奔走編 信仰都市③
エルたちのそばから距離を取ると言ってその場から離れたレオンが足を止めたのは、中心部からだいぶ離れた裏路地であった。
周囲に人がいないのを確認して、レオンは足を止める。
「なにか俺に御用ですか?」
振り返り誰もいない空間に声をかける。
レオンの問いに返事は来ないが、レオンが携えていた剣の柄に手を伸ばした途端、ゆらりと建物の影から男が一人、煙管を咥えて姿を見せた。
「イヤ〜、お兄さんがイケメンだから、つい気になっちゃって」
男はニヤリと笑いながら、レオンの姿が描かれた手配書を見せる。
「すみません、俺は男に興味はありません」
にっこりと微笑むレオン、対峙する男に決して警戒は解かない。
剣から手は離さずに、鋭い目で男を見定めた。
痩せた印象の中背の男だ。無精髭を生やした顔立ちからはレオンよりだいぶ年上だと読める。
古びたローブ、指には高価そうな大きな宝石の指輪を、手首にも金の装飾のブレスレットを多数つけていて、身に纏うローブがツギハギで、ところどころに穴もあるくらいに貧相なこともあってアンバランスな印象だ。
独特の香りのする煙草を好むのか男の咥える煙管からは鼻をつくきつい匂いがした。
「わかるわかるお兄さんが好きなのは、公爵令嬢のエスメラルダ様だろう、でもオジさん、そろそろお嬢様とお家に帰った方が良いと思うんだよなァ」
男はニィと口だけで笑うと、持っていた長杖を構えた。
「魔法使い……か?」
レオンが確信を得るより早く、男は杖を振るう。
独特な弧線を杖が描いた途端、レオンのすぐそばで何かが爆ぜた。
「せっかく綺麗な顔に生まれたんだ、お兄さんだって下手な怪我したくないでしょ?大人しくしてくれるならオジさんは優しいから痛くしないであげるよ」
「その提案は遠慮します」
「じゃ、しゃーない。お嬢様ともども仲良く王都に強制送還にしてやるよ」
男は言い切ると、追撃とばかりに呪文を唱える
「<拘束の氷結、至れ>」
「………ッ!?」
男の呪文と共に、レオンの足元に氷が現れる。
レオンの反応がもう少しでも遅かったら、彼の足は氷の足枷に閉ざされていただろう。
「仕方ありません。平和主義なのですが、主の身に危険を感じました。排除させていただきます」
レオンは軽く後ろに下がる。
「おぉこわいこわい、若者は血気盛んでオジさんついていけない」
再度男は呪文を唱え、第二陣の氷の足場が、レオンの足元に広がった。
魔法の出現する前兆から、実際に実現するまでの数秒のタイムラグの合間にレオンは前進して一気に距離を詰める。
ガキン、と音を鳴る。
レオンは剣を抜き、男に降りかかったが長い杖で男への直接攻撃は阻止される。
「やめてよぉ、剣士様と肉弾戦できるわけないじゃん。タンマタンマ」
男は砕けた口調を崩さない。
やめてと言いながら煙管を咥えた顔は、余裕がだいぶあるのか愉しそうにわらっている。
「そのへらず口、いまから潰すが問題はないなおっさん」
「……年長者は敬えって学校で習わなかった?こりゃ、礼儀も教えてやらんといかんのかねぇ」
剣と杖が対峙する。
カキンカキンと金属が打ち合う音が響く。
レオンの剣技は早く、重いが防御側の男もレオンの剣を軽くいなして、確定的な自分へのダメージを避けている。
「……ッ!」
レオンは魔法使いとの闘い方は熟知していた。
魔法使いと戦う時は呪文を唱えさせる隙を与えなければ良いのだ。
なので、剣を何度も振りかぶって男へ魔法を使う隙を与えなかった。
左右に乱雑に打ち込んで、男の杖で弧線を描かせる余裕も与えない。
相手は成人男性とはいえ、何度かの剣と杖の攻防で単純な力はレオンの方が強いと読めた。
体格の上でも上背のある分、レオンの方が有利だろう。
この前体力勝負に持ち込めば、戦士であり若く体力のあるレオンに軍配が上がるだろう。
魔法使いとの消耗戦、レオンには勝てる見込みは十分にあるのだ。
「こわーい、負けちゃう〜」
だが、実際にも防戦一方の男より攻撃に回るレオンのほうが有利であったが、やけに男に余裕が残ることに疑問もあった。
「なァ、レオンさんや……あんたが大好きなのお嬢様、魔法センスはないようだが、魔力の量はなかなかだな。ほら、そこの後ろからこっちを覗いてるからオジさんの魔力センサー反応しちゃうよ」
男はそう言って後ろを示す。
別れ際にその場に待機するようにとエルには指示した筈だが、男とレオンが死線を繰り広げているこの場所のすく近くと言われて焦ったレオンが一瞬だけ意識を後ろに向けた。
後ろには誰もいない。
エルはちゃんとレオンに従ってついてきてなどいなかったのだ。
「しまった……」
嵌められたと判断した時には遅かった。
男の狙いはこの瞬間の隙だったのだ。
レオンが阻止する前に、
男の長杖が新たな呪文を紡いでいた。
「<爆ぜろ>」
避ける方を読んだのか、レオンの視界には閃光が広がり、その次の瞬間大きな爆発音が辺り一帯に広がった。




