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奔走編 辺境へ①






 信仰都市での滞在を終え、エル一行は新たな目的地へ向けて旅を再開した。

 信仰都市に追加で父の追手が来ることはなかったがエルたちが長居をする理由もなかった。


 次はどこに行こうかと相談していた最中、手を挙げたのはカイルだった。


「あのさ、オレの家来ねえ?」


「カイルの家?」


「おまえの家ということは、ガラハッド領か?」


 レオンの質問にカイルは頷いた。

 ガラハッド領はアステリア王国の北部の山岳の国境付近にある領地だ。

 冬になれば雪に覆われる山々に囲まれた自然豊かな北の土地。


 辺境ということもあり、かつては魔物達が跋扈する危険な領域でもあったが、カイルの父のガラハッド辺境伯が私設の騎士団を設立して領土の治安や領民の安全を守っている。

 ガラハッド騎士団の団員は、過酷な北国の冬の中でも薄着でランニングでき、危険な魔物相手でも一人で倒せるほどに屈強だと噂さえあるほどだ。


「流石に真冬のランニングはしないけど、でもウチの騎士は王立騎士団にも負けてねえぞ」


「……まともな騎士団と比べちゃダメでしょ」


「……どういう意味だよ」


 実家を侮辱されたと感じたのか、カイルは眉を寄せる。

 エルは文脈的に彼の勘違いを呼んだことに気づいて言葉を続けた。


「私が貶したいのは王立の方よ。あいつら、貴族とか大商人とか金持ちしかまともに守ろうとしないじゃない」


 カイルも納得したらしい。短く「怒ってごめん」と素直に謝ると、カイルは行き場に困った視線を上に逃した。

 空の高いところを渡り鳥が飛んでいる。彼らが向かっている方角に、彼の実家はあるのだ。



「元々はヴァルター侯爵家って家が王立騎士団の顧問を務めていたらしいけど、ヴァルター侯がお亡くなりになられてから騎士団の管轄はマックスの実家に移ったんだ。それからは騎士は金持ちの護衛にご執着だよ」


 カイルは呆れたように漏らした。

 “ヴァルター”という家の名前がカイルの口から出た途端、覚えていたのかセラフィナは何かを言いたそうにカイルの隣、無言で俯いて顔の見えないレオンに視線を送った。


「オジさん、ヴァルターって家名に聞き覚えがあるんだけど気のせい?」


 セラフィナの視線の意図を理解したオズが気を回して尋ねる。

 エルはオズが他の誰かが言いにくいことを代わりに口にする、そういう役割もできるのかと内心、彼に関心した。


「あ………レオン、そっかヴァルターって……悪い……」


 カイルはようやくそこで、レオンの家の名前を思い出して、彼の触れてはいけない領域に触れてしまったことに気づいた。


「おまえが気にするな。騎士団が腐敗したのはウチのせいじゃない。クレイモア家の責任だ」


「……まぁそういうわけで、その辺境に行きたいって話に戻すけどカイルは実家に帰りたいってこと?」


 重くなりそうな空気をエルは察して、

 この話題を切り上げて、あえて空気を読まずに話を戻した。


「実家に帰りたいもある。どうせここから歩いて数日くらいだし、親父は味方だ。エルの力になってきっと匿ってくれる。それにウチの親とエルの親って」


「仲悪い……もんね。そう考えたらロデリッツの私兵が追いかけてくる可能性は低そうだし、行くのはあり寄りかもね」


 実を言うとロデリッツ公とガラハッド辺境伯の不仲は王国貴族でも有名な話である。

 共に王国を思う真っ当な貴族であるのだが、国の為に思うあまり、過去にお互い譲れないものがあり激しい口論の末に両家の親世代の交流はほぼ断絶したらしい。


 学生時代のエルがカイルとほとんど交流を取らなかったのは、それも深く理由していた。




「ってことで私は賛成。今の時期なら雪も降ってないから山歩きもそこまで苦戦しないだろうし。北の方は行ったことがないから興味あるし」


「………私はあまり賛同しません。ガラハッド卿の高名は聞いておりますが、やはり辺境に行くのは魔物の存在を無視できません。もし魔狼レベルの魔物がまた襲ってきたら危険です」


 エルが賛成、レオンが反対票を投じた。


「エル様……わたくしも少しだけレオン様に同意させてください。辿り着けるのなら良いのですが途中で追手の手がおいついたら周りに村や町がないぶん逃げるのも苦戦しそうで……」


 意外にもエルに対して基本的には全肯定気味なセラフィナも反対票を投じたのでエルは少し驚いた。

 しかしレオンもセラフィナもパーティーのなかでは慎重派なので、彼らの意見も一理ある。



「じゃあオズはどう思う?」


 悩んだエルは最後の一票をもつオズに託すことにした。


「んー、お嬢様とセラフィナちゃん。先にほっぺにチューしてくれた方に付こうかな………冗談だよお兄さん、つまらない男だなァ……本当」


 無言でレオンが剣を抜く。

 あわててカイルがなだめるが相変わらずの反応だったのでオズは苦笑した。

 手を振って「嘘だよ嘘」と彼の怒りを宥めようとする。


「……カイル、おまえさんのところの家族構成は?」


「えっと俺と親父とお袋と妹だけど」


「じゃあ行く。賛成で」


 妹と聞いた途端にオズは賛成票を投じた。


「おまえ、ふざけるなよ……行くとしたらカイルはともかくカイルの家族に迷惑をかけるな。あとエル様に近寄るな10メートルくらい離れろ」


「えーんレオンが怖いよセラフィナちゃん」


「オズ様、ご冗談はほどほどにしないと皆さんがお困りになってしまいますよ」


 とはいえ多数決の結果は賛成なのでエル達の旅路は辺境へ向かうことが決定した。

 メンバーは休んでいた広場から立ち上がると、北へ向かって歩き始める。




「ねえオズ、あなた私が賛成したからこっちについてくれたのでしょう」


 仲間達からすこしだけ距離をとってエルは隣を歩く男にささやいた。


「そうだって言ったら惚れちゃう?」


「いやあなたは好みじゃないわ。でも私の仲間としては評価してあげる。それにカイルの妹さんに反応したようだけどカイルの妹ってことは私より年下よ」


 オズの好みは大人の女性だ。なんとなくだがまだ会ったことこそないが、カイルの妹はオズの好みから外れる気がした。


「気にすんな。オジさんは可愛い女の子全般大好きです」


「……それ、あんまり大きな声で言わない方がいいわよ」


 こそこそと小声で言葉を交わす。

 聞こえないように努力はしたが、レオンからの視線がやけに痛いような気がした。


「ご心配ありがとうございますお嬢様、ちなみにですが契約金の上乗せはいつでも受け付けておりますので」


「あなた、本当にわかりやすくて良いわね。そういうところは嫌いじゃないわ」


 エルの脳裏にはかつていた世界が浮かび上がる。

 言葉の裏にたくさんの毒を混ぜ、笑顔の下に敵意を隠す上部だけ綺麗な泥沼の貴族社会だ。


 お金と割り切るだけのオズの存在は、今のエルには清涼剤なくらいに気持ちの良い存在であった。


北へ

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