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饗宴編【開宴】第九話 蒼玉の聖女(中)

 




 セラフィナは焦っていた。

 想定していたよりアッシュの体を蝕む毒は強力で、解毒術で王子の体に深く埋め込まれた毒の種子を抜き取っても次から次へと弾けた毒の種子は増幅していった。

 それは彼女が師である父から学んだ毒の知識のどの前例にも該当しないパターンであった。

 それほどアッシュを苛む、この国一番の深き闇の貴族、アルバート公爵家の造る毒は強大だったのだ。



 ───────── 治癒術ヒール



 解毒の合間に治癒術をかける。

 一度の解毒でアッシュの体力は大幅に削られた。

 なので何度も治癒術を重ねがけをして、そして再度解毒の術をかけた。この煩わしい回復方法は、セラフィナの決して多くない魔力を消耗させた。

 セラフィナには魔力はあるが、魔力の量はそこまで多くはなかった。彼女の主君の膨大な魔力を持つエルどころか、仲間の魔法使いであるオズの半分にも満たない量である。

 ガラハッド騎士団の十数人の若い騎士たちに一通り打撲の治癒魔法をかけたら尽きてしまう程度の魔力量しかないのだ。

 アッシュの治療もこのままでは、完全に解毒が達成する前にセラフィナの魔力が尽きる方が早いだろう。


「(わたくしが、……本物の聖女なら、……こんなことはないのに!)」


 セラフィナは己の無力を感じて内心で嘆いた。

 ルチーア教会に認められる程の真の聖女なら、どんな猛毒でも庇護者に苦痛など感じさせる前に一瞬で聖なる浄化の力で消し去るだろう。

 かつてこの国に降臨したアステリア王国の建国の聖女ルチーアはどんな病でも触れただけで奇跡のように瞬時に癒してみせたらしい。

 だが、セラフィナ・リュミエールはこれまでに何度も本人が否定してきた様に聖女ではなかった。

 彼女の治癒は万能の奇跡などではなく、病傷に対する経験と知識のみで他者の身体を癒すのだ。


「………ぐ、うぅうう! ああぁぅぅぅ!!」


 依然アッシュは解毒の術で身体を暴かれる苦痛に悶えていた。青白い光の蹂躙に耐え、痩せ細った体を何度も跳ねさせながら身悶える。 

 そして異変はその術を施すセラフィナにもついに起きた。



「………せ、セラフィナ!!」



 カイルが悲痛な声で呼びかけた。

 気づいたらぽとりとテラスに敷かれた木製の床板に赤い雫が一滴垂れていた。セラフィナの口から血が漏れたのだ。


「……魔力欠乏だ」


 無言で見守る忠臣が焦った声を出した。

 ついに彼女の身体にまで異変が起きてしまったのだろう。


「魔力欠乏!? それって魔力持ちの魔力がなくなった時に起きるやつだよな!! 一体どうなるんだ!?」


「軽度のものなら軽い空腹感や酔い程度だが、吐血となると既に中度の欠乏症状だ……重度になると生命活動に支障をきたす」


「そ、そんな……」


 男の説明にカイルが顔を青くさせた。

 生命の危機のアッシュを助ける予定が、術者のセラフィナが死ぬ可能性なんて全く予想していなかった。


「………」


 カイルは止めさせたかったが、そんなこと許されるわけがないのをカイルはきちんと理解していた。

「『やっぱりできませんでした』が通用する相手や状況ではない」と仲間のレオンが事前にした忠告を胸に刻んでいたからだ。


 セラフィナがここでやめたら、忠臣の腰に携えている剣がカイルとセラフィナを斬りつけるかもしれないし、セラフィナはここに来た時にエドワルドではなく親愛なるエルの名前を口にしたのだ。

 灰の王子の救済未達成、並びに無駄に激痛を走らせた代償はエスメラルダに向けられるかもしれない。


 そんなこと、エルを心から慕い献身するセラフィナが許すわけがなかった。

 それに灰の王子の救済はエスメラルダ本人からの命令だ。

 セラフィナの矜持は絶対にアッシュを助けるかセラフィナの生命を燃やし尽くすまで、この解毒をやめたりはしないだろう。


 カイルにはセラフィナの考えることが手に取るようにわかった。

 セラフィナは穏やかな風貌に似合わず一度決めたことは絶対に曲げない。その意思の強さは仲間内では、強情なエルにすら負けることはない。


 なのでいくらカイルが止めたところで絶対にやめないだろう。

 隣に立ってその姿をずっと見ていたカイルにはセラフィナの清廉とした美しさの中に秘めたしたたかさが痛いくらいにわかるのだ。



 心身ともに清らかで強い。

 そんな彼女のことが、カイルは好きなのだ。



「(セラフィナ……死ぬな!……耐えてくれ!)」


「………」



 カイルは必死に祈った。

 どうか奇跡が起きてアッシュとセラフィナが救われることを。


 歯を食いしばって耐えるセラフィナはついにだらだらと口の端から大量の血をこぼしはじめた。

 通常時の治癒術を使用する時に使う魔力が枯渇した状態で更に術を使おうとするので、セラフィナの体内の深部にある魔力を使うために肉体を搾り取っているのだろう。

 それは生命活動を維持することに使われる魔力を対価にするのだ。

 言うなれば今のセラフィナは生命を削っているのと同じなのだ。


「(……ダメだセラフィナ! それ以上やったら本当に死んじまう! 責任はオレがとるからやめてくれ! お願いだから死なないでくれ……!!)」


 カイルは今にでも倒れそうなセラフィナを見ながら泣きそうになるのを意地で堪えて見守った。

 その隣で無言で眺めていた忠臣は、不意に何かを察するとおもむろにセラフィナに近寄った。


「聖女」


「………」


「私にも魔力がある。使え」


 忠臣はそう言って、すでに限界を迎えている青い顔のセラフィナに掌を差し伸べた。

 忠臣の言葉は少ないが、『魔力共鳴』をしようと誘っているのがわかった。


「聖女の儀に手出しは無用か?」


「……お気遣い、ありがとうございます」


 男の手を取って、魔力を鳴り響かせる。

 セラフィナは灰の王子を癒すと言う執念のみで立ち続け、解毒の術を再度唱えた。


 忠臣の魔力とセラフィナの魔力が共鳴して、あたりに強大な光を放つ。 


 蒼玉の聖女は最後の気力で、強力な解毒の術を展開し、灰の王子に施した。




 ───────── 解毒術アンチポイズン!!




 魔力を共鳴させて唱えた解毒術は、


 テラス全体を包み込む程に強大で強力な光源で、


 灰の王子の身体に深く根付く、毒の根源を貫いた。




アッシュ殿下の忠臣さんは、かなり気配りスキルが低いです。(満身創痍の人の傷口をおもいっきり掴んだりするし、他多数前科あり)

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