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饗宴編【開宴】第七話 矜持と謝罪(中)

 




【リリィ視点】




 もう嫌だ。消えちゃいたい。


 あたしは赤い絨毯に膝をつけたまま、周囲から向けられる厳しい言葉と視線に耐えきれず感覚を遮断した。

 何度否定をしても、もう無駄みたい。誰からもあたしの言葉なんて聞いてもらえない。

 あたし、なんでこんなに信用がないんだろう。惨めな気持ちで胸が苦しい。

 もう心を閉ざして、悪口なんて聞こえないふりをするしかない。






 気づいたらロードフリード様が此方にいらしたみたい。

 テキパキと周囲に指示をして、あたしへ向けられた貴族たちからのきつい言葉も止めてくださったの。

 流石に筆頭公爵様に「やめろ」と言われて、続けているような貴族は此処にはいなくて、ヒソヒソ話はぴたりと止んだ。

 でも厳しい目線は残ったまま。やめろって言われたところで誰も納得していないのなんてわかってるわ。

 事故だってあたしもセラフィナさんも何回も言ってるのに、誰もがあたしの故意だって思っているみたい。

 あーあ、やんなっちゃう。みんなして馬鹿みたい!

 ロードフリード様の話をちゃんと聞きなさいよ!


「リリエッタ嬢」


 そんなことを考えていたら、ロードフリード様ご本人に呼びかけられた、今気づいたけどセラフィナさんたちがホールからいなくなっているわ。

 カイル様やヴィンセント様もいない。どこかに着替えにいったのかしら? 頭が真っ白でいま何が起こっているのか、ついていけないみたい。


「リリエッタ嬢、お立ちください」


 目前にロードフリード様の手が差し伸べられたの。あたしは黙って手を取ると、そのまま優しく立ち上がらせてくださった。


「………」


「今日はもう遅い。リリエッタ嬢は部屋にお戻りになったほうがいい。あなたもお疲れになったことでしょう」


 ロードフリード様は優しい口調でそう提案してくださった。でも多分これ、「もう帰れ」って言われてる。あたしは言葉の裏を取ることは、王宮生活の末で学んだの。


「………はい」


 あたしのパーティー、ここまでみたい。

 でもこれ以上、ここに残り続けられるほどあたしのメンタルは強くない。こうして気を回してくださるロードフリード様がいるだけあたしはマシなの。


 エスメラルダ様の晒し上げの時は味方なんて誰一人いらっしゃらなかったわ。あの方は、周りのほぼ全員から敵意の目線を向けられても、断罪劇の中心で胸を張って凛として立っていたの。


 ……あたしには、到底そんなことできないわ。





 ロードフリード様は部屋まで送ってくださるみたい。あたしは貴族からの厳しい目を背中に受けながら、パーティー会場を後にした。


 トボトボと重い足取りで王宮の通路を歩く。

 シャンデリアの明かりに照らされた華やかな会場とは違って、人気のない王宮の通路は少し暗くて、月の明かりの差し込んだ静かな空間に、あたしのヒールの音だけがカツカツと響いた。


「リリエッタ嬢、先ほどのことだが」


「………」


 前を歩くロードフリード様が背中を向けたまま不意に声を上げた。


「あなたが嘘をついてるとは私も思わない。なので事実通り事故として報告して処理をする。王妃にも上手く伝えるように努力をするから、あなたはあまり深刻に思い詰める必要はない」


「………はい」


「あなたが前に王宮の階段から落ちた時と同じ顔をしているから、少なくとも私には転倒は故意ではないことはわかっています。あなたがセラフィナ嬢を害して得る利益なんて何もない」


「………はい」


「……貴族の中では聖ルチーア教信仰に熱心なものも多いから、聖女のように清らかなセラフィナ嬢の尊厳を傷つけられたと思い込んで、過敏な反応をする者も多いのです。どうかそんな彼らを許してやってはいただけないだろうか」


「………はい」


 どこまでも優しいロードフリード様。

 あたしの矜持プライドを守ろうと的確なフォローをくれる。本当に優しい方……なんでこんなあたしにも親切にしてくれるのだろう。

 あたしはなんか嬉しさと惨めさが混ざり合った複雑な気持ちのまま、重い足取りで部屋の前までたどり着く。


「さあ、本日はゆっくり身体を休めてまた明日からお励みください。……正式な婚約者就任おめでとうございますリリエッタ嬢。良き王妃となりますようデュラン家一同、心より支援いたします」


 優しくて偉大な筆頭公爵ロードフリード様は、最後まで丁寧にあたしに接してくれたの。

 あたしはペコリと小さくお辞儀をして部屋に入った。

 いまは憧れのロードフリード様のお顔もあんまり見れない気分。

 部屋に入ってギシギシうるさい質素なベッドにドレスのままでダイブをする。

 真っ白なシーツに頭から突っ込んで、そしてしーんと静まり返った部屋の中で我慢していた涙を盛大に溢す。


「………グスッ……ふええええんんん」


 もう、なんで泣いてるかわからないけどあたしは涙をボロボロとこぼして声を上げて泣いた。

 あたしはとにかく泣きたくて泣きたくて仕方ない気分だったの。


 アルフォンス様との喧嘩のことや、

 セラフィナさんに迷惑をかけたこと。

 クラリスに裏切られたことや、

 結局最後まで会いに来なかったソフィのこと。


 全部が全部、本当にかなしい。


 どうしてこんなことになっちゃったの?

 あたし、どこで間違えたの? 

 ねえ、誰かあたしに教えてよ!!




 ─────────………




【ヴィンセント視点】




「ここが母様の衣装部屋だよ」


 ヴィンセントは足早に王室の一室に案内すると、父のデュラン公から託された鍵で部屋を開けた。

 其処は、かつて国王陛下の妹姫であった頃のヴィンセントの母の衣類が収納されている部屋であった。

 広い部屋の中には、沢山のドレスやアクセサリーなどの装飾類が収納されていて、部屋の隅には着付けができるようなドレッサーと椅子も設置されていた。


「公爵家で定期的にメンテナンスをしておりますので衣類の着用に問題ございません。閣下よりお好きなものを……とのことなので、どうぞご自由にお選びください」


 デュラン公爵家の侍女が部屋の中のずらりと並ぶドレスを見て、戸惑いを浮かべるセラフィナにそう促した。

 促された彼女は一番後ろに控えているカイルに助けを求めるように目線を送る。


「カイル様……」


「いいんだぜセラフィナ、ヴィンスの父ちゃんの言葉に甘えよう! いっそ一番高いやつ貰っちゃおうぜ!!」


「………」


 カイルの適当な言葉にヴィンセントは内心呆れた。

 今回の件はこちら側の有責なのであまり強くは言えないが、元王族である母のドレスの中でも高額な部類のものはそれはそれは豪華絢爛で、お世辞にも彼のパートナーに似合うとは思えなかったからだ。


「カイル……きみってやつは全くもって駄目だね。女性の心がわかってない! 高ければ良いってわけじゃないんだ。彼女みたいな清廉な女性にギラギラ輝いているものを着させるつもりかい?」


「……なんだよ。セラフィナは無欲で控えめだから何かを選ぶのが苦手なんだよ! 勿論セラフィナがこれが良いって言うのがあるならそれにするけど……セラフィナはなんかピンときたドレスはあったか?」


 カイルなりにパートナーを思っての言動だったらしい、カイルに尋ねられたセラフィナは黙って俯いた。その表情には明確に困惑が浮かんでいる。

 カイルの言う通り、物を選ぶという行為が本当に苦手なようだ。


「………申し訳ございません」


「セラフィナ様、どうかお気になさらないでくださいまし、高級なものがよろしければそのようにいたしましょう。確かステラーシャ様が兄王陛下の結婚式で着ていらした高級国宝絹のドレスがこのあたりに……」


 マリンはそう呟いてクローゼットから一着のドレスを手にした。

 黄金色に輝く生地に、金剛石ダイヤモンドの飾りがふんだんにあしらわれ、何重もの派手なフリルにはひとつひとつ細やかな刺繍が施された見るからに手の込んだゴージャスで煌びやかなドレスだ。


「……カイルは本当にこれがセラフィナ嬢に似合うと思っているのかい?」


 あまりの豪華さに、自己主張が苦手らしいセラフィナですら「これはちょっと……」と言いたげな目をしている。

 別に本人がこれが良いと言うならヴィンセントは気前よく贈ったが、嫌がっているのも似合わないのもわかるので、ヴィンセントとしてもあまりこのドレスは贈りたくはない。


「ごめん、オレはドレスとかわからないからヴィンスに選ぶのを頼んで良いか?」


「勿論さ、その為にボクが来たんだよ。そうだな……コレとか?」


 あっさりと自分の非を認めたカイルに苦笑してからヴィンセントは母のクローゼットから一着のドレスを選んだ。

 それは青い生地のドレスであった。

 彼女の瞳の色と同じ穏やかな青色の清楚な雰囲気で、袖口はノースリーブ、胸元には主張しすぎない品のいいレース飾りがあしらわれ裾口はAラインに広がったデザインだ。

 正統派でシンプルな作りだが、生地自体は良質なものを使われているのがドレスの光沢からよくわかった。


「まぁ!素敵ですわ、さすがお坊ちゃま……セラフィナ様はいかがですか?」


「はい、とても素敵なドレスです。わたくしも気に入りました。ヴィンセント様、そちらをお借りしてもよろしいですか?」


 女性たちはヴィンセントのセンスを褒め称えた。

 シンプルで上品なドレスは清貧な聖職者にもすんなりと受け入れられたようだ。


「貸すんじゃなくてセラフィナ嬢に贈るよ。じゃあこれにしよう、マリンはこれにあったアクセサリーと髪飾りを選んで着付けてあげて。ボクたちは部屋の外で待っていよう」


 ドレスを衣紋掛けにかけてから、ヴィンセントは服選びの流れについていけないカイルに退室を促した。


「マリンさん! なるはやでお願いできるか!?」


「承りました、さあさあセラフィナ様このマリンにおまかせを、セラフィナ様を美しい淑女にお戻しいたしますわ」


 退室際のカイルの言葉に、侍女はにっこりと微笑みを返した。そんな彼女の手にはドレスに合う青いベロア生地の本物の真珠をあしらった髪飾りと、青い宝石サファイアの胸飾りが準備されている。


「セラフィナ! 近くで待ってるから!!」


「はい、カイル様!」


 カイルはそう最後に言い残して、ヴィンセントと共に王妹の衣装部屋を出た。



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