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饗宴編【幕切れ】⑤

 





 アステリア王宮・灰色離宮




 離宮に戻ったアッシュは、着せられていた窮屈な礼服を脱ぎ捨てて倒れるように古い寝台に潜り込んだ。

 身体は疲れてくたくただが、全身を覆っていた苦しみや痛みなどからすべて解放されてどこか心地よさすら感じた。


「殿下、寝具を新調しましょう」


 粗末な寝台に身を任せるアッシュを見たユーリスが進言する。

 ここ一ヶ月はずっと病で寝込んでいたとはいえ、あまりに清潔感とは無縁の寝具に横たわる主君の姿に忠臣として思うことが多々あるのだろう。


「そんな予算はないだろう」


「公子が今回のパーティーに備えて資金を提供してくれました。無賃で突入したので、手元に全額残っております。新しい寝具一式を揃えてもお釣りは来るかと」


「ああ……」


 アッシュは察する。

 王宮出禁のユーリスは、警備兵に金を握らせて王宮に入るつもりだったのだろう。

 王妃の策略によって入り口には彼を倒す為の精鋭騎士が配置され、結果として実力行使によって無償で突入したのだ。


「でも、其れはそもそもエドの金だ。返した方がいい」


「では近々公子を離宮にお招きしましょう」


「………」


 薄い毛布にくるまりながらアッシュは考える。

 エドワルドとは喧嘩別れのような形で離別してしまったのだ。彼と直に顔を合わせるのはやはりアッシュとしてはかなり気まずい。


「(そんな風に考える余裕もできたのだな……私はもう死の影に怯えなくていいんだ。本当に助かったんだ)」


「殿下?」


「………エドと仲直りができるだろうか」


 アッシュの言葉に、枕元に立つユーリスが無言で頭を撫でてきた。


「何をする! 不敬だ!」


「………殿下、公子はおそらく喧嘩した認識すらしていません」


「………」


「公子のことを大切な忠臣で友だと殿下自ら、おっしゃっておりました。己の言葉と向き合いください」


「ユーリス、今日はやけに饒舌だな」


 普段は必要なことすら話さないくせに、と言いたげにアッシュは口を尖らせる。

 その顔を見守る忠臣の目はとても温かかった。


「………」


 アッシュは寝返りを打った。薄いボロボロの粗雑な毛布が素肌を撫でて少しむず痒かった。


「ユーリス、聞いて欲しい」


「はい」


「死の際で父上に会った。母上もいらっしゃった。二人とも幸せそうだった」


「………」


 アッシュはぽつぽつと語り出すと、深く息を吐いて再度体を上に向けた。

 灰色の天井を眺めながら言葉を続ける。


「父上に言われた……この国を守ってくれ、と」


「………それが、殿下のおっしゃっていた成すべき使命ですか?」


 ユーリスは静かに尋ねた。アッシュが視線を向けると、彼の榛色の瞳が僅かに揺れている。

 なんとなく、彼はこれからアッシュが話す言葉をずっと待ち望んでいたような気がした。


「そうだ」


 アッシュはそんな忠臣の目を見て、強く頷いた。


「でも父上に言われたからじゃない、本当は私はずっと心の片隅で考えていた。そして確信を得た。あの継母ははうえ義兄あにうえに国を汚されているのを指を咥えて見ているだけでは駄目だ、と」


「……殿下」


 アッシュは震える体で寝台から身を起こす。

 少し息を荒くさせるが、力強い口調で言葉を紡ぐ。


「私は、王座を獲る!! 父上に託された次期後継を主張して、あの強欲で哀れな継母おんなから星の王国を守る! そして亡き母、側妃アリシアの汚名と無念を晴らす!」


 謂れのなき罪で命を奪われたアッシュの母、アッシュの王座が達成すればおのずと彼女の無実は国中に証明されるだろう。


「とても辛く険しい道だと思う……ついてきてくれるか、ユーリス……ユリシーズ・フォン・ヴァルター」


 灰の王子は、問いかける。

 忠臣は無言で床に傅くとその場に深く頭を下げた。


「アッシュ・ガイアス・アステリア殿下、この身は殿下に捧げた身。灰の王子の王座の為ならば、剣となり戦います、どうか殿下の歩む道の供として最期まで付き添わせてください」


「ありがとうユリシーズ、明日早速エドを呼ぼう。二人では厳しいかもしれないが三人ならなんとかなるかもしれない。父上もそうおっしゃっていた……」


 ふとアッシュは、ここにいない忠臣の妹のことを思った。

 今宵、アッシュの元に蒼き聖女を遣わしてくれた誇り高き忠義の家の国一番の翠玉の令嬢だ。


「……エスメラルダ嬢……高潔で公正な思想はロデリッツ公やエドにそっくりだ。あのような国一番の至高の宝玉を躊躇いなく捨て、あんな低俗な娘を妃に選ぶなんて兄上の考えることはわからないな」


 アッシュは窓の外の、輝く星々を見てつぶやいた。脳裏によぎったのは在りし日に存命中の母の背中越しに眺めた美しき令嬢の横顔であった。



「エスメラルダ・ロデリッツ……是非、一度会って礼がしたい」



 アッシュが小さく願望を口にしたその瞬間、一筋の光が、翠玉のように輝きながら暗い夜空にまばゆく流れた。





 饗宴編 完

饗宴編、完結です。


とても長い物語にお付き合いいただきありがとうございました。

少し更新をお休みして第四章を執筆します。シリアスを増しながらも基本はコメディで頑張ります。


エルは名誉回復を目標に国の破滅を目論むソフィアに立ち向かう決意をします。

聖女の救済を経て立ち上がった灰の王子陣営、

やらかしまくってるリリエッタの末路、

アステリア王家の陰謀、

帝国派の野望、

この辺りを少しずつ回収していく予定です。


新キャラも出す予定です。

今後もまったりとお付き合いください。



感想や評価やブクマを頂けたら、ものすごく励みになります!よろしくお願いします!!


お読みいただきありがとうございました。

近日中に番外編2作、掲載予定です。



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― 新着の感想 ―
いよいよ王子が建つ意志固めたか。 最終的には血が流れんとこりゃあ済まんな。
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