けください……」


「了解した。セラフィナは心の中でお祈りして!多分だけど私たちの声を頼りに追跡しているわ!カイルはオズが顔色本当にヤバそうだからちょっと肩を貸してあげて!」


 エルに言われてカイルがオズに視線を向けると、オズの顔色が土のようになっていた。


「うわ、おっさんマジで顔色悪いな……大丈夫か?」


「たぶん吐く……俺……しばらく禁酒しよ……」


「おいおっさん、やっぱ昨日夜遊びしてきたんだろ!!こんな時に酒飲んでんじゃねえよ!!」


「蜘蛛は音に反応するから黙れって言っただろおまえら!!」




 大きな蜘蛛の魔物が、蜘蛛らしからぬ速度でパーティを追いかけた。

 木々を薙ぎ払い、言葉で表現できないような奇声を上げながらものすごい速度で駆けてくる。

 その脚の先は、鋭い爪が無数にあって見ただけで身の毛もよだつ存在だ。


「(あんなのに捕まるなんて絶対イヤ!!!)」


 もう走る限界はとうに超えたエルの足は、悲鳴を上げている。

 それでも仲間達は全力で走って逃げた。


 レオンの指示した洞窟に飛び込む瞬間、オズは最後の気力で呪文を唱える。


「<爆ぜよ>」


 呪文と共に遠くで何かが弾ける音がする。

 彼の十八番の爆発魔法だ。


 その豪快な音に釣られて、散々エルたちを追いかけ回した魔将蜘蛛が遠くに向かう気配がした。






「………行ったようです」


 しばらくしてから外の様子を伺っていたレオンが戻ってきた。

 どうやら危険は去ったらしい。


「……あんな魔物が生息してるだなんて……はぁはぁ、辺境って恐ろしい土地ね」


「あんな魔物、少し前までガラハッド領のそばにはいなかった。治安が悪化してるから魔物も凶悪になってるんだぜ、きっと」


 座り込んでエルが息を切らせている横で、カイルは不満そうに口を曲げた。

 レオン同様、彼もまだ息に余裕がありそうだ。


「カイル、領地には入ったのか?」


「あぁ、走ってる間に境界は超えたぜ。あとはこの山を下ったらオレの家のある町に着く」


「あぁ……よかった。蜘蛛の魔物は恐ろしかったけど、他は特に危険はなかったわね」


 エルはそうほっとしたのも束の間、皆が思い思いに休んでいる洞窟の向こうから、何やら獣のうめき声と、大きな魔物の気配がする気がした。


「……え、えるさま……後方より、先ほどの蜘蛛より大きな魔力をかんじ、ます」


 エルが察知できたのだ、魔力探知能力に優れるセラフィナはさらに詳細な魔力を探知できたのだろう。

 彼女の震える指が示す方向から、唸り声を上げた見るからに獰猛な猪がこちらに向かってやってくる。


 その目は明らかにエルたちを侵入者としてロックして有り余る敵意が剥き出しだ。


「……おかわりとか本当にいらないんだけど」


「皆、腰を上げろ。逃げるぞ……エル様、早く」


 レオンは座り込んでいるエルの手を取ると、洞窟の奥から現れた巨大な猪の魔物から一目散に駆け出した。


 向かうは辺境、ガラハッド辺境領である。



『ブモォォォォ!!!』



 巨大な猪の魔物との鬼ごっこは、この後、数時間続いたらしい。


みんな、なんだかんだで体力ある。

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