奔走編 魔狼②
敵を見つけたオオカミたちは、仲間に危険を知らせる。
魔狼の巣と思わしき洞窟の中に推定十頭。魔力に侵されていない普通のオオカミが大半で、セラフィナの魔力感知は、大きさ的に魔狼は1頭か2頭だろうとの結果であった。
「その魔力感知っていう奴、便利ね。私にもできるかしら」
「勿論ですわ、やり方は時間のある時にお教えしますね」
「……セラフィナ嬢、今ここでエル様に教えて差し上げてください。魔狼の巣には俺とカイルで入るので」
巣の中の様子を伺っていたレオンは、そのような判断を下した。
「……私も行きたいのだけど」
「いえ、思ったより巣の中が狭いのです。私一人でも十分かと思うのですがカイルは念のための保険です。エル様はセラフィナ嬢とこちらで待機を」
「……戦力外通告ってこと?」
「率直に言うとそうですね。あなたは実戦を知らないので、何かあってからでは遅すぎます」
「まぁ、レオンの意見にオレも賛成しとく。エルがセラフィナを守れよ、セラフィナがいたらオレらが怪我をしても治してくれるんだろ?」
珍しくレオンとカイルの意見が一致した。
カイルは武器として棒状の木材を持っている、エルの持っている片手剣より殺傷能力は低そうに見えた。
「エル様、では感知のやり方をお教えしますわ」
「………うん。レオンもカイルも気をつけてね」
無理やりついていくのは得策ではないと察したエルは、促されるがままに巣の入り口でセラフィナと待機をすることにした。
「カイル、魔物と戦ったことは?」
「学校の遠征授業で、スライムとかゴブリンとかなら」
「そうか。なら言っておく、魔狼は強い。毛皮は硬いし、キバは通常のオオカミの何倍も鋭い。咬合力が強いから、人間の腕なんて簡単に裂ける。もし噛み付かれたら……」
「……噛み付かれたら?」
「上半身が無くなることは覚悟するんだな」
レオンは静かに剣を抜いた。
長い剣だ。使い古した感じだが、彼が長年の愛用したものなのだろう。
その柄には、歴戦の経験を語る傷が沢山残っている。
グルルルルルル……
こちらに対して敵意を向ける無数のオオカミの中で、一匹だけ異彩を放つ個体がいた。
「あいつが魔狼……だよな」
カイルが授業で倒した魔物たちの何倍もの脅威となる敵が、いた。
一方、
「んー、察知がわかるようなわからないような」
「うふふ、だんだんわかるようになりますわ。経験を重ねればなんとなく、コツが掴めます」
「なんか、波打つ感じがわかる気はするのよ。きっとレオンたちが戦ってる魔狼を察知してるんだと思うのだけど」
巣の中からは、生き物の叫び声がこだました。
鉄を打つ音がして、オオカミとの戦闘が始まったのだろう。
既に何頭か、巣穴から逃げていくのも見える。
普通のオオカミをエルたちは討つつもりはない。
外敵が襲来したこの状況で、そそくさと逃げることを選べる賢い個体なら、よほどのことがない限り人に歯向かったりはしないだろう。
レオンたちも、襲ってこない限りは通常種には手を出さないと言っていた。
「………ん、んん?なんか近くにいそうな気もするのよね」
「あら?………わたくしも感じる気がしてきましたわ……エル様!?」
探知のために目を閉じていたセラフィナが、ハッと青い瞳を見開いた。
そして隣にいるエルに覆い被さって、その場から咄嗟に襲いくる爪から避けた。
グルルルルルル……
気づいたらポタポタと涎を垂らし牙を剥く、明らかに普通ではない狼が一頭、こちらに向かって威嚇をしている。
「一頭か二頭って言ってたものね、二頭目が巣の中にいなかっただけで」
エルはそう言って素早く剣を抜く。
セラフィナを背中に庇うように、構える。
「やってやるわ、言い出しっぺは私だもの」
「それを申したら、最初にオオカミ退治を言い出したのはわたくしです。ああ神様、どうか罪深きこの魂に救済を……」
『グルファァァ!!』
「ふ、ん!!!」
大きな牙をむけてこちらに向かって噛みついてくる魔狼をエルは、なんとか剣を使って防いだ。
単純な力比べでは、魔狼のほうが有利なようで全身の力を使って足を踏ん張っても剣を咥えた魔狼はズルズルとエルの体を押し出した。
「セラフィナ!祈ってないで逃げて!!ここは私が食い止める」
「慈悲深き救いの手をお与えください、嗚呼どうかこの者の魂に救済の手を……」
「聞いてるのセラフィナ……あっ!!」
カキン!と金属が砕ける音がして、魔狼の牙が食い込んでいた剣が折れた。
その拍子にエルの手からも離れてしまい、エルは最も簡単に丸腰になった。
押し出された拍子にその場に倒れたエル。魔狼の牙はすぐそこだ。
エルは己の計画の甘さを悔いた。
止めてくれたレオンが正しかったと身に沁みて学ぶ。
「……逃げてセラフィナ!神様は助けてなんてくれないわ!だから私が食べられてるうちにレオンたちのところに……」
「……神よ、お許しください」
「聞いてよ!!セラフィナ!!!!!」
なんらかの祈祷が完了したのか、セラフィナは祈りを捧げ終えると、その場に音もなく立ち上がった。
そして、大きく拳を振りかぶると、流れるような速さで魔狼の顔面に目掛けて、鮮やかなストレートパンチを振り落とした。
ドコオォオ!!!
『キャイン!!』
魔狼の身体は殴られた衝撃で、そのまますぐ近くの大木へ打ち付けられそのまま泡を吹いて絶命した。
「神様、お救いの手をいただきありがとうございます」
「わーお、マジ?」
魔狼を一撃で沈めたシスターは、説法を終えた後のような神聖な面持ちで、月夜の光に照らされて微笑んだ。
エルは信じられないものを見たと言わんばかりに、その神々しい姿と魔狼の残骸をみまわして、やはり信じられないと言わんばかりに色々と考えて、深く考えるのをやめた。




