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陰謀編 ミルリーゼのおうち①

またのんびりと執筆再開します。

エル様パート、ミルリーゼちゃんのお家から

 





 アステリア王宮でのパーティーでの騒動の末、エルはミルリーゼの誘いを受けて王都にあるブラン子爵邸を訪れた。



 貴族街の外れに立つその邸宅は貴族の家と前提したらだいぶ、こじんまりとした屋敷であった。

 北の辺境の大貴族、ガラハッド辺境伯家の王都にあるタウンハウスも当主であるガラハッド辺境伯の必要以上の贅を嫌う思考に肖り裕福な平民程度の大きさの屋敷だがブラン子爵邸はそれよりも小さかった。


 一階建ての木造の家屋と特に飾り気のない庭には小さな花壇と質素な馬小屋が建てられている程度だ。

 その馬小屋も主の馬は現在辺境の街にいるので、誰も住んではおらず夜の静けさも相まってガランとしている。


「隣の建物はパパの仕事の事務所だよ。住居にしているほうはママしかいないから、のんびりしていって」


 屋敷までの道を先行して案内をしたミルリーゼは、ブラン家の邸宅の垣根の隣にあるやはり小さな建物を指差して説明した。事務所だと説明されたその建物は中には誰かがいるのか、深夜だと言うのに窓から明かりが漏れて微かに人の気配がある。

 ミルリーゼは慣れた様子で、貴族の家だというのに門番のいないブラン家の質素な門をくぐると後をついてくるエルに振り返った。


「……僕の家、小さくてびっくりした?」


 イタズラっぽく笑いながら小首を傾げられ、エルは反応に困って苦笑する。


「そうね……思っていたよりも更に小規模だったわ」


「ブラン子爵家は爵位だけある平民のような家だからね。エルやカイルのような大貴族と比べられちゃうと目も当てられないよ」


 ミルリーゼはエルの言葉に乾いた笑いを返すと軽い足取りで庭を進み、ブラン家の屋敷の扉に手をかけた。



「……あのさ、ミルリーゼちゃん。ちょっといいかい?」



 それまで無言で後をついてきていたオズが、突然ミルリーゼに声をかけた。


「なんだい?」


「ブラン子爵は事務所の方に在宅かい?」


「パパ? いると思うけど」


「オジさん、ミルリーゼちゃんのパパに会いたいかな」


「こんな時間に? さすがに明日にしたら?」


 オズが子爵邸に来る前に「ブラン子爵に招かれている」と言っていたのを覚えていたエルは静かに二人のやりとりを見守ったが、流石に人と会うには遅すぎる時間だと思ったので口を挟んだ。


「……こんな時間に女性しかいない家にアポもない男が行くわけにはいかないでしょうよ」


「それはそう……だけど」


 オズの困ったような愛想笑いにエルは一定の理解は示す。

 ミルリーゼの母がどのような人物かはわからないが、突然未成年の娘が知らない男性を夜分に連れてきたら普通は驚くだろう。そう考えたらオズが渋るのも納得はできた。


「パパは夜型だから時間はそこまで気にしないで大丈夫だけど、うーん……それじゃ、おじさん少しだけここで待っててもらえるかな? パパに今から会えるか聞いてくるね」


「悪いね」


 ミルリーゼはあっさりとオズの提案を受け入れると、父親のいると言う隣の建物に駆けていく。


「……あなたってそういうところ、妙にしっかりしているわね」


 ミルリーゼが消えた方向を眺めながらエルは静かに呟いた。辺境での滞在時のガラハッド家の時と同様に、オズは胡散臭い外見や性格の割に変なところは常識的だった。

 そう言うところが内心エルは気に入っている。

 ある種では、長い旅の中で出会った仲間の中でオズが一番頼りにできる大人でもあった。





 数分後、父親にアポをとりに行ったミルリーゼが屋敷の門を再び潜って戻ってくる。


「おまたせ!!」


「おかえりなさい……あら」


 ミルリーゼの後ろから、夜でも目立つ金髪の長髪の男がついてきた。その顔はエルとも面識のある人物だ。


「ワンドさん!」


「こんばんはエルちゃん、さっきぶりやな〜」


 エルの呼びかけにフレンドリーに答えたのは王宮にて灰の王子救出作戦にサポート役として潜入していたワンドであった。

 王宮にいた彼はパーティーに相応しい貴族らしい装いだったが、いまはラフな服装に衣替えをして綺麗に整え結い上げられていた金髪も簡易に結んだだけの姿になっていた。


「こちらは?」 


 やってきた若者を興味薄そうな目で流し見しながらワンドとは面識のないオズが尋ねる。


「彼はワンドさん。ロッドさんとメイスさんのお兄様でリゼの叔父様なの。パーティーでいろいろとお世話になったわ」


「へえ」


「どもどもお初にお目にかかります〜、お噂は予々聞いとります。ブラン子爵家、当主の義弟のワンド・ブランと申します。オズの旦那、遠路はるばるご足労いただき誠に光栄です。どうもおおきに!」


 エルにそう紹介されたワンドは貴族らしい丁寧な仕草で西の方言混じりの少し珍妙な挨拶を披露した。


「オズの旦那にはメイスがとてもお世話になったとか」


 ふいにワンドの金の瞳には冷淡さが宿った。

 その見覚えのある鋭い眼差しにオズは内心肝を冷やす。オズは過去に同じような目を彼の妹のメイスから向けられているのだ。


「………ワンドくんだっけ? メイスちゃんのお兄さんで間違いはなさそうだな」


「ワンド、パパの客だからくれぐれも失礼のないようにしな。おまえまで僕の顔に泥を塗るんじゃないよ」


 そんな義叔父の態度をミルリーゼは一括する。

 オズを庇うように間に立つと、じとりと睨んで煽るような義叔父の言動を嗜めた。


「わかってますってお嬢、信用第一、誠意を持っておもてなしさせていただきます! さぁさぁ、オズの旦那、兄貴のところに案内するんでワイの後についてきてください。事務所内は喫煙可なので立派な灰皿ご用意しますよ」


「オジさんが喫煙者ってのも筒抜けなのね」


 ミルリーゼの言葉にすぐに敵意を消し去ったワンドは通常時の軽快な口調を取り戻し、にっこりとオズに笑いかける。

 その変わり身の速さは、隣で見ているエルも唖然とするほどだ。


「オズ、大丈夫かしら……私もついて行った方が良い感じ?」


 ワンドに先導されて子爵の事務所だと言う建物に向かうオズの背中を眺めながらエルは心配そうに呟いた。


「大丈夫だよ。ワンドはああみえて兄弟で一番礼儀を弁えてるから。エルは僕と一緒に行こう。パパにも改めて後で会わせるからさ」


「……えぇ、わかったわ」


 家主の娘であるミルリーゼにそう言われたのでエルは彼女に従うことにした。

 ワンドの一瞬見せた冷ややかな目は心配ではあるが、王宮で会ったワンドは灰の王子救出作戦のためにいろいろと働きながら、的確なサポートをくれたエルの中では信用に足る人物だったので自分の直感を信じることにしたのだ。


「エルには僕のママに会ってほしいんだけど、あのさお願いがあってさ」


「なあに?」


「ママ……ちょっとおかしなことを言うかもしれないけどさ、黙って見守ってて欲しいんだ」


 ミルリーゼはゆっくりと屋敷へ続く庭の通路を歩きながら、隣で並行するエルの顔を心配そうに見上げた。


「(リゼのお母様は平民出身って話だしマナーとかのことかしら?)」


 エルは内心で、彼女の過去の話を思い出しながら納得する。元公爵令嬢のエルに対面するにあたり、平民である母を想う娘からのフォローなのだろう。


「えぇ、わかったわ……私は公爵令嬢エスメラルダじゃなくて平民のエルとして会うのだもの、些細なことで驚いたりはしないと約束するわね」


「ありがとう、くれぐれもよろしくね」


 ミルリーゼはエルの言葉に安心したように息を吐くと、再度屋敷の扉に手をかけた。

 ゆっくりと深呼吸をして夜中だと言うのに鍵のかかっていない扉を開く。




「ママ、ただいま!!」




 玄関に入ったミルリーゼがそう声をかけると、屋敷の奥から誰かが急足で駆けてくる音がした。


「リーゼちゃん!!!」


 転びそうになりながら駆けてきてのは小柄な女性であった。

 ミルリーゼと同じ白銀色の少しウェーブした髪を肩の長さに切った、エプロン姿の女性は玄関に立つミルリーゼを見ると一目散に駆け寄ってミルリーゼの身体に手を伸ばした。


「嗚呼……リーゼちゃん、リーゼちゃんなのね! おかえりなさいリーゼちゃん、ママ……とっても心配してたのよ!!」


「ママ……」


 ミルリーゼの母と思わしき女性は、声を震わせながら帰宅した娘を胸に抱き背中に手を回すと、安心したように自分より背の高い娘の頬にひたいを擦り付けた。

 母親は小柄だとは聞いていたが背の小さいミルリーゼよりも彼女の母は更に背が小さく、童顔なことも相まってブラン母子の触れ合いは、エルからは子供同士にも見える。


「(リゼ、この様子だと王都に戻ってからもお母様と会ってなかったのかしら? もう半月近く王都にいたはずなのに)」


 親子のあたたかな抱擁を隣で見ながらエルは気づく。

 一年ぶりに家出した娘との再会に感極まり涙を流す母親の腕に抱かれている親友の顔は、どこか、何かに怯えるように強張って固まっていた。






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