奔走編 魔狼③
「魔狼がもう一頭いた!?」
「しかももう倒した!?」
巣穴の中の魔狼を倒して帰還したレオンとカイルは、もう一体存在していたという事実に驚愕した。
信じ難いが、二人の足元には既に事切れている魔狼の亡骸が横たわっている。
それが何よりの証拠だ。
「流石ですエル様……私の目が曇っておりました、あなた様がそこまでの実力をお持ちは」
「あーちがうちがう」
即座にエルに賞賛の言葉を送ろうとしたレオンを制して、エルはセラフィナを指さす。
「倒したのは彼女よ」
セラフィナの微笑みはまさに聖女のようだ。
獰猛な魔狼を倒す姿を想像するのは難しい。
「………ご冗談を」
「わたくしが倒しました。神のおゆるしです」
「えっマジ……セラフィナおまえそんなに強かったのか……すげぇな」
にわかには信じ難いと、疑いのまなこを向けるレオンの後ろでカイルは素直に彼女へ賞賛の言葉を送った。
巣穴の魔狼退治も、ほとんどレオンが戦いカイルは彼の指示下で他のオオカミが乱入しないようにする等のサポートに徹したのだ。
魔狼と戦ったという事実は、カイルには賞賛に値することなのだろう。
レオンは、自分のサポートだけをしろというレオンの指示を聞いたカイルから「なんでオレに戦わせない」等、ある程度の反抗がくるのは承知の上だったが案外素直に聞いたことで彼への評価を改めた。
騎士になりたいというだけあり、状況を見渡し最適格を見極めるカイルの力はレオンが思っていたよりも備わっているようだ。
カイルは、ただの考えなしで突っ走る単細胞ではない。
そして、評価を変えたのはただの敬虔なシスターだと思っていたセラフィナも同様だ。
内心、神に祈ることを特化したシスターの身で一人で魔物を退治に行こうとした彼女を世間知らずな殉教者だと評価したが実際は違うらしい。
「セラフィナ嬢は特に武器をお持ちではないですよね、やはり聖ルチーアに伝わる退魔の魔法とかを習得されているのですか?」
「わたくしの武器はこの拳です」
レオンの問いかけに答えセラフィナは握り拳を握って、その場で軽くジャブをする。
その動きは、学生時代に騎士科の同級生たちがする同じ動きよりもキレがあるようにカイルには見えた。
「えー……」
「信じられないとは思うけど私が証言する。……ガチよ」
「……ガチなのですね」
「ガチ」
呆然とするレオン。夜更かしをして夢でも見てると言いたげな従者に、一連の流れを全てこの目で見たエルは言い切った。
その隣でだんだんと睡魔に襲われてきたらしいカイルは大きなあくびをした。
兎にも角にも、そんなやりとりをしながらも討伐の証明に魔狼の牙を剥ぎ取って、月夜のオオカミ退治は完了した。
幸い無理やり魔狼に従わされていたと思われる通常種のオオカミたちは山の向こう、もといた生息地に逃げ帰ったようで討伐はもう意思のない魔物が二体だ。
「これをあの司祭様に届けたら修道院の人たちも安心するでしょうね。セラフィナ、司祭様に届けてあげて」
「いえ、わたくしは結構です。是非エル様の手柄になさってください。少額ですが司祭様も報酬をくださると思います」
「いいのよ、恋人だって嘘ついてタダで美味しいご飯と温かい寝床にありつかせてもらったんだもの。せめてものお礼よ」
レオンもカイルもエルに賛同するように、頷くのでセラフィナはこれ以上問答するのは無意味と察して素直に牙を回収した。
「さて、帰りますか。もう夜が明けるわね。なんだか今日は長い夜だった気がする」
「出発は昼にしますか?」
「オレ眠くなってきた。夕方くらいにしねぇ?」
カイルは再度、大欠伸をするので、エルは呆れたように脇腹を突きながら帰路に着こうとすると三人から離れてセラフィナが立っていることに気づいた。
「セラフィナ、修道院に帰らないの?」
「わたくしもう一箇所、寄るところがございます。皆様方どうぞ、お先にお戻りください」
「明け方とはいえ夜道を女性ひとりは危険……になるのか?」
「……オレに聞くなって」
相手が魔狼を一人で討伐したシスターである事実に気づいて、レオンは隣にいたカイルに尋ねた。
返答に困ったのかカイルは、レオンへの反応は曖昧に返した。
「では、またお昼にお会いしましょう」
「………」
「遅かったじゃねえか!待ちくたびれたぜシスターさん」
「やっと俺に頼る勇気が出たのかな、日が沈んだらこいと言ったのに明け方にくるとは時間が守れないのは信用をなくすぜ」
エルは修道院に戻るふりをして、山道で別れたセラフィナの後をついて麓の町までやってきた。
一応は荷馬車も通る街道沿いの宿場町だが足を踏み入れた町中はだいぶ寂れていて、酒を出し夜を通して騒ぎ立てるような客層が占める店がずらりと並んでいる。
エルは街が見えた瞬間から「治安悪…」と感じて、正直あまり近寄りたいとは思えなかった。
「……ちょっとセラフィナったら、せっかく狼を倒したのになんであいつらのところに来たわけ!」
その中でも一際騒ぐ声の大きい治安の悪い外観の宿屋の中へ聖職者の服のままセラフィナが入っていって昼間に修道院にきた柄の悪い冒険者と向き合ってるところが目に入ると、エルは状況が理解できずに戸惑った。
「エル様おそらくお目汚しになります、あなたは修道院にお帰りになっては」
「いや、カイルはもう寝てるしここにおいていけないでしょう」
セラフィナのいる建物の影に三人で潜むが、やけに静かだと思ったらカイルは既に夢の中であった。
「叩き起こしますか?」
「いや、それよりセラフィナのほうが心配だわ……あぁ、部屋の中に入っちゃった」
入り口で会話をしていたセラフィナたちの会話の内容は聞こえなかったが、何らかの会話を交わした後、冒険者の一人に腰を抱かれてシスターはそのまま一室に入っていく。
しかし、彼女の本質を知ってしまった以上エルに昼間のような心配は一切なかった。
むしろ逆の心配があり、その心配は数秒で現実となった。
バキッ!!!
ドアごと体を吹っ飛ばされて、宿屋の壁に叩きつけられる巨体が二つ。
「冒険者様、よく覚えておいてくださいね」
吹っ飛ばされた身体を追うように部屋の中から出てきたセラフィナ。
服装はそのままで何一つはだけることはなく清楚な出立ちだ。
「これに懲りたら、二度と聖職者を不埒な目で見てはいけません」
明らかに伸びている一人と、シスターの圧に怯える一人。
セラフィナは怯える男の胸ぐらを掴むと優雅に微笑んだ。
「次は手加減は致しません。次わたくしの仲間が同じ目にあったと耳にしたら、あなた方の未来の子孫を根絶やしにして、さしあげます」
頬に浴びた男の返り血をハンカチで拭いながら礼拝中に説法をするような口ぶりで首を締め上げると、セラフィナはそう言い切って、締め上げていた手を離し、満身創痍な男の体を床に落として彼女は一礼をしてからその場を去っていた。
雷のように鋭い、ひと睨みを男のトラウマに残して。
まるでバケモノを見たかのように、震える男たちだけがその場に残されていた。
「……私が見込んだ通りね、ふふっ、彼女って本当に最高じゃない!」
エルは、仁王立ちで男共に制裁を下したセラフィナの背に向けて賞賛をおくった。
昼間、あの不躾な冒険者にはエル自身がイライラしていたのだ。そいつらが、セラフィナの制裁に腰を抜かして怯える姿を見るのは胸がすく思いであった。
隣にいたレオンに目をやると、同じ男として察するものがあるのか顔を青くしている。
「セラフィナ、私についてきてくれるかしら……ねえ、レオンはどう思う?」
「………」
「レオン?」
沈黙した従者が黙り込んだまましばらくその場で固まったままであったので、エルは不思議そうに首を傾げた。




