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饗宴編【開宴】第五話 公子様とダンスを(上)

 




【リリィ視点】




 あたしは本当に最悪の気持ちだった。


 もうどうでもいい、そもそも何なのこのパーティー茶番じゃない? 婚約披露パーティーも新しい春を祝うパーティー(笑)になってるしあたし正式な婚約者じゃなくない? 『新しい春を祝うパーティーにたまたまアルフォンス様の隣にいただけ』って主張して婚約、無かったことにならないかしら。

 あたしはそんなことを考えながら、ケーキをぱくぱく頬張った。もう馬鹿げたダイエットもしません。甘いケーキをたくさん食べることにするわ。ああ、おいしいおいしい。最悪の気分でもスイーツだけは最高!


「………」


 今回の正式な婚約によって、王宮から結構な額の結納金がフローレンス家に入ったんだって。それにお父様、娘のあたしが次期王妃って主張して自分の事業を発展させているみたい。婚約なかったことになったらお金は返さなきゃだし、事業もパァになっちゃうかもだけどまぁ、かわいい娘のあたしの為に許してくれるわよね! だってあの大してかっこよくもない最低最悪性悪男と結婚なんてまっぴらごめんだもん。


「ん〜、おいしい!」


 あたしは一口サイズのチョコレートケーキを数個一気にフォークで刺して大口で頬張った。少しほろ苦くてしっとりとした舌触りの良いチョコレートがなかなか美味しいわね。でも何でこんな小さいのかしらもっと大きいサイズでよこしなさいよ。


「ちょっとメイドさん、ケーキをいちいち小さく切り分けないでそのままのものを持ってきて頂戴! 早くしてね」


「………かしこまりました」


 ちょうど新しいスイーツを運んできた眼鏡をかけた黒髪のメイドにそう命令して、あたしは運ばれてきたカスタードのタルトに手を伸ばす。これも大きなタルトが中心から時計みたいに細かく切られている。隣をみたらご令嬢がサイコロみたいに小さなケーキを更にフォークで細かく切ってお上品に小口で召し上がっていたわ。そんなまどろっこしいことするの!? そういやマナー講座で習った気がするけど、そんなこといちいちやってられないわよ! そもそも、アルフォンス様からはパーティー中は席から離れるなって厳命されてたけど、あたしはムカついたから命令を無視してるの。いまさらマナーなんて守らないわよ!


「ああ! ムカつく!! さっきのメイド、はやくしなさいよ! 役に立たないわね!」


 あら、思わず声に出ちゃったわ。隣でケーキを食べてた令嬢が驚いた顔しているわ。ビックリさせてごめんなさい。反省反省……


『リリエッタのせいで本当に大迷惑だよ』

『そうですよね殿下! せっかくのアルフォンス殿下の素晴らしいダンスもパートナーのせいで台無しでした。テオもヴィンスもみんな言ってましたよ。あんなのアルフォンス殿下の面汚しだって!』

『………』

『聞いてるのかリリエッタ。僕の配下もダンスはきみが足を引っ張ったって認めているよ。聞いてくれよマックス、リリエッタは僕のせいだって大声を出すんだ。責任転嫁も甚だしいよ。とんだ恥知らずだ』

『えぇ! 本当ですか? 信じられないです! ヤバいですね(笑)』

『………』

『その顔は反省していない顔だね? よくまだそんな態度が取れるな? 本当呆れた。きみって面の皮がだいぶ厚いのかな? 僕は君のせいでとてつもない恥をかいたというのに』

『大丈夫ですって! 気にすることないですよ! きっと皆、パートナーの不出来を寛大に許す偉大なる王太子だと思っていますって!!』

『ははっ……僕は慈悲深いからね! リリエッタも僕の偉大さに感謝してもっと反省しろよ!』



「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!??? 反省なんてするわけないでしょおおぉぉぉ!!!」



 思い出しただけで腹が立つ!!!!!!!! 誰が慈悲深いよ!!!!!! 反省なんて誰がするのよ!!!! 馬鹿にするのもいい加減にして!!!!


 思い出したのは、さっき壇上で繰り広げられたアルフォンス様とマクシミリアン様のやりとりよ。マクシミリアン様は気持ち悪い猫撫で声でアルフォンス様に媚を売っていたわ。アルフォンス様はあっさりと懐柔されて、本当に馬鹿みたい。しかも……


「(結局ヴィンセント様も裏切り者じゃない! いいえ、あたしは信じてなんていなかったわ! やっぱりあたしは正しかった! あんなダメダメなファザコンに最初から信じる要素はなかったのよ!!)」


 あたしはケーキを数個口に入れて、怒りを紛らわすように雑に咀嚼する。怒りでケーキの味もわからないわ! 気づいたらあたしの隣でケーキを食べていたご令嬢はどこかに逃げていた。あたしの威圧に驚いてしまったのかしら、申し訳ないわね。


「………おまたせいたしました」


「おっそ、仕事できなさすぎ」


「………」


 さっきのメイドがやっと切られていないケーキを運んできた。次期王妃のあたしを待たせるなんていい性格してるわね。まあ、優しいあたしは特別に許してあげる!

 あたしはまるまる一つの苺の乗ったホールケーキを皿ごと受け取ると、そのままフォークを刺した。食べきれるかわからないけど一度これやってみたかったのよね! あぁ、なんて贅沢!

 帰り際のメイドに信じられないものを見る目で見られたけど気になんてしない。あたしは苛立ちをスイーツで癒してるのだから邪魔をしないでいただきたいわ。


「ん〜おいしい、最高♡」


 生クリームを口いっぱいに頬張って幸せを噛み締めるの。もうあたしの邪魔なんて誰にもさせないわ。




 ─────────………




【カイル視点】




「………カイル様のお友達なら、お断りするわけには参りませんわ。喜んでお受けいたします」


 傅いた銀の貴公子の手を取って、セラフィナは静かに微笑んだ。絵に描いたような美女と美男、何故か隣で見ているカイルがドキドキする。


「って待て、セラフィナ!?!」


 一瞬『セラフィナが踊りたいならいいか』と受け入れようとしたが、冷静に考えたらヴィンセントはエルの断罪劇にアルフォンス側に立った人物だ。

 カイルの退学の原因になった人物の一人と言っても過言ではないのだ。


「カイル様……?」


 不思議そうな顔で見るセラフィナ。その手を取っている男について詳細を話そうかカイルは迷う。

 セラフィナはエルの断罪事件を聞いた話でしか知らない。おそらくアルフォンスとリリエッタ、ソフィアくらいしかエルの敵の名前は知らないのだろう。


「ヴィンセント様、少しお時間をいただいても」


 セラフィナは隣にいる貴公子にそう言って了承を得てから、呆然とするカイルの耳元で囁いた。


「カイル様、わたくしが一曲踊ったらブラン商会の方が気づいて接触してくださるかもしれませんわ」

「……! それは悪くない作戦だけど。なんで相手がヴィンスなんだ? それならオレで良いじゃないか……」

「カイル様は此処に残って接触の窓口となっていただきたいのです。それに筆頭公爵家の御子息の方があんなに丁寧に誘ってくださったのに、無碍にするのもガラハッド家への心象がよろしくありません」

「………!」


 セラフィナは灰の王子救出作戦だけではなく、カイルの家のガラハッド辺境伯爵家のことも考えてくれていたようだ。

 少し離れたところで二人のやりとりを見ているヴィンセントは、先ほどからセラフィナに声をかけてくる軽薄な雰囲気の男性貴族に比べたらかなり誠実で紳士的だ。

 少なくともセラフィナを任せるなら、彼が一番安心できるようにも見えた。


「でも……あいつは……」


「王太子殿下の従兄弟の方ですもの、あちら寄りの立場なのはわたくしも理解はできますわ。でも、先ほどカイル様とお話されている様子ではその立場に迷っていらっしゃるようにも見えました」


「………」


「大丈夫です。ヴィンセント様の目をみたら、邪な思いを抱いているようには感じません。では、わたくし行ってまいりますので後はよろしくお願いしますね」


「………気をつけろよ」


 カイルはセラフィナの意思を尊重することにした。

 カイルとセラフィナは共に戦うパートナーだが、別に恋人などではない。なので、他の男の手を取ることを選んだ彼女の意思を阻む権利はカイルにはないのだ。

 同性のカイルから見ても、ヴィンセントは銀の髪が美しい穏やかな風貌の美男子だし、カイルにはない気品の備わった男だ。品の良さを好むセラフィナの心が向いてもおかしくはない気もした。


「ヴィンス、その人はオレの大切な人なんだ! だから絶対に守ってくれ!」


「わかっているよカイル。……あのさ、少し良いかい?」


 セラフィナとは入れ替えに今度はヴィンセントがカイルのそばにきて、耳元で囁いた。


「……マックスがセラフィナ嬢を狙っている。その……“お持ち帰り”……みたいな品がない事を計画してるみたい。カイルも警戒して」 


「!」


 男同士で距離が近い……、なんて冷えた心で思っていたカイルは聞かされた話に仰天した。

 カイルの天敵とも呼べる男が、セラフィナを狙っているというのだ。

 学園時代からマクシミリアンがあまり品行がよろしくない同級生と絡んでいたのは知っていた。博打や飲酒程度だとは思っていたが、異性関係でだらしないのまでは知らなかった。


「ヴィンス……まさか、おなじ公爵家として助ける為に?」


「えっ? 普通に美しいセラフィナ嬢とお近づきになりたいからだけど?」


「………」


「そういうわけだから、セラフィナ嬢がボクに気移りしても落ち込まないでね……じゃ、行ってくるから」


 カイルとセラフィナの親密だが一定の距離があるやりとりを見て二人の関係を見抜いたのだろう。

 ヴィンセントは悪戯っぽい目で笑うと少し離れたところでやりとりを見守っているセラフィナの腰を支えて綺麗にエスコートして行ってしまった。


「ガラハッド令息……やっぱり世の中は顔なんだ。何をやっても並の男はイケメンには勝てないんだぜ」


 やりとりを見ていたのだろう。先ほどセラフィナに声をかけてきた男の一人が、感情が死んだ目をして取り残されたカイルに呟いた。

 近くにいた男たちもみな、慰めるように同情的な視線でパートナーを連れて行かれたカイルを見ていた。


 敗北。


 何も戦ってもいないし、負けてもいないのに、何故かカイルの頭にこの文字が大きく浮かんだ。




 ─────────………




【エドワルド視点】




「アッシュ殿下……どちらに……」


 エドワルドは物陰からパーティーの会場を覗いたが、遠くに見える壇上からアッシュの姿は席から消えていた。

 強制的に追い出されて、連れて行かれた監禁現場から脱出してきた手前、エドワルドは会場には入れないのでワンドに中の様子を探ってもらった。


「……少し前に王太子がキレて追い出したらしいで、舞台裏や近辺も探ってきたがおらんかったわ」


 会場を探らせたワンドが戻ってきた。

 ワンドがエドワルドを追ってホールを出た時はまだ席にいたらしいので、拉致されている間に何処かに行ってしまったのだろう。


「殿下は体調不良だし、服毒されているからそう遠くまで動けるはずがない……まさか殿下もアルバート公に?」


「監視の手間を考えたら監禁用の部屋が複数あるとも思えへんし、アルバート公に捕まったのならエドはんと同じ部屋にぶち込むやろ。此処にくる時にアッシュ殿下とすれ違ってへんからその可能性は低いと思うで」


「………一理あります」


 おふざけモードから仕事モードに切り替えているワンドは頭の回る男であった。知性を強く感じる金の瞳は、エドワルドと会話をしながらも常に情報を得ようとホールをくまなく窺っている。

 この状況で彼の存在はとても心強かった。


「もう一回ホールを調べてくるから、エドはんは物陰にいてな」


「……お願いします」


 そう言ってワンドがホール内に溶け込む様子を扉の影から見る。

 彼は典型的な美しい貴族の外見をしているが特別に目を引いたりはしなかった。

 ワンドの外見には大きな特徴がないのだ。

 敢えて言えば金の長髪くらいだが、これも上位階級ではそこまで珍しいわけでもなく、エドワルドの金糸雀色のような珍しい部類の金髪でもないので、彼が貴族たちの群衆に混じるとあっという間にパーティーの雰囲気の中に溶け込んでしまうのだ。


「(あの姿、雰囲気の中にうまく紛れ込むためのものなのか?)」


 つくづく彼の有能さに感心して納得していたら、突然後ろから肩を掴まれた。


「!?」


 このタイミングで追手かと、若干焦りの目で振り返ったら少し息を切らした男がいつの間にか立っていた。

 こちらを見返していたのは見慣れた顔である。


「エドワルド……無事だったか……良かった」


「デュラン公……」 


 そこにいたのはデュラン公、ロードフリードであった。そういえば、アッシュに気を取られていたが王族の補佐をしている筈の彼も壇上から消えていた。

 アッシュに気を取られて、まったく意識をしていなかった。


「……エドワルド。アッシュ殿下から言伝を預かっている! いろいろ俺に言いたいことはあるだろうが、時間が惜しい。いまは黙って聞いてくれ」


「………」


 確かに言いたいことは山のようにあった。

 何故おまえは壇上にいたのに、アッシュ殿下が毒を飲まされている状況で助けなかったとワンド同様彼にも八つ当たりをしたかった。


 何が情愛の家だ! お前の愛は所詮身内にしか注がれないただの偽善だと口汚く罵りたかった。

 だが、デュラン公の『時間が惜しい』という発言だけは同意できたので、黙って男の話を聞いてやることにした。


「アッシュ殿下は最期におまえに会いたいとのことだ」


「……! ……アッシュ殿下の最期をあなたが決めないでください!!」


 カッとなって感情が出た。心底申し訳なさそうにする長身の筆頭公を睨みつけて、エドワルドは掴まれたままの手を冷たく払った。


「………すまない」


 デュラン公はそれ以上は何も言わずに、「殿下はテラスにいる」とだけ言い残して去って行った。

 その背中が、長身のはずなのにやけに小さく見えた。


「アッシュ殿下はテラス……」


 エドワルドは、情報屋の消えたホールを見る。

 本音を言えば彼を置いてアッシュのところに向かいたかった。だが、面識のない聖女をつれてくるのが本日のエドワルドの役目だ。

 もし聖女がアッシュの元に間に合えば、彼の生存の確率は大いに跳ね上がるだろう。


「………僕の忠義は最後まで戦うこと。奇跡を呼ぶ聖女様をアッシュ殿下にお連れするのが僕の使命」


 エドワルドは再び物陰に隠れて、信頼すると決めた情報屋の帰還を、彼の教えてくれた忠義の意味を思い出しながらおとなしく待つことにした。


 



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