奔走編 魔狼①
「魔狼を倒しに行くの?あなたが?」
「はい、わたくし多少なら“神のおゆるし”を扱えるんです」
「かみのおゆるし?」
エルの率直な質問に、セラフィナは答えた。
「ジュリエット様、お手を貸していただけますか?」
「いいけど……っ!?」
了承を得た後、セラフィナはエルの手のひらに、自らの手のひらを重ねた。
意図がわからず首を傾げた瞬間、エルの身体をいままで経験したことのない感覚が駆け抜けた。
まるで体の神経に雷が走ったような感覚だ。
「わたくしも魔力を持っているのです。ジュリエット様がお持ちなのも魔力が反応するので実はわかるのです。そして、わたくし聖ルチーア教会の秘術も多少なら扱えます」
「……なるほど魔力共鳴ですか、珍しい」
いつの間にか背後にレオンがいた。
その後ろにはカイルもいる。
2人ともエルの後を追ってきていたようだ。
「すげえぞこの男、また変な寝方してると思ったらエルがドア開けた瞬間、即起きたもん。もう本当に怖いわ」
「うるさい、慣れろ」
カイルは相変わらず騒いでいたが、もうエルは相手にするのもめんどくさかったのでひとまずスルーした。
「魔力共鳴って何?」
「エル様の魔力と、そちらのシスターの魔力が干渉し合って体内で共鳴したのです。失礼、シスター。教会の秘術というのは魔法のことですか?」
「それもございますロミオ様、わたくしは傷を癒すことも多少は心得がございます」
そういやまだロミオとジュリエットだったっけと思い出したエルは、急に恥ずかしくなったのでやめてもらうことにする。
「セラフィナ、この人の本当の名前はレオン。私たちは恋人じゃないわ、私の家庭教師の先生なの」
「まぁ、そうだったのですね。レオン様」
「んでもって、こっちはカイルね。私の同級生」
「カイル様、お見知り置きをわたくしはセラフィナと申します」
「あぁ、挨拶がまだだったようですね。失礼、エル様に紹介にあやかりましたレオン・ヴァルターと申します。こちらこそ、どうぞお見知りおきを」
「おう!よろしくなセラフィナ」
今更ながらの短い挨拶を交わしてから、エルはその場でぐいっと伸びをした。
「じゃあ、行きますか」
「?」
「オオカミ退治、するのでしょう?もうここまで乗り掛かったなら四人で行きましょ!反対意見はあるかしら?」
エルの問いかけに、レオンもカイルも反対の意思は見せなかった。
「そんな……!ジュリエット様、ご迷惑をお掛けするわけには」
「セラフィナ嬢、聖職者一人じゃ荷が重すぎます。魔狼というのは普通のオオカミよりも何倍も体積が大きいし、魔力の影響で生命としての意思がない。普通のオオカミなら危険を察知したらその場から逃げだすが、魔狼は倒れる最期の瞬間まで狙った獲物は喰らい尽くす」
「へぇ、詳しいんだな」
エルはその場にとどまって同行に難色を示すセラフィナを追い越し、山に向かって歩き始めた。
後を追うレオンの解説と、それを聞いたカイルは気楽そうでまるで夜の散歩を楽しんでいるようにも見える。
「セラフィナ、言い忘れてた。私色々あって、今はエルって名乗っているの。だからあなたもそう呼んでね、エスメラルダはもういないの」
「そうなのですか……えっとエル様ですね。はい」
いまいち納得がいっていない様子のまま、セラフィナはエルの後を追う形で山に入った。
「話を戻すけど魔力共鳴ってなに?」
「音叉で共鳴した音量が大きくなるように、魔力も大きくなるのです。エル様は魔法は使えませんが、セラフィナ嬢は治癒魔法が使えるようなのでもし本来の魔力では治せないような大怪我も魔力共鳴で魔力の量を底上げしたら治すことも可能になるかもしれません」
「すげぇなそれ、セラフィナがいたら何かあった時すごく頼りになりそうだな」
「そうね、ねぇセラフィナ。あなた、私たちと来ない?」
さらっと口から漏れた誘いの言葉に、レオンもカイルも誘われた本人のセラフィナも困惑した。
「……お誘いの言葉をありがとうございます。嬉しくはあるのですがエル様方はどちらに向かわれているのですか?」
「実を言うと、どこってわけでもないの。家には帰れない事情があって、でもどうしても仕返しをしたい奴が最低でも三人いる」
エルの脳裏に映るのは、リリエッタ、アルフォンス、そしてソフィアの姿だ。
クラリスやベス、アルフォンスの取り巻きのバカ共も殴りたい候補ではあるが優先すべきはその三人である。
「仕返し……ですか?」
「そう私をこんな姿にしたあの三人を、泣いて縋るくらい屈辱的な目に合わせてやるの。そうじゃないと私の気が収まらない」
身体中の皮を剥いで塩を塗ってやる計画は一旦保留に戻したらしい。
当初の計画を知っていて苦笑を浮かべるカイルの隣でセラフィナは少し考える。
「お返事は魔狼を倒してからで良いですか?」
「勿論そうね、でも私……あなたのこと、好きかもしれない。上手く言えないけどなんかここでお別れするのは寂しい……もっと一緒にいたいって思っちゃったの。迷惑かな?」
エルは初めての感覚に戸惑いを浮かべながらも、できるだけ素直にセラフィナを誘った意図を告げた。
隣でレオンが、エルの様子を微笑ましそうに見守っていたが、獣の気配を察したのかすぐに意識を前方に向けた。
「エル様、魔狼のテリトリーに入りました。ご用心を」
「わかったわ、ってわけだからセラフィナ考えておいてね」
エルの問いに、セラフィナは黙って頷くと臨戦体制に入った。
月夜の晩のオオカミ退治の幕は、こうして盛大に切って落とされた。




