奔走編 修道院⑤
夕食の時間、セラフィナの顔はあからさまに曇っていた。
仕方ない、あんなことがあった後なのだ、笑えという方が無茶な話である。
「セラフィナ……」
ちなみに、エルが無法者にブチ切れていた同時刻、カイルは子供たちにもみくちゃにされていたらしい。
夕飯前に合流したカイルは、満タンのはずの体力が尽きかけているように見えた。
「お兄ちゃん、ご飯食べたらまた遊ぼう!」
「今度はお兄ちゃんが鬼ね」
小さな子たちに囲まれてカイル少し困った様子だが、どこか嬉しそうにも見えた。
「な、なあ……そこのお兄さんとも遊んでやってくれるか」
子供に囲われたカイルが、隣にいたレオンを指さす。
「おい、なぜ俺に話を振る」
「無理だってこいつら手加減知らないんだもん、あんたも子供おぶって山道を何往復もダッシュしてみろよ!」
「それくらいで根を上げるな。若いんだから根性だせ根性」
「ねえお兄さん、私とお姫様ごっこして」
「えっ、あたし、お兄さんに絵本を読んで欲しいな」
顔のいいレオンに、感じるものがあったのか女の子たちは少し頬を染めながら、女の子らしい遊びを要求した。
体力を強制的に大量に消費させられるような遊びを悪意なく強要されたカイルは、自分との扱いの差に「なんでだよ……」と小さく唸った。
夜が更け、すっかり暗くなる。
夕方あれだけはしゃいでいた子供達は満足したのか、皆ぐっすりと夢の中だ。
子供の一人一人に布団をかけ、寝顔を覗き込んだ女性はそのまま孤児院の子供部屋を後にした。
真っ暗な修道院をランタンの明かり一つを頼りに進んでいる。
その明かりが照らす面持ちには、重大な決意が宿っているように見えた。
いつも身に纏っていた聖職者のベールを脱いだセラフィナは辺りを見渡して誰もいないことを確認してから建物を出た。
「………わたくしにできることをするだけ、です」
決意の足取りで一歩歩む。
月明かりは彼女のゆく道を照らしていた。
まるで神がそうしなさいとお告げをくだしているように見えて、これから起こる行為は神から許されているのだとセラフィナは震える自分に言い聞かせた。
「待って」
修道院の門を出た瞬間、背後から呼び止められた。
「ジュリエット様、お身体を冷やします。どうかお部屋にお戻りを」
セラフィナは振り返らなかった。
ふりかえってしまったら、固めた意思が崩れてしまうような気がしたからだ。
「セラフィナ、あなた何をしようとする気なの?」
「……わたくしにできることを行うつもりです」
「どうして?それで自分が傷つくってわかってるのに……」
「それでも」
セラフィナは意を決して振り返った。
月明かりにセラフィナの金の髪が照らされて、泣きたくなるほど綺麗に輝いている。
清廉、その言葉の意味をエルは初めて理解した。
「わたくしは、わたくしにできることをしたいのです。助かるかもしれない手段が残されているのならわたくしにとってそれを選ぶしかないのです」
遠くでオオカミの遠吠えが聞こえる。
魔狼たちの声だろうか。もう残された猶予はエルが考えるよりも少ないのかもしれない。
「エル様、さぁ、お戻りください。もしわたくしが朝までに帰って来なかったら、わたくしはあの冬の日に、あなた様によって救われて、あなた様にまた会えたことを心より喜んでいたことを少しでも覚えていてください」
セラフィナそういって優しく微笑むと、覚悟を決めた足取りで山の方角へと向かっていく。
「………あれ?あなた街に行くんじゃないの?」
「えっ、どうしてですか?」
「どうしてって……あの、昼間の冒険者に……その、ほら」
口にしたくないし、セラフィナも触れられたくないことだと察するのでエルはモゴモゴと口籠る。
「あぁ!いやですジュリエット様ったらどうしてわたくしが、あのような初めから説法など聞く気もない者に説法をとかなくてはならないのですか?」
「そうよね、それはわかる。じゃああなたは何するつもりなの」
「決まっているじゃないですか……」
エルの問いかけに、セラフィナは静かに微笑んだ。
「オオカミ退治に参るのです」
セラフィナはそう告げると決意を固めた面持ちで山の方角を見据えた。
その横顔は、まるで建国神話の聖女のような面影が宿っていた。
シスターさんは思ったより好戦的だった。




