奔走編 信仰都市⑤
ボロボロのローブの男は気さくに笑んだ。
ただ、その灰色の瞳からはギラギラとした野心がくっきりと浮かんでいるのだ。
「エル……剣を持っていたよな。貸してくれ」
エルを庇うような位置に立ち、カイルは魔狼戦で折れた代わりにと買ったばかりの片手剣を貸すように促す。
エルは冷静に剣技は学園入学前の家庭教師の指導のみのブランクのある自分と、騎士科出身の不得手と言いながらも学年2位の成績を持つカイルではどちらが戦えば良いかを自問自答してカイルに手渡した。
「……後ろにいてくれ」
カイルに指示をされてエルは静かに後ずさった。
騎士科は戦闘の専門、従った方が良いとエルの中の生存本能が告げるのだ。
「ヒューかっこいい。惚れちまうね、でもダメだよ、お嬢様はお迎えの時間なんだ、いまなら快適な馬車で王都までのエレガントなご帰宅が約束されてるぜ?」
「……お父様の刺客かしら、残念だけど私は帰らないわ」
エルは冷や汗をかきながら答えた。声が上擦ってしまったが、鳥籠の外の自由な世界を知った彼女の心からの本音だ。
「あらら……かわいそう、じゃああの剣士のお兄さんは一人で寂しくお帰りだな。公爵令嬢の誘拐犯だなんて速攻縛首。あのイケメンの素敵なお顔は王都の広場でお披露目だね」
「おまえ、レオンを倒したのか!?」
勢いよく前に出てカイルは剣を抜いた。
エルの剣は女性である彼女が持ち歩く事を考慮したスピード重視の片手剣だ。
それをお手本のような綺麗な型で構えて、ローブの男に振りかぶった。
「エルは逃げてくれ、セラフィナと合流したほうが良さそうだ」
「ごめん!ありがとう!!」
ガキンと金属がぶつかる音がしてカイルの剣を男の杖がいなす。
「おいおい少年、人と戦ってる時に他に意識向けるんじゃないよ」
「ふみゃ!!」
バシンと良い音がして、カイルの顔面に杖の殴打が炸裂した。
「話にならないね。<寝てろ>」
杖の弧線で陣を描き、呪文を唱えて煙が起こる。
カイルがそれを吸った瞬間、立っているのすら耐え難い強烈な眠気が彼を襲った。
「キツいでしょー?いいんだよ寝てて、次起きた時お友達はいなくなってると思うけど、オジさんきみには用はないんだ」
「ふ……ざけ、……」
気合いだけで、魔法使いの催眠魔法に耐えるカイル。だが目線はフラフラで、すぐ近くに立つ魔法使いに伸ばした手はかすりもしなかった。
「(こいつ……ふざけた口ぶりをしてるけど、めちゃくちゃ強い魔法使いだ)」
かつて魔法使いを狩った歴史のあるこの国の貴重な魔法使い。そのうちの一人が目の前にいるのだ。
そして高位な貴族階級のカイルが過去に会ったことのある王宮の魔法使いの誰よりも、戦いに関しては優れているのが痛いほどわかった。
「さて、残るはあと一人……追いかけっことしようかね」
エルの去った方へと歩み出す男、カイルは最後の気力でその靴につかみかかる。
「行かせねえ!!絶対行かせねえ!!」
「邪魔すんなって言っただろ。死にたいのかガキ。喧嘩売る相手くらい見極めてから戦えや……」
足元に引っ付いたカイルに、冷たい口調で魔法使いは言い放つとその手を乱暴に踏みつけて、歩みを止めることはなかった。