奔走編 修道院②
その後しばらくして部屋の準備が出来たと呼ばれたので、エルは先ほどのお茶を出してくれたシスターに案内されるままについていった。
「男性の方のお部屋はこちらです、女性の方はこちらです。部屋に鍵はついておりませんのでご承知おきを」
勤勉そうなシスターは、丁寧にそう告げるとその場で頭を下げてから踵を返して持ち場に戻ったようだった。
「何もないようね、単に来客が珍しくて顔を見たのかしら?」
去り行くその背中を眺めながら、エルが首を傾げる。
「夕食の時間になったら呼ぶってあの爺さんも言ってたし、とりあえず一休みしようぜ〜で、ロミオとジュリエットは同じ部屋にするのか?」
「すッるわけないだろ!話を聞いてなかったのかおまえは!!」
カイルは、あくびをしながら尋ねるとレオンの声が裏返る。
「じゃあレオンの提案に乗らせてもらって一人部屋を使わせてもらうわね。あぁ、早くシャワー浴びたい」
「はいごゆっくりとエル様」
騒がしい男性陣に手のひらを振り、エルはそそくさと用意された部屋にはいった。
修道院の客室は、古くて狭いが清潔にしてあり、隅々まで掃除が整った部屋であった。
エルは久方ぶりのシーツに飛び込みたい衝動に駆られたが、真っ白なシーツをもう何日も水を浴びていない体で飛び込むのは流石に抵抗があったのでまずは汚れた身体を清めることにした。
部屋にある簡易的なシャワールームに入り、身体を洗う。
自分の身体とは思いたくないほどにボロボロと汚れがでて、先ほどまでの自分がどれほどに汚かったのだろうと思うと背筋が冷えた。
レオンもカイルも、土まみれの自分に何の隔たりもなく接してくれていたという事実に心の中で感謝をした。
「ふー、すっきりした」
ほかほかと湯気の上がる身体でシャワールームから出る。これで存分にシーツにダイブ出来ると、胸を弾ませた瞬間、エルの部屋に行儀の良いノックの音がこだました。
「……どうぞ」
レオンやカイルにしては、ノックの音の位置が低かったので、少しだけ警戒をしながら相手を招く。
「ジュリエット様、お寛ぎのところ申し訳ございません、いまお時間よろしいでしょうか?」
入ってきたのは先ほどのシスターであった。
確か、司祭からはセラフィナと呼ばれていた女性だ。
「いま、お湯をいただいたから髪が濡れているのだけど良いかしら」
「構いませんジュリエット様……あの」
女性は戸惑ったように、少し目線を泳がせる。
エルはお風呂上がりだったので、薄着姿のこちらに気を遣ったのかと気づいてシーツの上にあったバスローブを羽織った。
「失礼したわね、同性とはいえ気が緩んでいたわ。で、シスターさん私に何かようかしら?」
「あのジュリエット様……あなた様の本当の名前はジュリエットではない……ですよね?」
その瞬間、エルは固まる。
思ったより早く偽名が看破された。
教会から追い出されるのならいいが、ここに父の私兵を招かれたらエル自身はともかく、レオンやカイルはどうなるだろうか。
「うふふ、あなたの本当のお名前はエスメラルダ様ではございませんか?」
ふんわりとした微笑みを浮かべてシスターは問いかけた。
どこまでも澄んだ印象の青い瞳が、こちらの嘘をすべて見透かしているようで、エルはなんだか少しこの女性が怖くなった。
「そうだと言ったら、どうなるの?」
ゆっくりと後退りをして、荷物を置いたテーブルに向かう。
エルの力でこの女性を気絶できるか、そしてどうやってレオンやカイルに危機を知らせるか思考を重ねる。
「エスメラルダ様……では、やはりエスメラルダ・ロデリッツ様なのですね!嗚呼、神に感謝をします」
「何のつもり?」
「わたくし、ずっとあなたとまたお会いできる日を心待ちにしておりました。三年前、あなた様に助けていただいた者です。エスメラルダ様……わたくし、あなたに会えていま、とても嬉しいのです。どうか、ご無礼をお許しください」
シスター、セラフィナはおっとりとした容姿に似合わぬ速度で一方的に捲し立てると、その言葉の勢いと共に突然エスメラルダにハグをした。




