奔走編【リリィ視点②】
「背筋が曲がってます!しっかり伸ばしなさい!」
「いたぁい!!」
王妃教育が本格的に始まって、あたしは王宮通いの日々がスタートした。
貴族としての基礎マナーから、筆記、外国語学、歩き方や佇まい、食事マナー、歌唱、服の選び方にダンス……あたしは学校が終わったら、問答無用で王宮の馬車に詰め込まれてドナドナされるの。
「リリィ、顔が真っ青だけど大丈夫?」
「全然大丈夫じゃない。もうヤダよソフィ」
学校でソフィは心配してくれるけど、どうせソフィはあたしが王宮でどれだけ辛い目にあってるかなんてわからないんだわ。
だから大丈夫なんて聞いてくるの。
大丈夫なわけないのにね。
あたしは毎日のように王宮の豪勢なものを見まくっているから、ソフィみたいに地味で気が利かないお友達とはちょっと距離を考えた方が良いかもしれないわ。
「リリエッタ嬢、なぜあなたは真っ直ぐに歩くことさえできないの?クネクネしない」
「いたぁい!!」
王妃教育のスカー夫人は、あたしのことをビシバシ鞭で叩くの。
そしてあたしの一番言われたくない台詞である
「エスメラルダ様なら一度で完璧に出来た」
を連呼するの。
もーやだやだ!本当にこの人嫌い!!
エスメラルダ様だって何度も失敗して覚えたに決まってるでしょ!!
なんでいちいち、もういない人の名前出すのよこのおばさんは!!
「リリィ、大丈夫かい?」
歩行マナーレッスンのあと、あたしはアルフォンス様とようやく二人きりになる。
護衛の兵士さんがまわりにいるから本当に二人の意味では二人きりじゃないけど、アルフォンス様に会えたってだけでたくさん叩かれた手足の痛みもなんのそのよ!
「あたし、頑張りますから!王妃様にも認めてもらえるように!!」
「リリィ頑張ってね、優しいきみなら絶対エスメラルダより立派な王妃になれるよ」
またエスメラルダ様の名前が出て、あたしの心はチクリとしたの。
王宮からの帰り道、あたしは王宮の庭園の隅で知らない男の子を見かけた。
「ごほっごほっ……」
「あのー、あなた大丈夫?」
派手に咳き込んでうずくまってるから声をかけたら、その男の子は真っ白な髪のアルフォンス様と少し似た雰囲気の男の子だった。あたしより少し年下かしら?
「あなた、血を吐いてるじゃない!?大丈夫?お医者様を呼ぼうか?」
「あなたは……リリエッタ嬢か」
「えっ、あたしのこと知ってるの?」
ふふ、あたしの可愛さはやはり王宮でも有名みたいね。
きっとアルフォンス様のかわいくてやさしい愛され系次期王妃様として噂になってるに違いない。
「兄上のことは嫌でも耳に入る……有名だから……ごほっ」
「兄上?………っていうよりお医者さんだよね!待ってて探してくる……」
「リリィ、そこで何をしてるんだい」
あたしが王宮のお医者様を探そうと、城の中に戻ろうとしたら、いつの間にかお別れしたばかりのアルフォンス様がいたの。
「アルフォンス様、この人、血を吐いてるんです!お医者様を……」
「リリィ、こいつに近寄ってはダメだよ汚いから。病気がうつったらどうするんだい?」
「えっ……」
アルフォンス様はあたしには見せたことない顔をして、冷たい目で男の子を睨んでた。
エスメラルダ様を糾弾した時と同じか、それよりも怖い。
「ユーリス卿はどこだ、はやく目障りなコイツを離宮に連れて行け」
「アルフォンス様……?」
アルフォンス様は王宮の兵士にそう指示をしてあたしの手を引っ張って、その場から連れ出されたの。
あたしはびっくりしちゃって、その日はそれ以上何の話もできなかった。
「あぁ、それはアルフォンスの異母弟のアッシュ殿下だね」
後日あたしは、学園で王宮であったことをアルフォンス様の従兄弟のヴィンス様にお聞きしたら初めて明かされたの。
アルフォンス様には弟様がいらっしゃるって。
「リリィちゃんは知らなくていいよあんなやつ」
「そうです。アルフォンス様にとって汚点のような方ですから」
マックス様とテオ様もそうおっしゃるから、深く考えない方が良いのかもと思ったけど、アッシュ様って方、すごく苦しそうにしていたから少しだけ心配だった。
それに、なんか全部がどうでもいいって諦めたような目があたしの頭にこびりついてはなれない。
アルフォンス様と同じ色の瞳のはずなのに、どうしてあんなに違って見えたんだろう。
「リリエッタ嬢、なんですかその食事作法は!!」
「いたぁい!!」
今日もスカー夫人の鞭がしなる。
私は握っていたスプーンを落として思わず悲鳴を上げた。
あーあ、あたしよく考えたら他人の心配してる余裕なかったよ。
まぁ、毎日頑張ってたらきっと立派な王妃になれるわよね!
逃走中のエスメラルダ様が万が一戻ってきても、もう居場所なんてないってわからせてやらなきゃ!
次期王妃リリエッタの王宮奮闘記。
灰の王子との出会いは、彼女にどんな意味をもたらすだろう。




