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陰謀編 ミルリーゼのおかあさん①

 





 ブラン子爵邸にてエルを出迎えたミルリーゼの母、マーサ・ブランは娘同様小柄な女性であった。

 白銀の肩までの長さのゆるいウェーブヘアの気弱そうな印象の女性で、娘のミルリーゼと空色の瞳や目鼻立ちはよく似ていた。


 容姿は「若い」よりも「幼い」の印象の方が強く、低い背丈もあって10代の少女にすら見える。

 失礼を承知の上でミルリーゼに母親の年齢を尋ねたら、エルの母より10歳以上若かった。


「(私には5歳上のお兄様がいるとはいえ……ミルリーゼのご両親はずいぶん若くに結婚したのね)」


「エルさん……だったかしら、ご夕飯は?」


 子爵邸のリビングにてブラン夫人はミルリーゼの隣の椅子に座りながら、エルを感情の薄い目で眺めている。その目は深夜に突然やってきた娘の友人をあまり歓迎はしていない雰囲気をひしひしと感じた。アポもない突然の来客だ。彼女の反応は至極当然である。


 ブラン夫人にとって1年ぶりに会う最愛の娘との感涙の再会の場に、見ず知らずの他人が混ざっているのだ。

 排他感情は醸し出す程度で口にしないだけブラン夫人の大人の対応にエルは心から感謝した。


「大丈夫です、何もいりません」


「ママ……エルは遠慮してるけど実は僕たち夕飯を食べてないんだ。お腹空いたかも」


「そうなのリーゼちゃん? それなら何か用意するわね」


 エルは宿を貸してもらうのに夕飯までは不要と辞退をするつもりだったが、娘は空腹を訴え母親に食事を求めた。

 溺愛している娘の言葉にブラン夫人は嬉しそうに目元を綻ばせるとミルリーゼの小さな頭をひと撫でしてから席を立つ。

 だが去り際にチラリとエルを見る目はやはりどこか警戒している印象だった。


「………」


「ごめん、ママは人見知りなんだ。エルが公爵令嬢だなんて知らないから多分平民だと思ってる」


「……オズが奥様と会わない選択は正解だったようね」


「うん。おじさんの気遣いにとても感謝してるよ。おじさんがきてたらママはひきつけを起こして倒れていたかもしれない」


 小声でミルリーゼはそう呟いてから、不安そうにキッチンに立つ母親の背中を眺めた。

 エルが案内されたブラン家の客間は狭く、キッチンも仕切りのなく繋がっている隣の部屋にこじんまりと併設されているのだ。


「ママがごめんね……」


「良いのよ、至って普通の反応よ。リゼとお母様は1年ぶりの再会なのでしょう? 本当なら私はここにいては駄目なのよ」


「……そんなこと言わないでおくれよ、僕が連れてきたんだからさ」


 ミルリーゼは肩を小さくしながら申し訳なさそうに眉を下げる。

 柄にもなくそのような表情をしているとなおさら気弱な印象のブラン夫人にそっくりだとエルは心の中で思った。




「どうぞエルさん、お口に合うかわかりませんが」


 しばらくしてエルの前に皿が差し出された。

 ブラン夫人が持ってきたのはあたたかな湯気の立つ野菜のスープと雑穀のパンであった。


「すみませんブラン夫人、ありがとうございます」


「………」


「僕のママって呼んだ方がママはしっくりくるのかも」


 明らかに気に障った様子のブラン夫人に慌てて娘がフォローをする。

 初めて会った親友の母とのやりとりは、なんだか地面に埋められたさまざまな罠を踏まないように最大限の注意して歩かされている気分にさせられた。


「ミルリーゼのお母様……いただきますね」


「どうぞ」


「…………」


 添えられたスプーンでスープを掬う。

 具材の量は控えめだが、スープに溶け込んだ野菜の風味が食欲をそそるシンプルで美味な一皿だ。


「ミルリーゼのお母様……とても美味しいです」


「そう」


「(だ、駄目だわ。会話がまったく続かないわ)」


 初めて会う会話キャンセル界隈の夫人にエルは言葉を詰まらせて、もう無言で出された夕食に集中することを選んだ。

 辺境でお世話になった陽気でおしゃべり好きなカイルの母のガラハッド夫人の食卓に響いていた笑い声がなんだかとても懐かしかった。


「(私のお母様もお兄様も決して口数は多くはないのよ! でもここまでコミュニケーションの取れない人ではなかったわ!)」


 エルは同じ街にいる今はもう縁のない家族を思いだした。胸の中に彼らの顔をうっすらと描くとなんだかとても胸が苦しくなった。

 本日の王宮のパーティーでエルはさまざまな予定外のトラブルに見舞われたが、ブラン夫人と対峙しているこの瞬間が本日で一番精神的にきつい気すらした。




「リーゼちゃんにはママの特製メニューがあるからね」


「……あ、うん」


「?」


 エルに出された野菜スープはミルリーゼの分はなかった。ブラン夫人は娘の頭を再度撫でてから、再度キッチンに戻っていく。


「(実子には優遇するタイプなのかしら? まぁ、私は部外者だし気にしないけど)」


 夫人の先ほどの娘への溺愛ぶりを見ているので特段驚かなかった。マナーとしてはどうかと思わなくもないが、エルは呼ばれていない客だし先述の通り母子の1年ぶりの再会の場に空気も読まずに居座るお邪魔虫だ。

 お引き取り願われないだけマシなのだ。


 それに出された野菜スープは家庭的で温かくて美味しかった。

 夫人が一ミリも歓迎する気がないのなら、わざわざスープを湯気が立つまで温めたりはしないだろう。


「………」


 ミルリーゼは感情の薄い目で机を見つめて意気消沈している。

 母親に贔屓されてと申し訳なさ感じているのだろうか? 気にすることないのにとフォローを入れたがったが、すぐそばでブラン夫人が娘の食事の準備をしているので彼女の耳に入るのを避けてコメントは差し支えた。


「(リゼのお母様を黙って見守って欲しいとの話だったし、リゼに従うわ。ここはノーコメント)」


「リーゼちゃん、おまたせ」


 準備が整ったのかブラン夫人は皿を手にして戻ってきた。そして彼女の持っているものをみて、エルは目を疑った。


「……ワァ、ママのケーキだ! 久しぶり……」


 ブラン夫人は皿にホールケーキを乗せて丸々一つをミルリーゼの前に置いたのだ。

 最初は夫人と分けて食べるのかと一般常識で思ったがホールケーキに切れ目はなく、切り分けるナイフもなくただ食べる用のフォークだけが添えられているのである。


「リーゼちゃんは貴族のお姫様だから甘いものしか食べないのよ。お姫様の食事しか食べちゃ駄目なの」


 娘の頭を撫でながらブラン夫人はどこか陶酔するように呟いた。

 その目はすぐ近くのミルリーゼを見つめているはずなのに、どこか遠くの世界を見ているようにも見えた。


「………イタダキマス」


「ふふっ、どうぞ。たくさん食べてね、全部食べてね」


「…………」


 エルは震える手でケーキを頬張るミルリーゼを見つめながら、彼女のとてつもない偏食の元凶を知り言葉を失くした。



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