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饗宴編【開宴】第六話 ドジっ娘⭐︎リリエッタ(上)

 




【王妃視点】




「……約束の報酬は後日、届けさせる」


 王族控え室にて高級な革張りのソファに座るアルバート公に、部屋の窓から会場ホールの様子を眺めている王妃が顔も見ずにそう告げた。


「わかった……だが、次は子供の相手は遠慮したい。どうも礼儀知らずの若者の相手は私には不向きなようだ」


「エドワルドは礼儀正しいだろう」


「あの公子が礼儀正しいのはおまえの前だけだ。カトリーナ」


 アルバート公はため息をつくと、背もたれに身体を預けた。振り返った妹の顔が嬉しそうにしていることに気づき呆れた顔をする。


「立場を弁えろカトリーナ。亭主に先立たれたとは言え、仮にも一国の王妃が20以上も下の若造にうつつを抜かすのは無様な光景だぞ」


「愛い者は愛いのだ。私の愛は止められない。それにきちんと線引きはしている。兄上は私が愚かな間違いを犯すとでも?」


「………」


 カトリーナは兄からの返答がないので勝ち誇ったように鼻で笑うと視線を眺めていた煌びやかなホールへと戻した。

 王妃の視線の先には今宵のパーティーで一番輝いていると評価した美しく清らかな娘が、銀の貴公子の手を取って踊っていた。


「やはり額縁も美しければ美しいほど見栄えがする。田舎狸の息子も頑張ってはいたが、ヴィンセントを見てしまうと見劣り感は否めん」


「……デュラン公子は何処かの公子と違って行儀が良いからな」


「そうだな。あの女とロードの息子とは到底思えん。本当は誰の種なのやら」


「趣味の悪い冗句はやめておけカトリーナ。ロードが聞いたら卒倒するぞ」


 好き勝手なことを妹が言い出したのでアルバート公は低い声で嗜める。

 ヴィンセントの銀の髪や垂れ気味な目は母親譲りだが、恵まれた長身に気弱な性格はどう見ても父親譲りだとアルバート公は確信しているのだ。

 それに、いくら愛のない婚姻とはいえ王妹殿下がそのような軽率なことをするとも思えなかった。


「(カトリーナの王妹殿下への敵意にも困ったものだ。内乱になる前にどうにかしないといけないのか?)」




 セラフィナたちのダンスが終わったので王妃はダンス鑑賞を切り上げて、アルバート公の向かいのソファに腰を下ろす。

 扇子を開いて口元を隠しながら向かいの兄の顔を煽り見た。


「兄上……改めて今宵、助力頂いたことに礼を言おう。エドワルドに毒を盛ったことはこれで水に流してやる」


「何の話かね」


「エドワルドはこれからはアルフォンスの腹心として身を粉にして働いてもらう。兄上とも仲良くしていただきたい」


「公子は、第二王子殿下に随分と入れ込んでいるように見えるが?」


「その話はやめろ、あの燃え滓は処分した。もういない。向ける先の失くした忠誠心を汲んでやろうという話だ」


「ロデリッツ公子がそう素直に言うことを聞く性質かね」


 あまりにも自分に都合の良すぎる妹の計画に、アルバート公は再び呆れた顔をして深いため息をついた。

 毒蛇の公爵は知っているのだ、あの麗しき若い狐が澄ました目の下で、どれぐらいこちらを憎んでいるかを。

 今宵、エドワルドが心から忠義を尽くす灰の王子を葬った兄妹への怨讐は海溝の如く深いだろう。


「その矜持をへし折るのもまた手腕の見せ所だ……私は得意だぞ。エスメラルダの時も、屈服させるのは容易いことだった」


「……ほどほどにしておけ。古狐によく似たあの公子の性格なら誇りを取って潔く死を選ぶぞ」


「それは困るな……兄上、エドワルドを絶対に自害させるなよ。猿轡でも噛ませておけ、私が屈服させるまで絶対に傷ひとつつけるな」


「すでに手配済みだ。カトリーナ、お前を思う兄からの忠告だがあまり公子に入れ込むのはよしておけ。ロデリッツ家の没落は近い、その時に公子は共に沈むのだから変に情を移さないほうが良い」


「………」


 毒蛇の大公爵は冷たい目で言い切ると、出されていた茶に一口も手をつけないまま下ろしていた高級なソファから腰を上げた。


「あと息子アルフォンスにもう少し躾をしろ、あれを王位につけるなど我が国の恥晒しにも程がある。躾が出来ないと言うのなら、私にも考えがあるからな」


 去り際にきつい声で甥の本日の奔放な言動に苦言を残し、アルバート公は扉を閉めた。

 残されたカトリーナは無言で茶のカップを掴むとそのまま感情に任せて床に叩きつける。


「………」


 無惨に割れたカップを眺めた。音を聞いて駆けつけた従者たちを横目にカトリーナは扇の下で口元を歪ませる。


「………忠義の家がそう簡単に沈むものか。仮にロデリッツが沈んでもエドワルドだけは沈ません」


 お気に入りの美しき翠玉の瞳の公爵令息。

 彼を兄の汚い策に溺れさせるくらいなら、王妃はどんな手を使ってでも守り切る所存だ。

 たとえ血を分けた兄であるアルバート公と血を血で洗うようなことになったとしてもだ。


「それにアルフォンスとエスメラルダの子供さえ手に入れば……孫の躾さえきちんと行えば良い話だ。やはり老人は頭が硬くて困ったものだな」


 カトリーナは低い声で一人呟いた。

 その虚空を見る暗い目は、一寸も笑っていなかった。




 ─────────………




【リリィ視点】




「気分悪……」


 あたしは半分でギブしたホールケーキをテーブルに置く。おかげでいまとっても胃がとてもムカムカしてるわ。でも、ムカムカしてるのはケーキのせいだけじゃない、あの気に食わない自称聖職者が今度はヴィンセント様を侍らせて会場の注目を集めているからよ!!


「はぁ、なんか飲み物持ってこよ……」


「リリエッタ様、お飲み物ならこちらにございましてよ」


「あら、気がきくじゃない……」


 女性の声がしてさっきのメイドかしらと思って振り返ったら、嫌なやつと目があった。


「げっ、クラリス……」


「そんな悲しい反応しないでくださいまし! ご無沙汰しておりますわリリエッタ様、婚約者内定おめでとうございます。旧友としてとても誇らしい事ですわ」


 学園時代のいじめっ子、クラリスが相変わらずの恵体でワイングラスを手にしていつの間にかすぐ横に立っていた。ケーキに夢中でそばにいるのに気づかなかったみたい。

 派手で胸元を強調した品のないデザインのドレスを身に纏った金髪縦ロールの意地悪顔の侯爵家の御令嬢。

 クラリス、そのドレスは流行を全方向に追いすぎて逆にダサいわ。トレンドは程よく取り入れてこそ映えるのよ! まあ王妃様ご指定のクソダサドレスを着てるあたしは何も言えないけど。


「ワインはいらないわ。お酒飲めないもの」


「あら気が利かず申し訳ございませんの。おほほ、そこの給仕! こちらの方にジュースを」


「ほんっとーに気が利かないわね。いま口の中がとっても甘いから甘いジュースの気分じゃないの。もう水でいいわ。持ってきて」


「かしこまりました」


 給仕の人はそう言ってキッチンに向かったみたい。その隣でクラリスは顔をひくつかせていた。何? 気が利かないあなたが悪いんでしょうよ。クラリスに怒る権利はございませんわ(笑)




「リリエッタ様、あたくし感動致しましたの! 先ほどのダンス、……まるで春の妖精のように可憐でしたわ」


「………」


 クラリスは少し大袈裟に言って、あたしに向き合った。ふーん、ゴマすりだと思うけど悪くない気分ね。


「その感動が伝えたくてお声をかけましたの。会場の皆様はあの魔性のダンスをみたから感覚が狂っているのですわ! リリエッタ様のダンスはとても素敵ですことよ」


「魔性?」


 やけに媚びてくるクラリスの言葉の中の聞きなれない単語が気になった。あたしは給仕が持ってきたぬるい水を飲みながら首を傾げる。


「カイル様のパートナーの女のことですわ、先程から会場の男を誑かしてばかりで……あの女は悪魔の化身です。あたくしの兄も誘惑の被害を受けましたの……あたくし、とても悔しくって」


「わかる。あの女は魔女だとあたしも思っていたの」


「さすがリリエッタ様、次期王妃となる方は鑑定眼も富んでいらっしゃいますのね」


 クラリスはそう言うと、先ほどまで踊っていたパーティー会場の真ん中でヴィンセント様の隣でたくさんの貴族から称えられているカイル様のパートナーの魔女を睨みつける。

 何であたしのためのパーティーでそうやって男を囲わせて大きな顔しているのよ。本当に気に食わない女ね。


 元はと言えばあんたが来なければアルフォンス様と喧嘩することもなかったのよ! 全部全部あんたのせいよ!


「ああ、ホラ。またたくさんの男を惑わそうとしてますわ……ヴィンセント様も籠絡されてしまうのかしら。あたくしの未来の婚約者フィアンセ候補の一人なのに忌々しい」


「へぇ、男の趣味が悪いのねクラリス。あの人ダメダメだから、あっさり陥落しちゃうんじゃないですか」


「………はぁ?」


「ん?」


 一瞬、クラリスがいじめをしていた時みたいな怖い顔で水を飲んでいるあたしに凄んだ気がした。えっなんですか!? あたし変な事言いました?


「コホン……とにかく、困っているんですの。あの女の本性を暴いて皆に知らしめないと、この国が堕落してしまうかもしれませんわ」


「………」


「リリエッタ様! このままだとアルフォンス様も恐ろしい魔性の女の誘惑に堕落してしまうかもしれませんわ! 恐ろしい魔女に国が乗っ取られてしまいます!!」


 アルフォンス様……その名前は聞きたくない。

 ダメダメファザコンがましに思えるくらい、癇癪持ちの性悪男だもん。

 でも、あたしのパーティーを無茶苦茶にした平民身分のポッと出の女にあたしの王子様だった人が魅了されるのはものすごく面白くない。


「それはムカつくわね。何が聖職者よ、何が聖女よ! 人のパーティーにでしゃばって白いドレス着てこれるような女がそんな神々しい存在なわけがないわ! あの女は男も国もたぶらかす恐ろしい魔女なの!」


「悪い魔女には制裁が必要ですわよね。リリエッタ様は手段を思いつきまして?」


 クラリスはあたしに賛同して笑ってくれた。

 この女も性格は最悪だけど、学生時代にエスメラルダ様の陰口を言い合った時と同様、同調している時は本当に気の合う女だ。

 下手したら地味なソフィよりも相性が良いかもしれない。ソフィは相変わらず気が利かなくて、パーティーが始まって自由時間になっても親友のあたしに会いに来てくれないしね。


「そうね……あの白いドレス、ずっと目障りだと思っていたのよね。……なるほど、思いついたわ!」


「まあ、リリエッタ様は頼もしいですわ……敬愛なる次期王妃様にあたくしの兄の敵討ちもお願いできて?」


 あたしは飲んでいた水のグラスをテーブルに置くと、そのままクラリスの手から赤いワインを受け取って答えた。


「ええ、任せて。これ以上、あの魔女の好き勝手にはさせないから」


 このあたしが次期王妃として責任を持って、この国を乗っ取ろうとする魔女の本性を暴いて此処から追い出してあげる。

 平民如きがお貴族様を誑かした罰よ。


 覚悟してよね、セラフィナさん。


アルフォンスはしつけをしたほうがいいし、リリエッタはもう少し物事を考えた方がいい。

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