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饗宴編【幕切れ】③

 






 アッシュの救済の代償に、テラスで倒れたセラフィナは王都のガラハッド別邸に運ばれた。




 救済作戦に参加した情報屋のワンドとは城の中で別れた。彼は倒れたセラフィナに最低限の応急処置だけ施すと、主人に報告すると言ってカイルに別れを告げたのだ。

 魔力を持たないワンドでは重度の魔力欠乏症を発症しているセラフィナにできることが限られているらしい。彼は「なんか用があったらお嬢を通してな!」とだけ言い残して、夜の闇に消えていった。


 その後、ガラハッド家の馬車の前で息子たちの帰還を待っていたガラハッド夫人と合流した後、一同は意識を失っているセラフィナを連れて帰路を急いだ。



「セラフィナ!! しっかりしろ!!」



 カイルは泣きそうになりながら、依然意識のないままのセラフィナの青白い手を握って必死に呼びかけた。


「カイル、服を着替えさせるからあんたは入っちゃダメよ。リサ、セラフィナちゃんの着替えを手伝って頂戴!」


「はい! 奥様!!」


 タウンハウスに到着後、カイルの母は部屋の中までついてきそうな勢いの息子を厳しく制すると彼を廊下に留まらせて、代わりに管理人夫婦の妻を呼び出して部屋の中に入っていった。


「何故、セラフィナ嬢はいつもいつも己の限界を越えてまで自分の体を酷使するんだ……」


 立ちすくむカイルの背後で、やってきたレオンが頭を抱えてため息をつく。

 苦々しく呟きながら倒れてしまったセラフィナが眠る部屋へ、心配と呆れが混ざった視線を向けた。


「ミルリーゼの叔父さんが、魔力欠乏症には魔力持ちから魔力供給を受けたら良いって言ってた!! ……オレ、城に戻ってエルかオズを探してくる!!」


「待て、カイル」


 今にでも走り出しそうなカイルをレオンが鋭い声で呼び止めた。


「なんだよ!!」


 呼び止められたカイルは不満そうだが、レオンはどこまでも冷静を保つ。


「魔力供給でなんとかなるのは軽度の話だ。セラフィナ嬢の状態はかなり重度と推測できる。即ち魔力供給を受けて即座に回復するラインは既に超えている。それに、エル様とオズ殿はどっちにしろ此処に戻ってくる予定なんだ。……おまえも顔がだいぶ疲れている。本当は限界が近いんだろう?」


「………でも!」


「おまえだって戦ってきたばかりなんだ。今は休め」


 レオンはひたすら落ち着いた声でカイルの今にでも走り出しそうな足を留まらせた。彼のいう通り、カイルだって、家と辺境領を背負った戦いをこなしてきたばかりなのだ。

 王族や貴族の目線に囲まれながらも立派に役目を果たして、ほとんど休むことなく慣れない王宮内を駆けずり回ってきたカイルの体力と気力も限界に近かった。その証拠に彼の足は僅かに震えている。


「………」


「……その様子だとアッシュ殿下の救済は無事に完遂したのだろう。お疲れ、よくやったな」


 大人しく廊下に置いてある座椅子に腰を下ろしたカイルを柔らかい目で見据えながら、レオンは彼の功績を静かに労った。


「レオン……」


 珍しくストレートな褒め言葉を送ったレオンをカイルは見上げる。

 そして、自分を見る榛色の瞳を目に入れた途端に、ふとカイルは城で出会った男のことを思い出した。


 アッシュの解毒の際、彼の傍で控えていた第二王子の忠臣はユリシーズという名前とレオンと同じ姓を名乗り、彼のことを『レオンハルト』と呼んだのだ。


「レオン……城であんたの兄ちゃんかもしれない人に会ったんだ」


 カイルは彼と同じ色の瞳を思い出しながらユリシーズのことを告げた。


「………」


 レオンはカイルの言葉に僅かに目を見開いてから口を閉じた。重い沈黙の後に、カイルから目を逸らして目線をセラフィナが眠る部屋に移す。




「俺に兄弟はもういない」




 レオンは背中を向けて、冷たく答えた。

 その口ぶりは、まるで自分に言い聞かせているようだとカイルは思った。


「あんたのこと、レオンハルトって……」


「カイル」


 言葉を続けようとしたカイルをレオンは制した。

 これ以上話すなと言っているのだと、その語気の強さからカイルはうすうす察する。


「悪いがこの話はしたくない。城で働いてきたお前と無駄な口論もしたくない。この話題はもうやめろ」


「………おまえの兄ちゃんはユーリスって名前でアッシュ殿下に仕えていた! これだけ伝えとく!! もうやめる!」


「………」


 レオンは無言で腕を組むと、怠そうに壁にもたれかかった。レオンにとって、兄の話題は余程触れたくない話なのだろう。

 前に父のガラハッド伯の隣でレオンの家族の話を聞いた時も、レオンは家を出奔した兄に良い印象を持ってなさそうだったのでヴァルター家の兄弟はかなり複雑な関係なのだろう。


「(でもユーリスさん、無口だったけど決して家族を捨てて逃げ出すような人には感じなかった……変な行き違いが起きてるのかな。オレからあんまり口出しすべきじゃないとは思うけど、ユーリスさんはレオンのこと気にかけてたみたいだし仲直りできればいいんだけどな)」


黙り込んだレオンを眺めながらカイルはそう思った。そして、ふと疑問に思ったことを尋ねることにする。


「なあ、ところでレオンハルトって」


「……次、その名前で呼んだら本気でぶん殴るからなカイル」


「えっ、顔、怖!」


 さらっとレオンの兄から聞いた名前を呼ぶと、レオンは氷点下の目で睨みつけてきたのでカイルは身を縮こませた。

 レオンにとって、兄と本名はかなりの禁止ワードのようだ。レオンの本気パンチは受けたくないので、カイルはしっかりの己の頭に叩き込んだ。






 しばらくして、セラフィナが休んでいる部屋からカイルの母と管理人の妻が出てきた。


「母さん!!」


 カイルは駆け寄るが、息子に対して夫人は無言で首を振る。


「着替えさせて休ませてるけど正直な話、セラフィナちゃんの体力次第よ……執事おじいさんにお医者様を呼ばせてるけど、もうだいぶ深夜だから難しいみたいで」


「………」


 カイルの母は申し訳なさそうにしながら、眉を下げた。管理人の妻も同様に肩を落としている。


「いえ、ガラハッド夫人それに管理人殿の奥方。この度はご協力いただきありがとうございました。異性の俺たちではセラフィナ嬢の身体に触れるわけにはいきませんので助かりました」


 セラフィナの看病を引き受けてくれた女性陣に、話を隣で聞いていたレオンは規律のある口調で礼を言い頭を下げた。

 本心からの言葉だ。流石に気を失って意識がないとはいえ、レオンやカイルが彼女のドレスを脱がせる事など許されるわけがないのだ。


「レオンさん、何かできることがあったら遠慮しないで言ってね。……リサももう休んで、遅くまでありがとう」


 マリアはレオンの言葉に優しく答えると、そばに仕えている管理人の妻を下がらせた。


「……セラフィナ」


「………カイル、心配なのはわかるけどいまは部屋に入らないであげて。女の子の寝顔や寝間着姿なんてプライベートなんだから、結婚するまで見ちゃダメよ。レオンさんもそのようにお願いしますね」


「………」


「わかりました」


 マリア夫人の言葉からよほどセラフィナの容体が悪いのだと察したレオンは静かに立ち入り禁止を受け入れた。息子のカイルはただ沈黙して、ドアの先を見つめている。


「奥様」


 そんな三人がいる場所に、病院へ使いにやっていた老齢の執事が一人で戻ってくる。

 やはり夜なので医者を呼ぶのは難しかったらしい。彼の傍には誰もいなかった。


「おかえりなさい、お医者様は?」


「昼じゃないと往診ができないそうです」


「母さん!! それならセラフィナを背負って病院に連れて行こう! オレ、おぶるからさ!!」


 話を聞いたカイルが勢いよく立ち上がる。

 立ち入り禁止を言い渡されたばかりなのに、セラフィナが眠る部屋に乗り込みそうな勢いなので、レオンは慌てて彼の首元を掴んだ。


「カイル! 落ち着きなさい!!」


「坊ちゃま……お医者様も魔力持ちではないので魔力欠乏症への魔力供給ができんようです。エスメラルダ様とオズ殿以外にどなたか魔力持ちの心当たりはございますか?」


「………」


 冷静な執事の言葉にカイルの足の勢いは止んだ。

 そして、考えた。このアステリア王国で魔力持ちは貴重なのだ。カイルのそばに三人いたのだって非常にレアなケースだったのだ。

 カイルがかつて在籍していた学園でさえ、即座に思いつく魔力持ちは王太子のアルフォンスくらいである。


「(そういやユーリスさんは魔力を持ってた……灰色離宮にいって呼んでくれば……)」


 先ほど出会った灰の王子の忠臣に思い至った。ユーリスなら彼の仕えるアッシュを救ったセラフィナを助けることにきっと協力してくれるだろう。

 そう考えながらカイルは側に立つレオンの様子をみる。この場所に彼が嫌悪してる兄を呼ぶことにどのような反応をするかを考えた。


「(流石にレオンも、仲間の命と自分の感情ならセラフィナを優先してくれる……よな?)」


 カイルはこっそりと目線を寄せる。

 レオンは我が強く、主人のエル以外に対してはかなり雑な対応の男だ。

 セラフィナが命の危機の状況なので救命を優先してくれるとは思うのだが、拒否される気も正直した。


「………」


 視線に気づいたレオンが怪訝そうに眉を寄せる。

 非常に不機嫌そうだが、もしかしたらカイルの思考が勘付いたのかもしれない。


「あのさレオンすごく言いにくいんだけどいいか?」


「………」


「此処にユーリスさんを」


「奥様………」


 カイルが口を開いた途端、先ほど下がらせた管理人の妻がパタパタと急足で戻ってきた。少し慌てた様子である。


「どうしたの?」


「奥様にお客様です」


「流石に遅いから、帰ってもらえるようにお願いできるかしら」


 夫人は時計を眺めながら困ったように答えた。

 辺境伯邸の壁時計の針はもうすぐ日付を越える、アポイントなしで貴族の邸宅に来るには流石に遅すぎる時間である。


「それが、エスメラルダ様の紹介状をお持ちの方でして……カイル坊ちゃまに伝言もあるとおっしゃってました!」


「エルから!? なんだって!?」



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