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饗宴編 さようなら辺境の街

 




 日差しもだいぶ柔らかくなり、街を覆っていた厳しい冬の名残も溶け、春が本格的に近くなってきたガラハッドの街の外門にひときわ豪華な馬車が停まっていた。

 辺境伯家の家の紋章が飾られたその馬車は、カイルの家が用意したものであった。


 御者として老齢な紳士が運転席に座り道筋を確認している。ガラハッド家の執事をしている男性だ。

 これからこの馬車はエルたちを載せて王都アステリオンへ凱旋するのだ。



「ついに、いよいよね」



 門の先の山々を睨みつけながらエルは立った。

 数ヶ月の辺境での楽しい思い出を胸に彼女はあの山脈の向こうにある因縁の地へと挑むのだ。

 この数ヶ月、穏やかで楽しいことも沢山あったが、エルはダンス指南の時間の合間を見つけては剣の腕を上げ、魔法の種火を貰い、仲間たちにエルの持っている知識を授けた。

 冬の始まりにこの街に来た時よりもエルたちの力は大幅に増している気がした。


「エル様、どうか油断はなさらないように」


「ええレオン勿論よ。あいつらをギッタンギッタンにするまでは慢心はしないと誓うわ」


 隣に寄り添う従者の声にエルは力強く頷いた。

 油断など絶対にしない、絶対に復讐すると誓った相手は三人。リリエッタ、アルフォンス、ソフィア。あいつらの泣き顔を見るまでは絶対にエルは止まらない。


「まずは最初にアルフォンスをぶん殴る!私とカイルで一発ずつよ!ねえ、カイル」


「勿論。あのアルフォンスの寝ぼけたままの目を覚させてやるのも友達の役目だな!友達はもうやめたけど元臣下としてあいつの暴走を歯止めが効くうちに止めるんだ!」


 カイルは拳を握ると宙に向かって力強く殴る真似をする。

 その勢いで殴ったらお美しい王太子の顔がすごいことなると思ったが、いっそ「なれば良い」とエルは笑うことにした。



「エルさん!!!」



 出発時刻を待つエルの背中に向けて、名前を呼ぶ声がした。振り返るとブラン商会のエプロンをつけたカイルの妹のエリザベートの姿が見えた。

 以前、この街を旅立ったときは大泣きしてエルを引き留めた彼女だったが今日は涙一つ溢していなかった。


「ベティ、こんにちは。お見送りに来てくれたのかしら」


「勿論、アタシの大切なお友達の出立だもの。胸を張ってお見送りするわ」


 ベティは駆け寄ってエルの手を掴むとそのままにこやかな笑顔を向ける。


「頑張ってエルさん!アタシここでみんなの無事をお祈りするわ!全部終わったら帰ってきて面白い話をたくさん聞かせてね」


「ええベティ、約束するわ。私はあいつらにぎゃふんと言わせたら武勇伝を聞かせてあげる。それにね、あなたの教育係にならないかって話……私なりに前向きに考えているつもりよ」


 エルの言葉にエリザベートは目を丸くして、はにかんだ後に力強くエルの手を握り勢いよく上下に振った。


「うん!うん!!賛成!アタシ、エルさんからマナーを習いたい!」


「エルの教え方は鬼畜だぞ。ベティ、覚悟しておけよ!」


 無邪気に喜ぶ妹に、兄は苦笑しながら冷静にコメントする。


「何よバカ兄貴!それは兄貴が悪いのよ。優しいエルさんが鬼なわけ……」


 そこでエリザベートは言葉を止めた。どうやらダンスレッスン中に降臨していた冷徹な鬼教官エルの姿を思い出したのだろう。

 握っていた手をおもむろに離すと、そろそろと後退りをはじめた。


「ベティ……?」


「エルさん、とりあえず無事を祈るわね。未来の話とかは全部終わった後がいいと思うわ」


「えぇ、そうね。ベティいろいろとありがとう」


 エルは鬼教官の影は微塵も感じさせない優しい微笑みを浮かべると年少の友人の髪を優しく撫で、そのまま親愛のハグを交わした。

 二人の少女が穏やかに別れの挨拶を交わす場に、新たな人物が訪れる。ベティと同じブラン商会のエプロンを身につけたロッドであった。


「あら、ロッドさん!」


「こんにちは、俺も見送りに。皆さんお気をつけて……どうか御武運を!」


 店があるので当然なのだが彼はこの街に残ることを選択したらしい。ここ数日間、王都にエルたちより先に旅立ったミルリーゼの世話から解放されたロッドの表情はとても安らいだ顔をしていた。


「ロッドさん、あなたにもたくさんお世話になりました。王都でリゼに伝言したいことはあるかしら?」


「あ……じゃあ『わがままはほどほどに』とだけ」


「ふふっ了解よ。リゼ、ロッドさんがそばにいなくて寂しがっているんじゃない?あの子にとってあなたはお兄さんみたいな存在なのでしょう?」


 旧都からの旅路でミルリーゼは何かにつけてロッドの側に引っ付いていたし、商会の店を手に入れてからは本当の家族のように彼と彼の姉と共に暮らしていたのだ。

 エルが知っている以上に彼らの親交は深く、家族といっても過言ではないだろう。


「どうでしょう。ミルリーゼさまにとって俺は便利な子分としか見られていないと思います」


 エルの言葉に少し嬉しそうにしながらも、それを隠すようにロッドは皮肉に返した。


「そうだエルさん、もう一人いらっしゃるのですが」


「?」


 ロッドはそういって、少し離れたところで立っていた男性をこちらに呼んだ。

 エルには見覚えのない男性で、北の民の多い屈強なガラハッド領の成人男性の中では珍しく、スマートな佇まいの理知的な印象だった。


「ガレス!お前も来てくれたのか」


 彼の姿に気づいたカイルが真っ先に反応した。

 カイルと話をしていたエリザベートも面識があるのか軽い礼をした後、親しげな目線を送っている。


「辺境伯閣下の騎士団の副官の方ですよ」


 隣に立つレオンが現れた青年を簡潔に紹介した。

 彼も面識があるのだろう、近寄ってきた彼に会釈をする。


「エスメラルダ様、この場を借りてご挨拶することをお許しください。私はガラハッド騎士団副団長のガレス・ノートンと申します。この度は王都へ旅立たれるとお聞きして騎士団を代表してご挨拶とお見送りに伺いました。道中の安全と、王都での健闘を心よりお祈り申します」


 ガレスと名乗った青年はそう丁寧に一礼をした。

 その動作は騎士道を体現しているかのように綺麗に乱れなく整っていた。


「ガレスは親父の一番の部下なんだ。だからある程度こっちの事情を知ってるけどガレスは信用できる奴だから安心してくれ」


「私が騎士団で辺境伯閣下の仕事をした際にある程度、事情を共有しました。ガレス殿の誠実性は私からも保証します」


 こちらに対して『エスメラルダ』とエルの本名を初対面で告げるガレスに少し驚いたが、すぐに近くにいたカイルとレオンが彼のフォローをした。

 ガレスの上司であるガラハッド辺境伯もエルを本名で呼ぶので、部下である彼も本名で呼ぶことに違和感はない。

 彼の誠実さは、短いやり取りからひしひしと感じるのでエルは深く追求しないことにした。


「二人がそう言うなら私からは特に言うことはないわ……それより気になっていたのだけどガレスさんって、メイスさんの例の彼氏のガレスさん?」


「…………っ!!」


 どうやら図星らしい。メイスの話題を出した瞬間、先程までガラハッドの騎士らしく誠実な表情を浮かべていた青年の顔が一気に赤くなる。


「あら、ガレスさん顔が真っ赤だけど」


「…………メイスちゃんとは良いお付き合いをさせていただいております」


 ガレスは目を遠くに逸らしながら蚊の鳴くような声でつぶやいた。茹で蛸のように赤くした顔が先程までの凛々しい騎士と同一人物とはエルにはすぐには思えなかった。


「おいガレスいい加減慣れろよ。メイスさんと結婚するんだろ?」


「(メイス嬢、ガレス殿に『ちゃん付け』で呼ばせているんだな……)」


「……ガレスさん、大丈夫ですか?」


 カイルとレオンはふにゃふにゃになった年長の男性にそれぞれの呆れた目を向けて、ロッドは心配そうに姉の恋人に尋ねた。

 エルの知らないところで着々と出来上がっていた人間関係に苦笑しながらも、穏やかな辺境の街に根付いていく人の繋がりにどこか暖かさを感じてそっと微笑んだ。


「エル様、お待たせしました」


 そこにガラハッド邸に残っていたセラフィナが大きな荷物を持ってやってくる。隣には共に見送りに来たと思われるガラハッド夫妻の姿もあった。


「辺境伯閣下!奥様も!」


「楽にしてくれて構わない。エスメラルダ嬢、あなた方にはとても世話になった。この度のご恩は決して忘れない」


 カイルにつけたレッスンのことを言っているのだろう。ガラハッド辺境伯家を代表することになるカイルは、エルのおかげで大幅にダンスのスキルを磨いているのだ。

 エルの指導に耐え切った今のカイルなら王都の舞踏会で踊っても嘲笑される可能性は極めて低い。


「エルちゃん、ワタシも後から乗り合い馬車で王都に行くから向こうで落ち合いましょうね」


「はい、奥様。よろしくお願いします」


「親父!オレ頑張ってくるからな!」


「ああ、セラフィナ嬢もどうか息子をよろしく頼む」


「はい、カイル様のお父様」


 ガラハッド辺境伯は、隣同士で立つカイルとセラフィナ相互に父性を感じる温かな眼差しを送った後、力強く頷いて息子の肩を励ますように叩いた。


「お弁当、またたくさん作ったから行きながら食べてね」


 セラフィナの持つ大きな荷物を指差しながら夫人は穏やかに微笑んだ。どうやらこれを彼女に持たせる為に出発が遅くなったらしい。


「坊ちゃま、そろそろ出発のお時間となります」


 別れを思い思いに告げるムードの中でガラハッド家の執事が声をかけてきた。


「わかった!それじゃ行こうぜ……」


「あら、オズがロッドさんと話をしているみたい」


 実は最初からいて、少し離れていたベンチで煙を燻らせていた男のそばにいつのまにかロッドがいた。


「先に乗って待ってますか?」


 彼らはミルリーゼの店で共同生活をしていたので積もる話があったのだろう。こちらの様子に双方気づくとお互い手を振って話を切り上げたようだ。


「エルさん、またね!!絶対帰ってきてね!!兄貴!エルさんを守らなきゃ許さないんだからね!!」


「一同の旅の無事をこの地で祈っている」


「カイル、エルちゃん、皆さんお気をつけて」


 ガラハッド家の面々に見送られて、その脇を会話を終えたらしいオズが通って最後に馬車に乗り込んだ。

 彼が端の席に座ったのを確認して馬車はゆっくりと動き出す。

 ブラン商会のオンボロのガタガタ走る小さな馬車とは比べられないほどの乗り心地の良い優雅な馬車旅の始まりだ。


「みんな!また会いましょう!!」


「行ってくるな!!」


 窓を開けて身を乗り出しエルとカイルは見送りの面々に手を振った。

 盛大に手を振るエリザベート、その肩を優しく撫でながらガラハッド夫妻は名残惜しそうな目をした。穏やかに見送るロッドに後方でガレスは礼をしている。


 どんどんと小さくなる彼らの姿に寂しさを募らせながらエルは見えなくなるまで手を振り、そっと席に腰を下ろす。


 隣に座るセラフィナが優しく手を重ねてくれたので答えるように静かに頷いた。

 ガラハッドの街を背に王都への街道を馬車は動き出す。因縁の地へ、再起の誓いを胸にエルの新しい旅はゆっくりと始動した。



二度目の辺境とのお別れです。

お待たせしました。

ついに王都へ殴り込みます。


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