表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
185/248

饗宴編 ミルリーゼのおともだち①

 




 王都、平民街。


 様々な商店が立ち並ぶ商業エリアの一角にブラン商店の総本店があった。

 ごく普通の平民の利用する商店で、ミルリーゼが旧都で経営していたような趣味に走った商品の並ぶ異質な店舗では決してなくごく普通に一般的な雑貨がごく普通の物価で並ぶ店だ。

 同じような雑貨店が他にも通りにあるせいか客足が多いわけではないが、極端に少ないわけでもなくごく普通だ。

 そんなごくごく普通のブラン商会総本店の2階は、さまざまな衣服が並ぶ服飾店となっていた。

 ブラン商会は芸術とファッションの都、旧都から移転してきた店なのでその頃のツテを利用して旧都の馴染みから仕入れた服飾雑貨を王都に流通させ貴族や平民の富裕層に喜ばれていた。

 またブラン商会としても服の仕立てや補修などの仕事を行なっていたので正直な話、1階の雑貨店より売り上げが良いくらいである。


 その服飾店で仕立て屋として働くメイスは、しばらく店を留守にしていたのでその間に溜まっていた仕事の依頼を確認しながら腕を鳴らした。


「よっしゃ!やったりますか!でも最優先はセラフィナちゃんのドレスやな!!」


 彼女は腰まで伸ばしていた明るい茶色のロングヘアを肩くらいの長さまで切っていた。些細な変化だがそれをソファで座って見ていたミルリーゼは不思議そうに尋ねる。


「髪の毛どうしたの?ロングヘア気に入ってたじゃん」


「ええやんセミロングも似合うやろ」


「もしかしてパパになんか言われた?」


「旦那様は優しいからな、こないだのオズの旦那の件、やらかしたんでケジメつけるって言ったら形式だけ、髪を切るだけでいいって言ってくださったんや」


「何それずるい!!ロッドと扱い全然違う!!」


 メイスは商会にとって従順な稼ぎ頭だ。そして騒動のきっかけとなったミルリーゼへの過度な忠告もミルリーゼの父のブラン子爵としては納得の行く発言だと取られたのだろう。

 与えられた措置は、彼女の弟が受けたものに比べるとかなり軽いものであった。


「ウチ、ミルリーゼさま殴ってへんもん。多分それが一番大きいで」


「ロッドの馬鹿野郎!パパは僕が傷つけられるのを一番嫌うのになんで殴ったんだよ!!誰も得しないのに!!」


「あの子はな〜、黙ってりゃええのに素直に言っちゃうしちょっと真面目に育ちすぎやで」


 メイスは店の棚から布を選びながら苦笑した。

 ブラン商会は厳しい掟によって規律を保たれて一定のルールのもとに団結している。

 商会主であるブラン子爵は、配下となる構成員の面倒を見る一方で娘のミルリーゼへの危害を何よりも許さなかった。


 メイスの弟であるロッドは、過去にミルリーゼを諌める為に彼女を叩いて静止させた為、ケジメとして左手の爪を全て剥ぐというとても恐ろしい罰をうけたのだ。


 それでも平民の彼が貴族の令嬢にいかなる事情でも暴行をした件の罰と考えたら『相応、むしろ軽い』と受け入れ、その傷も幸いにも重傷化することはなく現在ではゆっくりと再生しているらしい。


「……ちなみに彼氏のことはなんだって?」


「旦那様は笑ってたけど、お兄ちゃんが泡吹いて倒れはったわ」


「ヤバ、その現場僕も見たかった」


 布を選び終えたメイスは、型紙に合わせて裁断を始める。ミルリーゼと話しながらも手際は丁寧で正確だ。


「ただ、『挨拶に来い』だって。旦那様、ウチの親代わりとしてガレスはんの顔が見たいんやそうや」


「あの馬オタク、大丈夫かな……パパの顔見て引かないかな」


「ウチはガレスはんを信じるで、旦那様はちょっとコワモテだけど心はとても立派な方や!きっと大丈夫!」


「まあ、メイスたちの問題だから僕はコメントは差し控えるよ」


 作業をするメイスを眺めながら、ミルリーゼは欠伸をした。

 数日前に王都に戻ってきてから彼女は実家には帰らずにブラン商会の店舗で寝泊まりをしている。

 ただ父親のブラン子爵にはひっそりと会いに行った。母親が寝ている深夜の時間帯に父親の仕事の事務所に顔を出して一年振りの再会を果たしたのだ。


 そして、ものすごく怒られた。


「パパの拳骨、痛かったな……」


 娘を溺愛しつつも一年以上もの間、勝手に家を飛び出した娘への父親の愛は痛かった。それでもブラン子爵は最終的には娘の家出を許して帰宅を受け入れたのだ。


「奥様には会わんでええの?」


「今会ったら、家に閉じ込められちゃうよ。ママは怖い。パパの何倍も」


「………パーティーが終わったら奥様に顔を見せてあげてくれへん?奥様もミルリーゼさまがいなくなってから憔悴しておられるんや」


「………」


 ミルリーゼは黙って小さく頷いた。





「エルたち早く来ないかな、いつ来るのかな」


 ミルリーゼはガラハッド辺境領でお別れした親友を思って呟いた。

 彼女たちももうすぐこの街に来るだろう。

 落ち合う場所は、辺境伯のタウンハウスだとあらかじめ辺境の街で別れる際に約束をしている。


「みんな元気かな?僕がいなくて寂しがってないかな?」


「うるさいミルリーゼさまがいなくて、清清したとか思われてるかもしれんですよ?」


「もー!メイスの意地悪!!パパに贔屓されてるからって調子に乗るなよ!!」


 悪戯っぽく笑うメイスにミルリーゼは頬を膨らませて不満の意を表明した。その動作が微笑ましくて思わずメイスは顔を綻ばせる。


「ごめんごめんお嬢さん、冗談やから怒らんといて……せや、お嬢さんが王都にいない間に新しいスイーツ店ができとるで、お小遣いあげるから買ってきたらどうや?」


「僕を懐柔したってそうはいかないよ!……で、お店の場所を聞こうか?」


「行く気満々やないか!」


 メイスはノリノリな主人にツッコミを入れてから、エプロンのポケットから財布を取り出すと数枚の銀貨をミルリーゼに握らせる。


「値上がりしてたらお嬢さんの分だけでええで、辺境の物価に慣れてるから金銭感覚がおかしいんや」


「その時は僕からも出すよ、今日のおやつにしよう」


 メイスはここ数日禁酒を続行しているので少し懐に余裕があるのだろう。本人曰く『セラフィナちゃんのドレスが完成するまでは一滴も飲まん!!』と言い切っていて、珍しく禁酒生活は続いているのだ。


「辺境にいるうちに、ドレスのパーツは作っておいたしあと少しの辛抱……禁酒した後の酒が世界で一番美味いからな。嗚呼……想像しただけで身体が震えるで」


「メイス、いくらうわばみだからってお酒は程々にしてね」


「それはできへん話や、すまんなあ」


 外出の準備をしながらミルリーゼは身悶えるメイスにそう言い残して部屋を出た。







 ─────────……



 王都の大通りを走る黒い馬車。


 旧都から王都に来る叔父を迎えに行くためにその馬車は約束の場所に向かっていた。

 なんとなく見た窓の外、たくさんの人が歩く平民街の商業地区。


「ッ!」


 人の隙間にちらりと見えた白銀の三つ編み、小柄な背丈。

 目を疑って瞬きをする、そして見えたその横顔、冬の空のような色の瞳。


 その人物を絶対に見間違えるわけがなかった。



「馬車を止めて、早く!!」



 御者にあわてて指示をする。

 いっそ能力を使って強制停止させようとすら思ったほどに手に汗を握った。


 半ば強引に止まる馬車、あわてて扉を開けて介助も待たずに飛び降りた。



「……ゼ………リゼ!!」



 ドレスを翻して、高いヒールで走った。

 人混みの向こうにいると確信したあの少女の元へ、


 ソフィア・オベロンは瞳を輝かせて、夢を抱く少女のように全速力で駆け出した。




 ─────────……






「リゼ!!!!」



 街の中で懐かしい声に呼び止められて、ミルリーゼは足を止めた。

 嫌な予感がした、ミルリーゼは精一杯平常心を保って立ち止まり、深く深呼吸をした。


 体中がバクバクと脈を打ち、全身から冷や汗が吹き出した。



「リゼ……僕だよ!わかる?」


「………」


 振り返った。


 人混みの向こうから駆けてきたと思われる、ミルリーゼの旧友が、あの頃と変わらない微笑みを浮かべて立っていた。







そもそもメイスさんはミルリーゼちゃんの罰(馬オタクと結婚しろ、禁酒)も受けてるから子爵への報告もケジメも本来は必要ないのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ