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饗宴編【開宴】第六話 ドジっ娘⭐︎リリエッタ(中)

 




【ワンド視点】




「(アッシュ殿下……どこ行ったんや……)」


 パーティーの人々が盛り上がる中、メインホールを見回して情報を集めながらワンド・ブランは消えた灰の王子の行方を探った。

 常に人の出入りのある入場口に注視しつつ、席に戻ってくる可能性は低いという前提で壇上にも意識を向ける。

 現在メインホールの王族の席には王太子が友人と思わしき貴族令息と談笑をしているだけだった。


「(聖女さまは……あそこやな)」


 意識を壇上から会場の一角にいる女性へ移した。あらかじめミルリーゼから、聖女(※本人は断固否定するので、本人に向かってそう呼ぶのはNGとのこと)とそのパートナーの辺境伯令息の情報は共有してあるのですぐに見つけられた。

 美しき聖女は今宵のパーティーでひときわ目を引く存在だし、白いドレスを着ているのは聖職者の彼女のみなので見つけるのは簡単であった。

 聖女ことセラフィナは現在カイルとは別の男にエスコートされている。これから一曲、踊るような雰囲気がした。


「(あれはデュラン公爵家の坊……流石に辺境伯家では筆頭公爵家の誘いは断れんか。まぁ、ダンスが終わったらタイミング見て接触すればええか)」


 ワンドは一応は貴族籍に身を置くので、家同士のしがらみもしきたりもある程度は理解している。

 アッシュの行方がわからない以上は変に聖女たちを急かす必要もない。

 ワンドがするべきは聖女に接触するタイミングまでに多くの情報を迅速に集めることだろう。


 その時すぐ近くに一人、様子のおかしいメイドがいることに気がついた。

 ホールの中央で大量の皿を抱えたまま、聖女たちのダンスを凝視しているのだ。


「(あれ? もしかして……)」


 肩に着くくらいの長さの黒い髪のショートヘアに、黒縁のメガネ。気の強そうな顔立ちの黒い瞳の美少女だ。

 その姿にピンときたワンドは、立ち尽くして仕事をしない美少女メイドを不思議そうに見ている周りの貴族から庇うように彼女に近寄ると、背後から肩を抱いた。


「……探したで、ハニー」


「えっ!?」


 突然体に触れられて、驚き顔で振り返るメイドにワンドは耳元で囁いた。


「(お嬢さま……メイドが仕事もせんで直立不動はさすがに怪しまれるで……)」


「………!」


 そこで置かれている状態に気づいたのだろう。メイドは我に帰り辺りの様子を伺った。


「(あんたのことはうちのお嬢から聞いとる……ちょっと抜けられるか?)」


 ワンドはそう誘うと、メイドは少し警戒を残しつつも頷いた。

 メイドの持っていた大量の皿を、近くにいた若い少年の使用人に預けてからワンドはメイドと共にメインホールのフロアから一旦抜け出した。





 そのメイドの第一印象は率直に言うと「あんまり似てへんやん」だった。


「何の話かしら」


「いや、こっちの話や。エルちゃん」


 メイドの正体のエルの手を引いてワンドはホール全体が見回せ、尚且つ人のいない上階のギャラリーに移動した。

 偶然にも先ほどエルが、特等席としてカイルとセラフィナのダンスを眺めていた場所であった。


「……そう? えっと、あなたはワンドさんだったかしら」


「そうやで」


 ワンドはこの令嬢の兄であるエドワルドに会ったばかりであった。

 外見だけなら彼は儚げな印象の美青年なので、さぞかし妹であるエスメラルダも深窓の令嬢よろしく繊細で華奢な守ってあげたくなるような美少女の姿を勝手に想像していた。

 実際に面と向かって会ったエルは美しい少女ではあったが、儚さとは逆に気の強そうで活発な印象であった。


「(メイスと同じタイプやんけ……はぁ、勝手に期待したワイが悪いんや……)」


 脳裏に豪胆な妹の顔がよぎる。

 ワンドにとってかわいい妹だが、気の強い女のおそろしさはその妹が身をもって教えてくれたのだ。

 ワンド・メイス・ロッドの三兄弟のヒエラルキーは真ん中のメイスが常に頂点なのだ。彼女にとって兄も弟も基本的には彼女の言いなりの下僕である。


「リゼから話は聞いているわ。ブラン商会の方が潜入するって」


「……簡単に自己紹介しとくか。わいはワンド・ブラン。ブラン子爵家当主の義弟でメイスとロッドの兄をやっとります。ミルリーゼさまとは義叔父と義姪の関係やな! 三兄弟でブランの姓を名乗ってるのはジブンだけですが、まぁ細かいことは気にせんといてください。みんな家族みたいなもんなんで……エルちゃん、うちのお嬢をいろいろと助けてくれたって聞いとります、どうもおおきに!」


 ワンドはスラスラと口を動かすと、言葉の最後で大きく頭を下げた。貴族の男がメイドに頭を下げる光景は不思議なものであった。


「どういたしまして。私は……」


「“エル”ちゃん。やろ。お嬢の大親友や」 


 その一言に勘のいいエルは察したようだ。


「………ええ、そうよ」


 ワンドはエルの正体を知っている。

 その上で、言わなくていいと言葉裏に告げた。

 王宮は敵の本拠地でどこに耳があるかはわからない以上、それが得策なのだ。察しの良い彼女にワンドは改めて感謝の目を向けた。


「アッシュ殿下の行方はまだ追ってる最中やけど、聖女さまのダンスが終わったらセラフィナちゃんは声かけて合流させていただくで、橋渡し役はいま安全圏で待機させとる」


 その橋渡し役はエルの兄であることは伏せた。

 エドワルド自体は妹を『世界一可愛い』などとすました真顔で言う程度には溺愛しているようだが、家族とは縁を切っているつもりのエルには言わなくてもいいことだろう。


 それは兄に対しても同じ事である。

 逃走中のエスメラルダが姿を変えてエルとして王宮にいる事実は伏せる所存だ。お互いいまは頭に入れなくていい情報なのだ。

 仕事をするにあたり余計な気回しは無用。情報屋としてのブラン商会の祖、ミルリーゼの祖父の言い伝えだ。彼の養子であり一番弟子のワンドにとって命の次に大切な教えだ。


「ええ、セラフィナ達をよろしくお願いします。……実はいまセラフィナの手を取っている相手、私の宿敵の腰巾着なの。どういう事なのか後でカイルを問い詰めるからそのつもりでって伝えておいて」


「美人の怒った顔はおっかないでエルちゃん。気持ちはわかるけど笑っとき」


 エルは手すりに身を預けながら、階下のホールで羨望の眼差しを浴びながら踊るセラフィナと銀髪の貴公子を見下ろした。

 セラフィナは美貌と素晴らしいダンスでやはり注目を浴びていたが、彼女の手を取って踊るヴィンセントも彼女と並んでも遜色がないくらいに洗練されていた。


「私の大切なセラフィナに何かあったら、絶対に許さないんだから」


 エルはそんなヴィンセントを睨みながら低い声で呟いた。ワンドは隣で何も言わずに黙って見守った。個人的な恨みには口を出さないのが得策だと思ったからだ。


「エルちゃんはセラフィナちゃんを大切に思っとるんやな」


「リゼも同じくらい大切よ。どちらが上とか野暮なことは聞かないで、私にとっては二人とも大切だから」


「安心せい女の子の友情に口出しするほど空気読めん男ちゃうで。しかし、そのあだ名懐かしいわ。ミル坊はワイには呼ばせてくれへんかった」


「リゼって呼ぶのは許可制なのね、ちなみにミル坊っていうのは?」


 ワンドの口から出た呼称にエルは首を傾げる。ミルリーゼの身内の姉弟はそんな呼び方はしていないからだろう。


「ワイのつけたミルリーゼさまのあだ名や。エルちゃんも呼んでええで、はじめて呼んだ時は顔真っ赤にして怒っとったけどな」


「男の子みたい!」と怒りを露わにする幼き日のミルリーゼが頭をよぎった。余談だが、あだ名を作ったのはわりと前の話なのだが、脳裏に浮かんだ彼女の姿や背丈は今とそこまで変わらない。


「……ワンドさん、リゼとすごく仲良しなのね。メイスさんやロッドさんともリゼは仲良しだけどなんだかあなたが一番距離が近い気がするわ」


「そりゃワイが一番つきあい長いからな〜、ここだけの話やで、ミル坊の初恋はワンドくんや『ワンドと結婚する』なんてちっこいお嬢は言ってくれたんやで。いや〜、男前イケメンは辛いわ」


「………」


 エルは親友のプライベートを勝手に暴露する男に何もコメントせずにダンスに視線を戻した。触れないことを選んだようだ。

 なかなかに人情があるなと、勝手に過去を暴露した張本人は内心でそう彼女を評価した。




 ─────────………




【リリィ視点】





 あたしはワインを片手にホールに立った。

 目線の先には白いドレスを着た国を誑かそうとしている悪女がいて、公爵令息のヴィンセント様の隣で愛想を振り撒いてるの。


 セラフィナさん、王妃様にすら容姿が良いってだけであっさりと気に入られて本当に腹が立つ女よ。

 怒りん坊のカイル様を誘惑して、図々しくパーティーにやってきてアルフォンス様の計画の邪魔をして、あたしのパーティーなのに主役のあたしよりも注目を集める空気の読めない女。


 やっと引っ込んだと思ったら今度はヴィンセント様を誘惑して、まわりの貴族の方も魅了して聖女のふりをして国を乗っ取るつもりなんだわ!

 このままではこの国が大変なことになっちゃう!


 だからね、あたしが会場のみんなに教えてあげるの。この女のおそろしい本性を!


「………」


 あたしはワインを片手にぐいぐいと歩み寄った。

 すぐ近くに次期王妃のあたしがいるのに、全員セラフィナさんを見てる。誰もあたしを見ようともしない。


「ムカつく……」


 なんなのよ、なんなのよ、なんなのよ!

 みんなしてセラフィナさんばかりを褒め称えて、あたしは次期王妃よ? お姫様なのよ? アルフォンス様とは喧嘩したけどあたしの地位はもう揺るがない。

 みんなあたしを見なさいよ! あたしを可愛いって認めなさいよ! 魔女のくせに白いドレスなんて着るんじゃないわよ! あたしだってこんなダサいドレスじゃなくてかわいいドレスが着たかったわよ!!

 あたしのことを認めてくれる優しいパートナーと注目を浴びてダンスが踊りたかった!

 純粋に頑張りを認めてほしかった! よく頑張ったねって褒めて欲しかった!

 ここにいる誰もあたしを認めてくれない、誰もあたしのことなんて見てくれない!






「………」


 あたしは手元にあるワイングラスを見た。グラスにうっすら映るあたしはすごい歪んだ恐ろしい顔をしてた。

 皆に囲まれてシャンデリアの下で、明るい場所で微笑んでいるセラフィナさんは清らかな笑顔で、どっちが魔女なのかわからなかった。


「(セラフィナさんにワインをぶっかけたところであたし認められるわけ? 誰かに褒められる? 別に認めてもらえなくない?)」


 そもそも魔女っていうのもあたしが勝手に言い出しただけで何の根拠もない。そもそも王都は結界があるから魔法なんて使えないしね!

 クラリスがさんざん煽られたから『ワインぶっかけてやる』って意気込んできたけど、そんなことする必要ある? セラフィナさんがクラリスのお兄様を誘惑したっていう話も、本当かどうか眉唾だわ。


「(それに、アルフォンス様が招いたゲストにあたしかそんなことしたら大問題になるじゃん。危な……クラリスに利用されるところだったわ。あのいじめっ子性悪すぎる……やっぱりクズはいつまでもクズね! アルフォンス様に言いつけてやるんだから!!)」


 なんでか知らないけどセラフィナさんを見てたらワインをぶっかける直前で急に冷静になれたわ。

 あぶないあぶない。


「あら……」


 たくさんの人に囲まれて微笑んでいたセラフィナさんが、こちらに気づいて不思議そうな顔をしてる。ふふっ安心して! もうあなたを害する気はあたしには無いのよ。


 あたしは教会の孤児院にいたから知ってるけど聖ルチーア教ってお酒は原則禁止だけどワインだけは飲めるのよね。このワインを飲んでくれるならあなたがあたしのパーティーででしゃばったことを許してあげることにするわ! あたしお酒飲めないし。



「セラフィナさん、このワインを受け取って……」



 あたしはセラフィナさんに駆け寄ろうとしたの。でもいつも履いてるのよりも更に高い慣れないヒールだったから非常にまずかったみたい。



「きゃっ!!」



 あたしは何かに足元をとられて、バランスを取られて皆の注目が集まる中でズッコケタノ。


 ばしゃって嫌な水の音がして。

 頭が急激に冷えた。


 それまで穏やかな談笑ムードだった会場が、しーんと静まりかえった。


 恐る恐る、手元を見た。

 空のワイングラス。


「……」


 見上げたらセラフィナさんは、全身からワインを浴びて顔を強張らせていたの。真っ白なドレスが真っ赤なワインまみれ。

 違う違う違う違うの!! あたしはこんなの望んでいないの!!!



「………リリィ……だ、大丈夫かい?」



 震えた声のヴィンセント様の重い問いかけが、シーンと無音になった会場に虚しく響いた。

 ヴィンセント様の声は相変わらず優しかったけど、その他の方から倒れたあたしに向けられた視線は、刃物のようにとても鋭く、痛かった。




 あたしって本当ドジっ子……本当に救えない。誰か助けて(泣)

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