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饗宴編【開宴】第八話 灰の王子救済作戦(上)

 





【アッシュ視点】




 パーティー会場から離れたテラスにて、ゆったりとした椅子の背もたれに全身を預けてアッシュは朦朧とした意識の中で浅い呼吸だけをしていた。

 傍では最後の忠臣が無言で見守っている。

 もう、彼が死にゆく王子にできることは何ひとつないのだ。



「(エド……間に、合わなかったか……)」



 テラス席から眺めた空には、悲しいくらいに星々が綺麗に輝いていた。

 だが、今のアッシュには、その星の輝きすら見る事ができない。視界は暗闇で広がり、少し前まで話せていた言葉ももう紡げない。

 ただ苦しむ身体が勝手に漏らす呻き声と弱々しい呼吸を繰り返し、残りわずかな命の灯火を燃やすのだ。


「殿下を看取り次第、腹を切ります」


「…………」


 ユーリスが感情のない言葉を吐いた。


 死してまで忠義を果たそうとする忠臣を止めたかった。ここにいないエドワルドに助けを求めろと言いたかった。ユーリスまで後を追う必要はないのだと叫びたかった。だが、アッシュはもう何もできない。

 真っ暗な視界の中では、声が僅かに聞こえるユーリスがどこにいるのかもわからない。


「公子も舌を噛むと言っていました」


「(馬鹿者! やめろ! なぜおまえたちまで死ななくてはいけないのだ! そんなこと、私は望まない)」


 忠臣たちの重すぎる忠義心にアッシュは絶望した。


 アッシュ一人で旅立つ筈が、二人の配下も黄泉への旅路についてくると言うのだ。それがどれだけ愚かなことか、主君として最期に教えてやりたかった。


 アッシュはユーリスにもエドワルドにも、生きていていてほしかった。


「(ユーリスには……私の死後はエドに頼んでロデリッツ家に身を寄せてもらいたかった。ユーリスの剣の腕前なら……ロデリッツ公もきっと気に入る。どうかその剣でエドを守ってほしかった……ああ、くやしいな、どうして大切な人たちまで死ななければいけないんだ。継母上………あなたは私から大切なものを……すべて奪うと……言うのだな……)」


 アッシュは絶望の淵で声なく泣いた。

 自分の死より、配下二人のこれからの末路の方がよほど辛く悲しかった。


「(エド……最期に会いたかった……すまない、もう待てなさそうだ……)」


「………殿下」


「(忠臣ユーリスだけでも見送って……くれたんだ。ひとりじゃない……寂しくない……怖くない……母上に会えるんだ。私は頑張った、きっと天の国では父上もいらっしゃって、私の健闘を……先立った皆が……讃えてくださるさ……ユーリスも……エドもついて来ると……言ってる……)」


 春の夜に冷たい風が吹き、僅かな意識のアッシュの頬を撫でた。

 ポロリとこぼした一滴の涙が、風にさらされて吹き飛んだ。


「(ああ……くやしいな……)」


 アッシュは最後にそう思い残して、保っていた意識を深い闇の中に落とした。




 ─────────………




【エドワルド視点】





「聖女のドレスにワインをぶっかけた!? リリエッタ・フローレンスは本当にどうしようもない女ですね」



 エドワルドは、現れたワンドから伝え聞いた情報に耳を疑った。

 彼が情報を探りに行くと言ってからだいぶ物陰で待たされたが、ワンドはホールの中で聖女を見つけて声をかけるタイミングを測っていたらしい。

 だが、こちらの計画はリリエッタによって盛大に妨害をされたと言うのだ。

 それを聞いたエドワルドの中のリリエッタへの憎しみはみるみるうちに増幅した。


「せやろ? 聖女さまはいまお色直し中や。デュラン公の嫁さんの衣装部屋に行ってるらしいけど、エドはん場所わかるか?」


「……わかります。子供の頃にエスメラルダと一緒によく遊んでました」


「なら話は早い。そこに行って合流しよう! もうだいぶ時間過ぎてもうてる。巻きでいこう!!」


 ワンドに促されるままに、エドワルドは王宮の廊下を駆け出した。すれ違う貴族が驚いた顔をしているが気にしている余裕はない。

 奇跡を呼ぶ聖女をアッシュの元に連れて行き、一刻も早くを彼を救ってほしいのだ。


「デュラン公子よりも先に僕が声をかけるべきでしたか?」


 聖女はあの男の息子に誘われて、手を取った話をきいてため息をついた。


 エドワルドも公爵家の令息だし、貴族の家のしきたりは理解できる。ましてや相手は筆頭公爵家、格下の貴族がぞんざいな扱いをできる家ではないことなど理解している。基本的には誘いに乗る選択で正しかっただろう。

 だがそれに伴った代償がリリエッタによる暴挙だ。

 エドワルドは起きてしまった惨事に責任を感じて、頭が痛くなった。


「結果は同じやったと思うで、デュラン家の坊でもエドはんでも、お綺麗な男をはべらす聖女さまは次期王妃さまのこわーい嫉妬の対象や」


 ワンドは慰めるような口調で優しく答えた。エドワルドの後悔に,彼なりに寄り添ってくれているのがなんとなく伺える。


「……女性って恐ろしいですね」


「そうやな」


 エドワルドの含みのある言葉に、ワンドは苦笑して含みを持たせた言葉で返した。





 ─────────………





【カイル視点】




 カイルはセラフィナの手を引いて、人のいない物静かな廊下を走った。一連の騒動でだいぶ時間を使ってしまった自覚はあった。


「どうしよう……どこに向かえばいいんだ?」


「パーティーホールでしょうか? でも、そろそろ宴もたけなわのお時間のようです。ブラン商会の方はどちらにいらっしゃるのでしょう」


 アッシュが姿を消してから、立った時間を考えただけで肝が冷えた。何も起きていないという確信を持てるほど、この状況で楽観などカイルにはできなかった。


「きっと向こうもこちらを認識してる気はするんだ。ああ!!もう!! 全部リリエッタのせいで台無しだ!! あいつ、本当に何様のつもりなんだ!!」


「カイル様……どうかお怒りをこらえてください、あの時、誘いを断らなかったわたくしにも非はございますわ。次期王妃殿下ばかりを恨むのはおやめください」


「セラフィナは優しすぎるんだよ……」


 ヴィンセントの誘いを受け入れた件は、男として思うことはあっても非難する気は起きなかった。

 セラフィナはガラハッド家の心象やブラン商会との接触を考えて受け入れてくれた訳だし、ヴィンセントもセラフィナを旧友の不埒な計画から守るために公爵令息として立ってくれたのはなんとなくわかる。

 その双方の想いを無碍にして、責めたてるほどカイルは自己中心的な性格ではないのだ。


「わだかまりを捨て、和解を選ぶことのできたカイル様だってとてもお優しくお強い方ですわ」


「セラフィナ……」


 ワイン事件の後、セラフィナが着替えを終えた後のカイルとヴィンセント二人の間の空気感の変化に、聖職者の彼女は何かを察したのだろう。

 思いがけない言葉に、おどろきの眼差しを向ける赤い瞳にセラフィナは優しく微笑んだ。


「!?」


 その時、通路の向こうからカイルたちと同じくらいの勢いで颯爽と駆け抜ける男性とすれ違う。

 カイルは「王宮の廊下を猛ダッシュで走るなよ」なんて一瞬他人のように思ったが、自分たちも同様なことに気づいて苦笑する。


 そして、その男の長い金髪に気づいた途端、目を見開いた。




「あ! もしかして! あんた、ミルリーゼの叔父さんか!」




 カイルは、咄嗟にすれ違った男の背中に声をかけた。


「あっ……聖女さま服変わっとるやん!? そうか、無事に着替えられたんやな! 馬鹿正直に白いドレス探しとったわ」


「わたくしは聖女では……」


「すまん、聖女ってことになっとるんや!! 灰の王子に会うためや!! 今夜だけ我慢したってや!!」


 条件反射で体に染み付いた否定の言葉を口にしようとしたセラフィナに、金髪の男は手を合わせて詫びる顔をした。


「………」


 セラフィナは不服そうに眉を寄せて黙り込む。

 先ほどから、会場内で何度も貴族たちから聖女と呼ばれて、彼女はずっと我慢をしていたのだろう。


「合流が遅れてすまんかったな。お察しの通りワイがブラン商会から派遣されたワンド・ブランや。話はお嬢から聞いとるで、灰の王子の居場所にマッハで案内するからついてきたってや!!」


 ワンドと名乗った男は西の地方の方言訛りで簡潔に名乗ると、踵を返して走っていく。初対面なのにろくな自己紹介もせず、非常に忙しない印象だが、状況が状況なので彼も焦っているのだろう。

 あまりの慌ただしさに困惑したカイルは、セラフィナに視線を送った。


「行きましょう」


 セラフィナは状況を受け入れたようだ。

 微かに少しだけ不服そうな目をしている気もするが、聖職者の矜持は不満より人助けを優先したのが読み取れた。

 セラフィナはカイルの視線に答えると青いドレスの裾を掴み上げながら、勢いよく走る男の背中を追いかける。


「セラフィナ……今日のメインイベントだな」


 そんなセラフィナに並走しながら、少しでもリラックスさせようと気を張っている様子の彼女にカイルはそう声をかけた。


「すべてはエル様のためです。あの方の願いがわたくしの願い……恐れ多くも聖女と呼ばれる罪をどうかお許しくださいませ」


「あぁ! オレが許すぜ! だからセラフィナは呼ばれ方なんて気にしないでアッシュ殿下を全力で救ってくれ!!」


 セラフィナの願いを、勝手に承諾したカイルは頷いた。その言葉にどこか安堵の表情を浮かべてから心優しき聖職者は前を駆ける金髪の男を追いかける。


 こうして、灰の王子救済作戦の火蓋はついに切って落とされた。



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