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奔走編 修道院③

 




 突然の再会者を名乗るシスターはエルにそっと抱きつくと、そのままポロポロと真珠のような涙をこぼした。


「えっ、えっとごめん!泣くほど?」


「はい、エスメラルダ様……お会いできてわたくしとても嬉しくて……」


「ちょっと心当たりが曖昧なのだけど……三年前、もしかして避暑地の帰りにあった人かしら?」


「いいえ、あれは小雪の舞う初冬の頃でした」


 策略かもしれないと思ったエルは、さらっとカマをかけてみたが、真摯な眼差しのシスターはエルの罠にひっかかることはなかった。


 王妃教育や自己研鑽で忙しかったエスメラルダには、避暑にバカンスにいく余裕などないのだ。


「申し遅れました、あの時は助けていただいたままろくにお礼もせず大変に申し訳ございません。わたくしはセラフィナ、聖ルチーア教会の聖職者を務めております。あの日、賊に襲われたわたくしを助けていただいたロデリッツ公爵家の家紋は生涯忘れはいたしません」


 セラフィナと名乗る女性はそう名乗ると恭しく礼をした。

 貴族令嬢にも劣らぬほど、その動作は美しい。


「あなた、……えっとセラフィナだっけ?どうして助けたのが私ってわかったの?あの時と髪の色とか変わっているけど」


「エスメラルダ様の瞳の色が、この胸に刻まれております。わたくし、先ほど司祭様とお話しされているところを見てすぐに神託がおりました」


「そうなの?カイルも私だってわかったって言ってたし、髪型だけじゃ案外隠せないのかしら」


 金髪の長い髪から、いまの短髪の黒い髪になったことで、自己評価では変装できている判定だったのだが上手くはいかないようだ。


「何やら深い事情があるご様子ですね。ジュリエット様とお呼びした方がよろしいですか?」


「うーん、そうね。できたらそうして欲しいかな」


「承知いたしましたジュリエット様。お寛ぎのところ申し訳ございません、わたくしはご挨拶ができとても満たされました。ご滞在中にお困りのことがございましたらなんなりとお申し付けください」


 セラフィナはそう言って丁寧に頭を下げると静かに部屋を出ていった。







「そのような過去があったのですね、心当たりはあるのですか?」


「あったり……なかったり?」


「なんだそりゃ」


 その後、夕食の時間に招かれてエルたちは修道院に暮らす孤児たちと夕食を取ることになった。

 配膳係にはセラフィナの他にも複数のシスターがいて、どの女性も優しそうに微笑んでいた。


 というか、エルとレオンに向ける微笑みが明らかに慈愛に富んでいた。



「(私たち結構ヤバめの嘘ついたんじゃない?結婚を強要されたりして)」


 エルの小声に、咀嚼中であったレオンが喉を詰まらせたらしい。

 盛大に咽せた。


「(……オレ知らね)」


 カイルは散々踏まれた足の痛みを思い出したのか、咽せるレオンに冷ややかな目を送る。

 先ほどの仕返しと言わんばかりだ。




「おねえちゃんたちどこからきたの?」


 ずっとこちらを興味津々で見ていたが幼い女の子が、エルたちの会話が終わったのを話しかけていいタイミングだと捉えたのか、声をかけてきた。


「私は王都からきたのよ、王都ってわかるかしら」


「おーと?わかんないや」


「ぼくたち生まれた時からここにいるんだよ。山のふもとにある町くらいしかわかんないの」


 女の子よりすこし年上に見える、エルの前の席に座っている少年が屈託ない顔で答える。


「そうなんだ……」


 外の世界を知らないことは珍しくはない。

 エルだって、最近まではほとんど王都の外の世界を知らないで過ごしていた。

 彼女にとって世界のほとんどは、学園と屋敷と王妃教育で通っていた王宮のみなのだ。

 少年にとって、それが孤児院も兼ねている修道院と山のふもとの町にかわっただけである。

 少年もエルも世界を知らないことに大きな変わりはない。




「シスターたちがいるからあたしはさみしくないんだよ、おねえちゃんは?おにいちゃんたちがいるからへいきなの?」


「……そうね」


 少女の無垢な問いかけに、エルは考えるようにレオンとカイルを見た。


「私も二人がいるから、そんなにさみしくないわ」


 エルの狭い世界にいた頃は、これより多くの人々に囲まれてはいたがエルとレオンの三人で生活している今の方がずっとさみしさをかんじる頻度は低かった。




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