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饗宴編 王都凱旋①

 




『オズさん、王都についたら時間のある時でいいんでブラン子爵邸へ向かってください。旦那様が直接お会いしてお話したいとのことです』





 順調に王都へ続く街道を進む馬車の中、オズは煙管の先を咥えながら出発の際のロッドの言葉を思い出していた。

 おそらくだが少し前にミルリーゼに依頼した仕事の件と見て間違いはないだろう。


「(情報屋さん、思ったより仕事が早いじゃん……でも流石にお嬢様のお仕事が優先かね)」


 オズはさりげなく目線を前の席に座る少女に向けた。これから彼女は、復讐の舞台となる王宮へ乗り込むのだ。一応雇われの身であるオズは今はそちらに集中すべきだろう。


「……オズ、タバコを吸いたいならカイルの許可をもらってからにしてもらえないかしら?」


「窓を開けて吸うなら構わないぜ」


 オズの視線に気づいたエルが控えめに声をかけた。オズが無言で煙管を咥えていることに気遣ってくれたのだろう。彼のベビースモーカーっぷりを知っている彼女は禁煙を強いたりはしないし、カイルも同じだ。

 オズの胸中を知らない若い二人に苦笑しつつもどこかほっとしながらお言葉に甘えて窓を開け煙管に火をつけた。

 この二人はオズがミルリーゼに情報屋として仕事を頼んだことはまったく知らないので、ロッドと出発際のやり取りを見てもただの顔馴染みの別れの挨拶としか思われていないのだろう。


「………」


 唯一、情報屋への依頼の件を知っているレオンはオズの雰囲気の変化をどこか察しているようだが彼は何も言わずに腕を組んだまま沈黙を貫いている。

 こちらが何か話すまでは、法に触れない以上は関わってこないスタンスを貫くつもりなのだろう。

 今のオズにはその距離感がとても有り難かった。


 ただ無言で煙を燻らせる。

 何となく心境は裁判を受けて判決を待つ被告人の気分であった。





「坊ちゃん、前方に何かいます!」


 ガラハッド領から少し出て山沿いの街道を走っていると、運転席に座るガラハッド家の老齢の執事から突然声がかかった。

 ちょうどオズは喫煙のために窓を開けていたので確認すると何か大きな影が街道の真ん中で不気味な動作で蠢いていた。


「魔物か!?」


 反対側の窓を勢いよく開けたカイルも慌てて前方を確認して、前方で蠢く巨大な黒い影を見る。


「街道なら大丈夫だと思ったのだけど……」


 カイルの後ろから顔を出しながらエルは苦々しく呟いた。

 街道沿いは、一定区間毎に存在する騎士団の検問や兵士のいる関所の影響で人目にはつくが魔物の出現率がかなり少ない。だが絶対に出現しないと言い切れるわけではなかった。

 治安の乱れたこの国では、街全体を覆う巨大な対魔の結界のある王都以外ではどこに魔物と呼ばれる凶悪な生物が出現してもおかしくないのだ。


「……馬車を迂回して逃げられそうか?」


「難しいと思われます」


 カイルは運転席にいる執事の男性に問いかけるが、前方の魔物はすでにこちらの物音に気づいているのか蠢く影の中から見える赤く光る無数の目がこっちを向いている。迂回したところで追いかけてくるのが分かりきっていた。


「ねえ、レオン。あの赤いたくさんの目と蜘蛛みたいな形……もしかして」


「エル様よく覚えていらっしゃいましたね。そうです。魔将蜘蛛です。初めて辺境に行った時に出会した個体と同一かはわかりませんが、危険度は同クラスかと」


「嫌な再会ね」


 エルの言った通り、その魔物は巨大な身体の猛毒蜘蛛の魔物だ。屈強な騎士団が集団戦闘で何とか倒すとても凶悪な魔物で、記憶では無数の目は昼間はほとんど見えず物音で周辺を察知するとの話だ。

 そして、一度追いかけられたら捕まるまで執拗に追い続ける脅威の執念深さを持つ魔物だ。


「馬に静かにしろって言うのも無理だし、多分もう気づかれてる。猛スピードの馬車なら逃げ切れるかしら?」


「エスメラルダ様、申し訳ございません。馬の消耗が激しいのであまり早足をさせたくないのです」


「これからの旅路を考えたら馬を手放すわけにはいかないのね…」


 申し訳なさそうな執事は一旦馬を止め停車すると、乗っている面々を振り返った。


「カイル様、私が囮となりましょう。皆様方は徒歩でその隙に安全圏まで避難してください。よろしければ馬も連れて行ってやってください……この子まで魔物の腹に行く道理はありません」


「そんな!!」


 執事の男性は馬の接続具に手を伸ばして外そうとするので慌ててカイルが諌める。


「爺さんダメだって!!みんなで徒歩で逃げよう!オレおぶって走るよ」


「執事殿、カイルの言う通りです。あなたを犠牲にしたら送り出してくれた辺境伯閣下に合わせる顔がありません」


「ですがあの大型の魔物相手に被害を最小限に済ませるにはこの方法が確実で……」


「倒そうか?」


 カイルとレオンが必死で逃げる時間を作ろうとしてくれる執事を説得する隣で煙管を吹かせながらオズは軽い口調で問いかけた。

 二人はもちろん、ことの顛末を黙って見守っていたセラフィナも驚いたような顔でオズを見た。


「倒す……?」


 怪訝な目をしてエルは尋ねる。


「お嬢様が魔力貸してくれたら多分いけるぜ」


「あなた前にあの化け物と会った時『対処する魔法はない』って言ってたじゃない!!」


「『いい感じにどうにかする魔法』は、な」


 オズの発言に慌てたエルに皮肉な物言いで返しながらもオズは馬車内に立てかけてあった杖を手にして、エルに手を差し出す。


「お嬢様、魔力貸して。あんたの魔力込みなら多分やれるよ」


「………」


 エルは柄にもなく真面目な顔の魔法使いの提案を少し考えてから、神妙な面持ちで頷いた。

 エルの魔力量は膨大だ。本人はほんの小さな魔法を先日ようやく扱えるようになった程度だが、この魔力を使ってオズの魔法が炸裂したらあの恐ろしい蜘蛛の魔物も本当に倒してしまえそうな説得力があった。



「……オズ殿、エル様をお願いします」


 己の剣では、巨大な魔物の相手は無理だと悟っているレオンが馬車の外に向かうオズの背中に声をかけ、深く頭を下げた。

 その隣でカイルは運転席にいる執事に手を伸ばす。


「爺さんも、馬車の中に入って避難して」


「申し訳ございません坊ちゃま……」


「………」


 その執事と入れ替わりにセラフィナは、巨大な魔物に向かうオズとエルの背中を追いかけるように外に出た。


「セラフィナ!危ないって!!あんたも中に」


「………」


 聞こえているはずのカイルの呼び声を無視して、セラフィナは二人と馬車の間に立った。

 手を組んで何かを唱えている彼女の様子を確認してから、オズは密やかにほくそ笑んだ。


「……察しが良い女だ」


「………セラフィナ」




 魔将蜘蛛は静かに近寄ってくるオズとエルに警戒の目を向けて、威嚇なのか言葉では表現できない奇声をあげている。

 鉄板を釘で引っ掻いたような音に近寄るだけでエルは耳を塞ぎたくなった。そしてどこか前に追いかけっこをした時よりも異常に興奮しているような印象を持った。


「最初の授業だな、お嬢様。魔法はイメージだ、難しいことを考えないで頭の中で想像すりゃいい」


「いきなり言われても難しいわね。どんな想像?」


「例えば、巨大な火球が炸裂してこのあたりを全て飲み込むイメージ」



 ──────【魔法創作マジッククラフト



 オズはエルと発生させている魔力共鳴を利用して、新しい魔法を創作クラフトした。

 爆発魔法は得意なのですぐに作れた。炎の魔法、風の魔法、圧の魔法。組み合わせて想像する。

 巨大な火球、地獄のような灼熱の業火にてすべてを焼き尽くす災いの魔法。


 オズだけの力では実現は不可能だった。

 だが、エルの身体に溢れる膨大な魔力なら実現は可能だった。彼の中で、新しい魔法の原理は一致した。


「………熱い!……何っ」


「ごめん、手を離さないでお嬢様。暴発する」


「わかったわ……」


 共鳴する魔力がその量の多さに熱を持ったのだろう。思わず声に出たエルにオズは優しく制して、それに答えるようにエルはオズのささくれだった手を強く握り返した。


 魔将蜘蛛はついに動きだし、ポタポタとヨダレのような銀色の液体を口から垂らして二人に向かいその無数の棘の生えた鋭利な爪を向けようとした。


「……よく見てなお嬢様、魔法使いの戦い方を!」


 オズの言葉を聞き、エルは目を逸らしたくなる衝動をなんとか耐えた。

 少し触れただけでも生命には猛毒だと聞くし、捉えられたら死ぬまで養分だという恐怖はエルの脳裏を埋めた。だが決して目を離さない。


「……わかった」


 エルは強く魔法使いの手を握りしめて、こちらに向かってくる凶悪な魔物を見据えた。

 魔力を共鳴させる掌の温度は更に熱を上げて、指先が痺れてジンジンするほど熱くなる。

 毒々しい爪先がエルに触れそうになったその瞬間、眩い閃光が辺りを包み込んだ。




「<業炎>」




 オズは短くそう呟くと巨大な蜘蛛の体を覆い尽くす残酷なまでに赤い炎を蜘蛛の体に放った。

 周囲の空気すら焼き焦がす超高温の熱線が蜘蛛の体に突き刺さり、一瞬でその身体はみるみるうちに真っ黒な炭へ変貌するのを至近距離でエルは見ていた。

 オズ側にどんどん魔力を吸い尽くされる感覚に身体がふらつくが、こんな魔法が暴発したらひとたまりもないと思ったエルは必死にオズの手を掴む。


 炎は炭と化した蜘蛛の体を中心に収縮し、次の瞬間、爆ぜた。術者のエルとオズには薄い膜がかかり爆発に巻き込まれることはなかったがその勢いは凄まじく後方の馬車にまで危害が加えられるのかと思い焦ったエルは振り返る。


「セラフィナが結界張ってる。大丈夫だ」


 オズの言う通りだった。

 ある程度の距離はあるとはいえ爆発の巻き込みを喰らいそうな位置にあったガラハッド家の馬車の前に立っているセラフィナが馬車を護る魔法を唱えたようだ。

 エルから見た限りでは馬車に大きな異常はなかった。


「……凄いわね」


「指示する前に出てきてくれた。勘のいい聖職者様だよ」


「あなたもよ、オズ。あんな強敵を一撃で倒してしまったわ」


「お嬢様の魔力があったからできた。俺一人じゃ無理だ」


 爆発によって起きた土煙が晴れ、もうボロボロの蜘蛛だった真っ黒な残骸と爆発の威力を物語る大きなクレーターしか街道の上にはなかった。

 魔物は魔力に意思を乗っ取られた危害を加えてくるだけの生物、倒すことになんの同情もない。少しでも情を向けたら向こうはこちらを害してくるのだ。


 エルは改めてそれを認識するとようやく張り詰めていた糸を解いた。


 ぺたりとその場に座り込み体を震えさせる。

 まるでものすごくお腹が空いている時のような飢餓感に襲われた。


「お嬢様の魔力使い尽くしちゃったかも、ごめんね」


「気にしないで。でも、こんなの初めてよオズ。凄い魔法だった……私の魔法の先生は最強ね」


 オズはチラリと見ると馬車からレオンが出てくるのを見えたので慌てて手を離す。あの男が必要以上に彼女に触れることを許すはずがないと確信していたからだ。

 そして前方を見る。

 先ほどまで気づかなかったが、蜘蛛の通ったと思われる後方の道の上にキラキラと光る何かが撒かれていた。


「………」


 近寄ってそのキラキラに杖を向けて再度確認する。杖に宿っている微かなオズの魔力に反応するように粒は強く光を放った。


「……元は山の中にいた魔物なのに、なんで街道にいたのか不思議だったんだけどなるほどな」


「……オズ?」


「誘導剤が撒かれてる。こいつは誘き寄せられたんだ」


 オズは確信したような口ぶりで吐き捨てた。

 何者かの害意を表すかのように、誘導剤だとオズが睨んだ小さな粒は街道の煉瓦の道の上で冷たく光った。


魔法使いさん前回遭遇した時、めちゃくちゃ二日酔いしてたから話半分も聞いてなかったんですね


すみません、予約投稿できてませんでした。

次更新は明日の正午になります。

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