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饗宴編【幕開け】リリエッタ

 




 朝が来た。ついに婚約パーティーの日が来た。なのにあんまり気分が乗らないわ。あれよね、前々から楽しみにしていた予定の直前になって急にテンションが下がる現象、楽しみすぎて心が浮かれすぎないように勝手にブレーキをかけるやつ。いまのあたしはきっとそう、本当はステップを踏みながら思いっきり浮かれたくなるけれど、これまでに学んで培った次期王妃としての誇りがあたしの体を嗜めているの。きっとそう。


「………」


 あたしは部屋に入ってきたメイドに促されていつものドレスを着せられる。

 淡いピンクがお気に入りのフリルのドレス、ちなみに今日はお昼過ぎからもう一回着替える予定。もちろん着るのはあの暗くて地味なクソダサドレス。


「……はぁ」


 本当はこのピンクのドレスでパーティーに出たかった。でもそれは許されない。王妃様が用意した伝統と格式のあるドレスなんですって、くだらない伝統ね。地味なドレスが着たいなら王妃様だけ着てればいいのよ。王妃様はいつも無駄に豪華なドレスを日替わりで着ているくせに! 


「リリエッタ様、朝食会場にてアルフォンス殿下がお呼びです」


「……はいはい」


 身支度と髪のセットが終わったら部屋に侍女が入ってきた。確か王妃様のお付きの方、どこかで聞いたことある声だった気もするけど、どうでもいいか。適当に返事をして鏡の前から立った。



 アルフォンス様があたしを呼んだのは、王族専用の会食会場。ここはアルフォンス様とカトリーナ様しか普段は使われない席。あたしもほとんど来たことはない。今日はパーティーだから特別に招いてくれたのかしら。

 二人しか座らないのに無駄に大きなテーブルの端の先に促されて腰を下ろす。アルフォンス様は向かいの端の席に座って既に何かを召し上がっている。待っててくれてもいいのにね。

 食卓の上にあったのはやっぱり草の皿。でも、ロードフリード様に食堂でお会いした後から、塩味のサラダにはスパイスとハーブのドレッシングがかかり、小さな雑穀パンも付くようになったの。

 ロードフリード様は約束通り王妃様に進言してくれたのね……嗚呼、本当にお優しい方。


「おはようリリエッタ、ついにパーティーだね」


 アルフォンス様は今日も麗しいお姿で微笑んだ。

 彼の前には美味しそうな白いパン、しかも黄金色のキャラメルソースがかかっている。

 それを丁寧にナイフとフォークで切り取って食べているお姿はやっぱり素敵。


「おはようございますアルフォンス様……」


 もっと見ていたいけど、あんまり人をチラチラ見てはいけないとマナー教師に言われたことを思い出したあたしは自分のサラダに手をつけた。


「わかっていると思うけど、今日は会場では余計なことは話さないで僕の隣でただ静かに笑って座っていればいいから」


「………」


「返事は?」


 アルフォンス様はフォークの先をこちらに向けてきた。そんなこと、あたしがやったらマナー講師から大目玉よ! 


「………はい」


 仕えている使用人たちが誰も注意しないから、あたしも大人しくおとなしく返事をした。





 食事の後あたしとアルフォンス様は一度だけダンスの練習をした。今日のパーティーではダンスのお披露目があるから最終確認ね。

 でも、なんとなくしっくりこなかった。アルフォンス様とのダンス、学園で婚約者だったエスメラルダ様の前で踊った時はすっごく素敵だったのに王宮にきてから一度もアルフォンス様の手をとって胸を弾ませたことはなかったの。

 どうしてかしら、歩幅も合わないし、本当に決められたステップを何も考えずに踏んでるだけ。

 今日のアルフォンス様は、ダンス中も一度もあたしのことを見てないような気さえしてきた。


「リリエッタ、本番では僕に恥をかかせないでね。……まぁ、カイルがくるから大丈夫か」


「?」


 練習後に控えていたメイド達に汗を拭わせて、乱れた髪を整えさせて、自分の分だけ飲み物を運ばせながらアルフォンス様は呟いた。


「カイル様が来るのですか?」


 懐かしい名前ね。エスメラルダ様の断罪会の時に勝手に怒って出て行ってからすっかり忘れていたけど、いたわねそんな人ってレベルの感想。

 もう記憶も朧げだけど、常におこりんぼな印象だったわ。


「母上にカイルはダンスの名手だから僕達のお祝いに特別に踊ってもらうことにしたと伝えてある。リリエッタもよく見ておくといい、僕を怒らせた人間がどうなるのか」


「………」


 カイル様がダンスが上手いなんて聞いたことないわ。何かの間違いじゃない?

 それなのに王妃様にそんなこと言ったら……。

 あたしは王妃様の冷たくて怖い目を思い出して自分のことのように怖くなった。

 なんか洒落にならないくらい、とんでもないことをアルフォンス様が企んでいるのだけはわかった。


「王妃様、怒らせちゃうんじゃないですか?」


「そんなの知ったことじゃない、無様なダンスを披露したあちらが悪いんだから」


「………」


 アルフォンス様は冷たく鼻で笑うと、さっさとダンスホールを去って行ってしまった。

 まあ、カイル様はなんでか知らないけどいつも不機嫌で怒ってるような人だし、あたしが同情する理由なんてないわよね。まぁ、どんまい(笑)




 お昼が来てまた同じ味の草を食べて、ついにパーティーに向けてお色直し。

 何度見てもテンションの上がらないクソダサドレスを着せられた。強制野菜生活のおかげか前に着た時よりもドレスのサイズが大きく感じたの。

 それでもやっぱりすっごく似合ってない。


「………」


「ではお次はメイクとヘアセットをします」


 前に会った時に怒らせた服飾係の女性が感情のない声で告げた。

 おでこをあげて、何世代前ですか? って感じの髪型にされる。あーあ、もうやめてよ仮装みたい。

 みるみるうちに変な髪型にされて、しかもメイクもあたしに似合ってないケバいメイクを施されていくの。王妃様がいつも塗ってるみたいな真っ赤な口紅、アイシャドウも全然似合ってないケバい色を雑にギラギラに塗られていって、あたしの可愛い顔がどんどん変な風になっていくの。


「ちょっと濃くないですか」


「王妃様の指示ですので」


「………」


 服飾係の人は冷たく言い切って、手を止めてくれなかった。



 クスクス……



 笑い声が聞こえてハッとしたあたしが鏡を見ると、後ろに控えていたメイドの人がこっちを見て笑っているのが見えた。


「(これ……嫌がらせだ……)」


 あたしは確信した。この人たちはきっとわざとやってる。今日はあたしが大好きなアルフォンス様とのお披露目パーティーなのに、なんでこんな酷いことをするの……


「目線を下げないでください、アイラインが曲がってしまいます」


 服飾係の人が冷たい声であたしに指示をする。

 顔を上げたら鏡の中のケバいメイクのあたしと目が合った。すんごい不細工。もう嫌だ!! こんな姿でパーティーなんて行きたくない、あたしを晒し者にして何が楽しいのよ!! 最低! こんな姿、アルフォンス様に見られて失望されたらどうしてくれるのよ!! 





「では、お時間まで此方でお待ちください」


 一通り支度が終わって服飾係とメイドの人が出て行った。残されたあたしは呆然とするしかなかった。


 似合わないドレス、変な髪型、ケバいメイク。

 この姿でパーティーに出るの? 罰ゲームなの?

 でもあたし、ヘアセットなんて出来ないから手直しもできない。メイクだって普段は淡いリップくらいしか塗らないからどうしていいかわからない……。


 頭の中が真っ暗になってあたしは絶望した。

 なんで、どうして、こんなことに!?

 あたし何も悪いことなんてしてないのに!! 


 気づいたら涙が出てきた。

 ああ、泣いたらメイクが崩れてさらに悲惨なことになっちゃう……もういいや、城から抜け出して家に帰ろうかな。なんかぜんぶどうでも良くなっちゃった。




「何それ、なんだか物凄く似合ってないね」




 不意に声がした。すっごく懐かしい声。

 ハッとして振り返ると、部屋の入り口に久しぶりに見る親友が立っていたの! 


「ソフィ!!」


「リリィ久しぶり。元気だった?」


「ううん! 全然元気じゃないよ! 無理やりダイエットさせられたりとか、ドレスも好きなの選ばせてくれなかったりとか! 王妃様に嫌がらせされたりとか!!」


 喧嘩別れしたソフィが久しぶりに姿を見せてくれたの。あれ? ソフィ、少し痩せたかしら?


「ソフィ! お城に戻ってきてくれたの?」


「親友の晴れの舞台の日じゃん。来るに決まってるよ」


「ソフィ……!!」


 ああ、嬉しくて涙が。

 相変わらず地味だけど、黒くていつもより高級そうなドレスを着たソフィは喧嘩前とかわらずに優しかった。

 ふふ、ソフィようやく機嫌を直して仲直りしにきてくれたのね。優しいあたしは許してあげることにするわ。


「ソフィきいて! こんな変な髪型とメイクにされたの! あたしこんな姿でパーティーなんて出たくない!」


「うん、滅茶苦茶不細工だよリリィ」


「でしょ!? 王妃様も王宮の服飾係もセンスないわよね……でもどうしようソフィ……」


「……パーティーの開始は何時?」


 ソフィは時計を睨みながら聞いてきた。何かあてがあるのかしら?


「えっと……開始時間は日没だからあと二時間くらい?」


「ちょっと役に立ちそうな知り合いを呼んでくるから待ってて」


「?」


 ソフィはそう言い残して一旦部屋を出て行った。




 そして、15分くらいで戻ってくる。

 何やら小箱を抱えたソフィとその傍には知らない男の子が荷物を持ってついてきていた。


「その子は?」


「オベロン家で私の身の回りの世話をしてくれてる従僕だよ」


 ソフィの言葉に合わせて男の子は丁寧に礼をする。黒い髪の物静かな灰色の瞳の男の子。(アッシュ殿下と同い年くらいかしら?)

 ソフィにこんな付き人がいるなんて初めて知ったわ。


「とりあえず化粧落として髪の毛ほどこう」


「えっ!?」


「化粧は私がやるから髪はクロがやって」


「承知いたしました。ソフィア様」


「えっ!?!?」


 驚いているあたしの横で、ソフィは化粧落としを含ませたコットンに使ってケバいメイクを落としていくの。クロって呼んでた男の子もガチガチにセットした髪を水拭きで解いて元に戻していく。

 い、いいのかな? 勝手に直しちゃって……。


「何か言われたら私のせいにすればいいよ、さて髪型やメイクのリクエストはある?」


 あたしの顔に化粧水を塗りながらソフィアが尋ねた。先ほどの服飾係の人より手際が良く感じる。


「お花をあしらった巻き髪!!」


「流行りのやつだね、了解」


 ソフィは二つ返事で答えると、持ってきた小箱からかわいいお花のヘアアクセサリーを取り出した。

 ピンクで春に咲くみたいなお花がとってもかわいい! 


「クロ、そのようにやって。できるだけ急いで」


「承知いたしました。ソフィア様」


「(さっきからこの子、それしか言わないけど大丈夫かしら……)」


 あたしは少し心配だったけど、杞憂だった。

 クロさん(?)は、ソフィと同じくらい手際よくあたしの髪を可愛く巻いてくれたの。

 男の子なのに、めっちゃセンスが良いみたい。


「メイクは髪飾りに合わせて春のイメージでいい?リリィは真っ赤な口紅より可愛いピンクの方が似合うよ」


「うん……うん! さすがソフィ! その通りよ!」


「アイシャドウはピンクベージュ、チークもリリィにおすすめするのはピーチピンクかな」


 あたしの好みのストライクな色を選んで的確にメイクをしてくれるソフィ、ああ、鏡の中のあたしがどんどん可愛くなっていくのが見える。

 ドレスはクソダサのままだけど、髪とメイクがマシなだけでこうも気分が違うのね! さっきまでの絶望感が一気に消えていくわ。

 一時間もしないうちに、かわいい流行の巻き髪で、あたしにとっても似合うメイクを施された次期王妃のあたしが鏡の前に立っていたの。


「どう?」


 メイクボックスに使った化粧品を片付けながらソフィアは楽しそうに聞いてきた。


「最高! これならあたし、パーティーに出れそう」


「ふふっよかった。じゃあ私は一旦帰るね、叔父様とパーティーに参加するからまた後で」


「……ソフィありがとう! クロさんも!!」


 せっかくきたのにもうお別れなんて寂しいけど、ソフィも参加するならいろいろ準備があるのかしらね、あとで会場で会ったら改めてお礼を言えばいいか! 


 鏡をもう一度見る。うん、やっぱり可愛い! 

 このあたしならアルフォンス様もきっと喜んでもらえるよね! やっぱり便利な親友っているといないとでは全然違うわ! まるで絵本の中のお姫様を助ける魔法使いのおばあさんみたい! 


 ふふっ、ソフィが一ヶ月以上もあたしの前からいなくなってたことはこれに免じて許してあげよっと。あたしって本当にやさしいわね! 








 ─────────……





「よろしいのですか」


「何が」


「リリエッタ様のお姿を勝手に修正して、王妃陛下にどう思われるか」


「知らない。いいんじゃない?」


 コツコツとヒールを鳴らしながらソフィアは無感情な声で従者の問いかけに答えた。

 荷物を全てクロに持たせてソフィアは髪を指先で弄りながらほくそ笑む。


「最初で最後のリリエッタの晴れ舞台だもの、好きな風にすればいいじゃん」


「………」


「私には関係ない。心の底からどうでもいい」


「………」


 ソフィアはそう言い切ると、通路を早歩きで足を進め、その背中を追うクロも灰色の瞳を伏せて無言で主人に付き従った。


 二人の顔には、先ほどまで暖かなやりとりをしていたリリエッタに向ける情は、ほんのひとかけらも存在などしなかった。



推しに会えたから、ソフィちゃんはかなり機嫌がいい

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