表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
213/248

饗宴編【開宴】第四話 貴公子の誘い(下)





【ヴィンセント視点】




「……マックスがさ、いい女をお持ち帰りするってはりきっててさ、あとで声かけるらしいぜ」

「マジで!? 俺もおこぼれにあやかれねえかな、マックスは?」

「アルフォンス殿下のとこ。さっきのダンスの件でキゲンが悪いから慰めに行くんだって」

「へぇ、やっさしい〜」


「………」


 格式のある王宮のパーティーだというのに、ゲラゲラと笑いながらパーティー会場の一角で繰り広げられる下品な会話に眉を寄せ、ヴィンセントは飲んでいたグラスを傾けた。

 彼らは学園の騎士科所属の生徒で、貴族の家の子息と記憶はしているが騎士の名に恥じんばかりの言動に苛立ちを覚えた。


「(騎士っていうのは、品格と誇りの備わった崇高な存在じゃないのか!?)」


 ヴィンセントはパーティー参加の為に普段と髪型を変えていて、尚且つ彼らに背中を向けているので気づかないのだろう。

 同級生たちは大きな声で笑いながら、周りの目など気にせずに騒ぐだけ騒いでどこかに行ってしまったのだ。


「………」


 彼らの去った方向を目で追った。

 話題に上がっていた『いい女』は、おそらくだがカイルの連れてきたパートナーのことだろう。

 彼女は公爵家令息のヴィンセントでさえ目を見張るほどのとびきりの美貌の持ち主だった。


「(美しい女性にお近づきになりたい気持ちはボクだってわかるさ……でも、そんなやり方が許されるわけがない。普通の女性だって強引なのはよろしくないけど、聖職者で他人様の大切なパートナーだぞ? 最悪にも程があるじゃないか!)」


 ヴィンセントは怒りを抱きながら静かにグラスを傾ける。

 アステリア王国は飲酒は20歳からと決まってはいるが、そこまで厳格ではなく未成年の飲酒もパーティーなどの社交の場では貴族の嗜みとして見逃されていた。学生の身分で夜の街で酒を飲んでいる者も素行のよろしくない部類の学園の同級生の中にはいた。

 ヴィンセントも18歳の誕生日を迎えてから教養として酒の味を覚えていた。上品な飲み方を教えてくれた敬愛する父と色々なボトルを開けて、なんてことのない話をしながら過ごす時間が好きだった。


「(父様……最近は仕事が忙しいのかあまり相手をしてくださらない。ボクもいつまでもアルフォンスの取り巻きなんてしてないで、本格的に父様の仕事の手伝いをしようかな。なんだか最近のアルフォンスには本当についていけないよ)」


 従兄弟であり幼馴染であるアルフォンスのことは親友だと思っていた。王太子と公爵令息、身分差はあれど子供の頃はとても仲が良かった。対等な友情だと思っていた。アルフォンスはよくデュラン家の王都の邸宅に遊びにきていたし、王宮でも無邪気に遊んでいた。二人が並ぶ姿は金の王子、銀の公子と周囲に称されて微笑ましく見守られていた。

 たまに王都にきていた辺境伯令息のカイルも加わって、三人で楽しく遊んでいたのだ。


「(いつからだろうアルフォンスが変わってしまったのは……そりゃ、彼は王位を継ぐのだからいつまでも無邪気に遊んでばかりはいられないのはわかるさ。でも、あそこまで傲慢では決してなかった筈なんだ)」


 対等な友情はいつからか主従のようになっていた。

 気楽にあだ名で呼んでいたのに呼び方を改めるようにと告げられて、その上、自分アルフォンスより目立たないようにとやんわりと嗜められた。

 大切な幼馴染で親友だった彼は、気づいたら我儘で自己中心的な主君になってしまった。かつては純粋な友情を感じた彼がヴィンセントを見る目には、いつからか軽視の思念が混じるようになってしまったのだ。


「(国王陛下が斃れてから? エスメラルダが婚約者になってから? カイルがいなくなってから?)」


 ヴィンセントはグラスを煽りながらアルフォンスを見る。壇上ではマクシミリアンが機嫌の悪い彼の側で話をしていた。マクシミリアンの嫌な笑い方でアルフォンスに擦り寄っているのがわかった。奴は取り巻きの中でも王太子に媚を売るのが異様にうまかった。


「(やっぱりマックスが煽るからおかしくなっているんだ。全部マックスの……いや、何でもかんでも人のせいにするのは良くない)」


 ヴィンセントは、他責思考になりつつある考えを切り替えるように頭を振るうと飲み終わったグラスを給仕に渡した。


「(なんかもういいかな、帰ろうかな……)」


 虚しくなったヴィンセントが帰宅を考え始めるとふと視線を感じた。

 気づいたら、若い令嬢がこちらに熱い視線を向けているのだ。なんとなく感づく、彼女はヴィンセントにダンスに誘って欲しいのだろう。

 気づかないふりをして微笑んで目線を流した。


「(主君アルフォンスがダンスで大失敗したばかりだからボクが踊るわけにはいかないよ……ごめんね)」


 ヴィンセントは教養として学んだダンスの技量には自信があった。だが『目立つな』と、王子の引き立て役を承っている以上は、ダンスで失敗をした主君がいる手前踊るわけにはいかなかった。

 自分から誘ってこない令嬢の慎ましさに感謝をする。別に女性からダンスに誘うことが悪いわけではないがこういう時は大抵は男性から誘うのが常例なのだ。


「断られちゃったみたい」

「ヴィンセント様でもダメなの?」

「エドワルド様やアルフォンス様は無理だけど、ヴィンセント様ならいけるって思ったのに」


「………」


 先ほどの令嬢が、ヴィンセントが背中を向けた途端に友人たちと失礼な話をしだした。その内容にため息をつきたくなった。何故かヴィンセントは世間から女好きで軽薄なイメージを持たれている。

 美しい女性は勿論好きだが、きちんと女性は丁重に扱っているつもりだし、異性相手に不誠実なことをした記憶はない。

 そもそも恋人と呼ばれる存在すら生まれてこの方いなかった。


「………」


 ちらりと、アルフォンスの隣の空席を見た。

 先ほどまでつまらなさそうにしていた王太子の婚約者はいなくなっていた。マクシミリアンはダンスの責任をリリエッタに押し付けると言っていたし、無神経に本人の隣でリリエッタを貶しアルフォンスに媚売ったのだろう。


「(リリィ……)」


 あの春の花のように可憐な少女を思った。初めて見た時から無垢な笑顔に惹かれていた。彼女の目に自分など映っていないことなど知っているが、それでも彼女を守ってやりたかった。いつか彼女が王妃になるのなら、公爵家として彼女とアルフォンスを支えるのが自分の役目だと思っていた。


 だが、王宮に来てから彼女はあまり笑わなくなっていった。王太子からの愛情は、目に見えてどんどんと消えて行った。このままなんの後ろ盾もないリリエッタを王妃にさせていいのか心から心配だった。


 父であるデュラン公爵は公爵家としての義務感からリリエッタを支えるつもりのようだが、筆頭とは言え年若いデュラン公の後援のみでリリエッタを王宮の闇から完全に守り切れるとは息子からは思えなかった。

 心優しいヴィンセントの父は、前婚約者のエスメラルダの父のロデリッツ公爵が得意とする謀略ごとは大の苦手なのだ。

 エスメラルダの時のように王妃に歓迎されている様子もなかった。むしろ嫌われているような空気さえ感じた。王妃からの支援は期待するだけ無駄だろう。


 それに後援だけではない。リリエッタの噂は王宮にいたら嫌でも耳に入った。王妃教育は何をやってもうまくいかず、彼女の世話をする使用人への態度や礼儀もあまり良くないようであった。

 男爵家出身で王宮に不慣れな彼女だ、すれ違いもあったのだろう。半年程度で慣れろというのが無理な話なのだ。


「(このまま王妃になってはいけない。なれるわけがない……嗚呼、リリィ……)」


 それを心配して口にしたら彼女を怒らせてしまった。言葉足らずだったかもしれなかった。ヴィンセントは軟派だと世間では言われているが、実際は口下手な部類だった。本来の気弱な性格もそれに拍車をかけた。


「(はぁ……変に貴公子ぶったりしないで、ボクはひたすら三枚目をしていた方がいいのかもしれないね)」


 退場口に向かってトボトボと歩き出した。一緒にきた父は王家のサポート業務で忙しそうだし、そろそろ切り上げて一人で先に家に帰ることを決めた。

 マックスの女性関連のことは心配だが、カイルたちの問題だ。ヴィンセントが関わる必要はないだろう。


「……そういうの無理! ごめんな!!」


 不意に懐かしい声がした。

 目線を上げたら、視界の端にカイルと美しいパートナーがいた。

 貴族からの何かの誘いを断っているようだった。


「(ダンスの誘いかな? あんな素晴らしい女性の手を取れる可能性があるなら、そりゃ誘いたくもなるか)」


 カイルは大切なパートナーを安易に他の男に渡したくないのだろう。見上げた信頼関係だ、大いに結構じゃないかと関心する。


「チクショウ……僕は侯爵家だぞ……辺境の田舎貴族の癖に」


 すれ違いざま、誘いを断られた令息が呟くのが聞こえた。

 カイルの家は辺境伯家、侯爵家相手でもギリギリ対等の場に立てるだろう。なので、パートナーへのダンスの誘いは断れる。だが、その上の公爵家なら?


「………」


 ヴィンセントは再度、壇上のマクシミリアンを見た。下品な企てをしているあの男はあんな形でもアステリア四大公爵家の一門、クレイモア公爵家の子息なのだ。

 公爵家と辺境伯家では、さすがにカイルの分が悪い。ただでさえカイルは昔から、尊大なマクシミリアンとの相性があまり良くないのだ。


「………」


 ヴィンセントはその場に止まって考えた。

 もしマクシミリアンが、聖職者の彼女にとても失礼なことや、彼女の尊厳に関わるようなことをしでかしたら王宮と教会で大問題になるのではないかと危惧をする。




「やあ、カイル! 久しぶり……ボクだよ、覚えているかい?」


 流石に自分とは無関係と言い切れるほど、筆頭公爵家の令息は無責任にはなれなかった。




 ─────────………




【カイル視点】




 アルフォンスの策略を無事に乗り切り、第一の目的が達成した。

 カイルとセラフィナは、王宮に来た時に案内された控室に一旦戻り、続いて第二の目的『灰の王子救出作戦』の実行に切り替える。


「ミルリーゼ様の手配してくださったブラン商会の方との接触を待てとのお申し付けでしたね」


 たくさんの貴族たちの注目を浴びて、気疲れをした様子のセラフィナが椅子に座り問いかけた。


「ミルリーゼの義叔父でロッドの兄貴なんだっけ、金髪の長髪って情報しかないけど大丈夫かな」


「おそらくミルリーゼ様の方でわたくしたちの情報が共有されていると思いますわ」


 カイルの疑問に、セラフィナは静かに答えた。

 彼らは情報の専門家。情報の取扱いに於いて、右に出るものはいないだろう。


「どちらにせよ、少し休んだらもう一回ホールに出てブラン商会の人に接触してもらおう! ……アッシュ殿下はかなり体調が悪そうだった。早く助けてやりたい」


 壇上の端の席で小さくなっていた少年の姿が思い浮かんだ。あんなに体調が悪そうなのに、同じ席に並ぶ王妃も王太子もリリエッタですら特に気にかけている様子がなかった。

 貴族達も視界にすら入っていないように感じた。

 カイルからみた、会場全体で『いないもの』と扱う光景は異様であった。


「その癖に、都合よく粗だけはバッチリ見てやがるんだ。あんなボロボロの姿を晒しものにするなんて王族にこんなこと言うのも失礼かもしれないけど本当に可哀想だ!」


 カイルは泣きそうな声で呟いた。

 体調が悪そうなところなど一切気にもかけないのに、「ずいぶんと醜いお姿ね」と前方にいた貴族がアッシュを見ながら呟くのをホールから出る時に聞いたのだ。

 正義感の強いカイルはそれがとても許せなかった。


「カイル様と同じ気持ちの方も会場にはいらっしゃったと思いますわ。ですがどうやら、前方の方に敢えて悪意の強い方の配置をしているように感じます……そういった策なのでしょうか」


 悪意に敏感なセラフィナは沈んだ顔で答えた。

 哀れな第二王子に同情心を抱いたものが多少いても、王妃や声の大きな王太子派に逆らえなかったのだろう。この国や王宮において、それだけ彼らの権威は強大なのだ。


「………早く助けに行きたい、でもセラフィナの体力も大切だ!」


 簡単な打撲の治癒ならまだしも、強力な治癒術の使用には術者のコンディションが重要となる。

 カイルは、はやる気持ちを抑えて彼女を休ませることを選んだ。会場ホールや通路にいたら、セラフィナに惹かれた者からの声かけで休憩どころではないと判断したので二人はプライベートが確立した控え室まで戻ってきているのだ。

 実際にここに来る途中でも何人かの貴族男性からセラフィナは声をかけられた。幸いカイルの家より爵位が下の家の者だったので、断ることが出来たがカイルの家より上から声かけがあったらまずいのだ。


「ありがとうございますわカイル様、もう少しだけ休んだらすぐに動きましょう」


「無理はしないで万全に備えよう。さすがにまだこんな序盤から仕掛けてきたりはしないだろうし」




 しばしの休憩を開けて二人は再度、パーティー会場のホールに足を踏み入れた。シャンデリアの灯に照らされた会場内は大いに盛り上がっているが、カイルたちが少し抜けている間に壇上には異変が起きていた。


「あれ? アッシュ殿下がいなくなってる」


 壇上の端の席にいたはずの灰の王子が消えていたのだ。慌てて近くにいたメイドに尋ねると、少し前に癇癪を起こしたアルフォンスに追い出されてしまったらしい。


「………あの野郎!!」


「ブラン商会の方が後を追っていると信じて、わたくしたちはここで待っていた方が良いでしょうか」


 セラフィナは眉を下げている。責任感の強い彼女はアッシュを見失ったのは自分が休憩したせいだと思っているのだろう。


「セラフィナは気にしなくていい。悪いのは空気を読まずにキレて追い出した奴だ」


 カイルは落ち込む彼女を慰めるように、優しく声をかけた。




 派手なパーティーホールの賑わいを眺めながら、カイルは目立たないように壁際に行くべきか、商会の人間にわかりやすいように中央付近に立つべきかで悩んでいると後ろからまた違う貴族の声がした。


「こんばんはガラハッド辺境伯令息、私はダルサイン侯爵家の者だが、あなたのパートナーと一曲お願いできないだろうか?」


 振り返ると知らない貴族の男が立っていた。本日何回目だとカイルは頭を抱えたくなる。

 ダンスを誘いにきたカイルより年上と思われる貴族の男はよほど自分の家の爵位に自信があるのだろう。ニヤニヤと薄笑いを浮かべながら年若いカイルをあからさまに見下していた。


「……そういうの無理! ごめんな!!」


 カイルは貴族の男の誠実性のない態度に腹が立ったので、彼女の意思を聞く前に条件反射で断った。

 もしかして乗り気だったかな?と断った後に隣にいるセラフィナの顔を見たら、安堵の表情を浮かべていたのでこの対応が正解だとカイルも内心でホッとする。


「………断ってよかったよな?」


「勿論ですわ、わたくしにも相手を選ぶ権利はございます」


 貴族が去った後に改めて尋ねると、彼女はカイルの意思を肯定してくれた。


「ならよかった……セラフィナ、オレからあんまり離れるなよ?」


「はい、カイル様」


 セラフィナは安心したように微笑んだ。侯爵家ならギリ対等でいいとあらかじめエルに言われていたのでカイルは強く出れたのだ。

 これが公爵家だったらまずいなと思っていたところに新しい声がした。


「やあ、カイル! 久しぶり……ボクだよ、覚えているかい?」


「…………」


 カイルはあまりにもタイミングの良すぎる嫌な声を聞いて、冷や汗を流しながら振り返った。


「ヴィンセント………何の用だよ」


 かつての友人が、そこに立っていた。


「久しぶりの再会の言葉がそれ? 友だちに向かってつれないじゃないか、あれ?きみ背が伸びた? 前はボクの方が高かったのに」


「………」


 カイルは無言でセラフィナの肩を抱き彼女を自分の側に寄せた。

 現れたヴィンセントは公爵家のご令息。学園ならまだしも、王宮ここでは彼の方が身分が高いのだ。


「……あの」


 控えめなセラフィナの声がした、突然現れた貴族の青年に戸惑っているのだろう。


「名乗るのが遅れてすまないね、カイルが紹介してくれないからボクから失礼。筆頭公爵家デュラン家嫡男、ヴィンセント・フォン・デュランだ、気軽にヴィンスと呼んでくれて構わないよ。美しい淑女レディ、改めてお名前を伺っても?」


「まあ、カイル様のお友達の…! わたくしは聖ルチーア教会所属のシスター、セラフィナ……セラフィナ・リュミエールと申します」


 ヴィンセントは意外にも丁寧に礼をした。それを返すセラフィナも丁寧に礼を返す。軟派な感じになると思ったヴィンセントの声かけはそれまでの貴族の男とは一線を画しだいぶ秩序と品位に満ちたものであったのだ。


「セラフィナ嬢、麗しき姿に見合ったとても素敵なお名前です。どうぞ、よろしく」


「……セラフィナ! こいつはもう友達じゃねえぞ!!」


「カイル様、以前、ヴィンセント様を親しそうに語っていらっしゃいましたわ……愛称で呼ぶのは仲の良い証拠だと思っていたのですが……」


 セラフィナは、エルから公爵家の話を聞いた時の事を言っているのだろう。確かにその時のカイルは親しげにヴィンセントの名前を愛称で呼んでいたのだ。


「それは………そうだけど……」


「………」


 確信を突かれて目を泳がせるカイル。その隣でヴィンセントは少し嬉しそうに目を細めた。


「……もういいや、ヴィンス何の用だ! オレは家を守りに来ただけだ!! アルフォンスに謝る気はないからな!!」


「その方がいい。従兄弟の勘だけど、いま猛烈に機嫌が悪いから近寄らない事をおすすめするよ」


「自分の策が失敗したからって迷惑なヤツだ」


「カイルの言う通りだよ。最近の彼は少しおかしいんだ」


 ヴィンセントは憤るカイルに同意すると息を吐いた。その顔には疲れと苦労が滲んでいる。


「……一番の腰巾着だったくせに、おまえからそんな言葉が出るなんて人って変わるんだな」


「変わったのは多分ボクだけさ、テオもマックスも変わらないよ……アルフォンスがおかしいことにすら気づいてないか気づいても放置してる。ボクはもう、彼らにはついていけそうもないんだ」


 ヴィンセントは悲しい瞳で笑うと、壇上にいるアルフォンスを眺めた。


「そういや、さっきまでアルフォンスはマックスと話してたみたいだけどいなくなってるな。マックスの野郎……どこに行ったんだ」


「………」


 カイルの言葉にハッとした様子のヴィンセントは手を口で覆う。汗を滲ませた彼の横顔は何やらとても焦っているようにみえた。

 ヴィンセントは少し考えた後、それまで会話をしていたカイルの隣で静かに佇むセラフィナに向き合った。


「ヴィンセント様?」


 公爵令息の突然の動きに不思議そうにするセラフィナ。そんな彼女の前に突然、銀髪の貴公子は丁寧な動作で傅きだしたのだ。

 あまりの突然の何の脈絡もない動作に、周りの貴族も驚いた様子だった。


「ヴィンスおまえ何やってんだよ! 立てよ!! こんなところ知り合いに見られたら……」


「美しきセラフィナ嬢……どうかこの『公爵令息』のボクと、一曲踊って頂けませんか?」


「おまえなんでそこ強調するんだよ!!! セラフィナ!! 自分の意思が最優先だからな!! 断っていいんだぞ! なんかあったら責任はオレがとるから!!!」


 焦るカイルの横で、ヴィンセントは真剣な眼差しでセラフィナに手を差し出した。美しき聖職者は本当に突然の誘いに戸惑いの表情を浮かべるが、彼の目をしばらく無言で眺める。

 そして、ヴィンセントの少し暗い青い瞳に何かを察したのだろう、優しく貴公子の手に触れた。


「………カイル様のお友達なら、お断りするわけには参りませんわ。喜んでお受けいたします」


 そう言って慈愛深い微笑みで、セラフィナはヴィンセントの誘いをあっさりと受け入れたのだ。







この物語は「こんなことしてる状況じゃないだろ」って状況でそんなことをよくします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ