饗宴編 聖女と舞踏を②
いつも練習をしていた部屋で、セラフィナの手をとってエルはダンスをした。
てっきりエルが男性側を踊るのかと思ったらいつのまにか覚えていたらしいセラフィナが終始リードを譲らずに男性側のステップを踏んでいる。
和やかな時間。すっかり夜も更けているので暖炉の火が消えていた室内は極寒かと思われたがエルの体は光を纏ったように不思議と温かった。
「………」
セラフィナの蒼い瞳を見る。
宝石のように美しい輝きはまっすぐにエルを見据えて、少しはにかんだ表情が魅力的だった。
同性同士なのにセラフィナは時折、エルの胸をときめかせた。初めての感情に戸惑いつつも、そんな彼女のことがエルは心から好きだった。
「ねえ、セラフィナ」
「はい」
優雅にステップを踏んで久しぶりのダンスを楽しみながら、エルは静かに尋ねた。
「どうして、あなたはここまで私に尽くしてくれるの?」
「……」
それは率直な疑問であった。セラフィナは少し驚いた様子だがステップを踏む足は乱れなかった、元婚約者の王子よりよほど彼女の方がダンスが上手いと思った。
全くの未経験から、熟練者のエルと同レベルに踊れるくらいまでたった数ヶ月で育ったのだ。彼女はきっとダンスの才能があったのだろう。
「……いちばんの理由は、エル様が好きだからですわ」
セラフィナの返答はシンプルなものであった。
少し照れた表情で、セラフィナは答えた。
「それは恋愛的な意味で?」
エルは同性同士の恋に偏見はなかった。
好きになることに性別は関係ないと思っている。だがエル自身は婚約者は異性だったし、胸をときめかせたことは異性相手の方が多い。なので異性愛者だと自認している。
「どうでしょう。エル様が好きです、心から慕っております。愛や恋ではなく、あなた様という概念が心の底から好きなのです。……もちろん、あなた様が望むなら恋人として精一杯、愛を囁きますわ」
「セラフィナの愛の言葉はとても魅力的だけど私はしばらく恋愛は良いわ。……でも嬉しい、ありがとうセラフィナ。あなたがいてくれて良かった」
「勿体無いお言葉ですわエル様」
セラフィナは最後のステップを踏むと、くるりとエルの体を回転させて華麗に最後を締めた。
そして流れるような動作でエルの手のひらに唇を落とす。
「エル様、わたくしの大切な方。わたくしがあなた様を守ります。あなた様の誇りを二度と傷つけなどさせません」
口付けたエルの手に優しく手のひらを重ねてセラフィナは微笑んだ。窓から差し込む月明かりに照らされた彼女はとても綺麗だった。
「その気持ち、受け取るわ。私はもう二度と傷つかない。俯かない」
「いかなる外敵もわたくしが排除いたします。あなた様はあたたかな光の中で笑っていて欲しいのです。エル様の幸せがわたくしの幸せ、この身はあなた様に捧げます」
「………愛の言葉より刺激的ね。あなたの想い、しかと受け取ったわ」
エルは真摯な眼差しのセラフィナに向き合うと、自分の手を重ねるセラフィナの手のひらをもう片方の手で優しく撫でた。
「セラフィナ、あなたの想いとても嬉しいの。私はあなたの献身に相応の人間になれるようにもっと精進するわね。もっと魅力的な女になって胸を張れる二人でいましょう」
「エル様は今で充分すぎるほど魅力的ですが、もっと素晴らしくなったエル様をお支えするのも楽しみですわ。どうかわたくしをいつまでもお側に置いてくださいね?」
笑い合う二人。暖かな空気が夜のレッスンルームに満たされ始めた。自然と体が熱を帯びぽかぽかとした気がした。春が近いガラハッド領とはいえ外はまだ氷点下の冷え込みなのに不思議であった。
「あなたがなぜここまで献身してくれるのかまだ私にはわからないけど、それに見合う人間になること。それが私の次の目標ね。まずは王宮の愚か者に一発きついやつを叩き込むの」
「あなた様の反撃の駒となれる事を誇ります。エル様を傷つけた愚かな者に鉄槌を落としましょう」
「ふふっ、聖なるシスターがそんな攻撃的でいいの?」
「構いませんわ、女神様がいたらきっと殴れとわたくしに命じたと思います。だって女神様になった建国の聖女ルチーア様は戦場を拳一つで渡り歩いたお方なのですもの」
セラフィナは不敵に微笑むと、握り拳を握って頷いた。その目は決意に満ちていて決して揺らぐことはなかった。
「でも本当に殴るのは禁止ね。王族を殴ったらとんでもないことになるし、アルフォンスをぶん殴るのは私の楽しみなの。悪いけどセラフィナには今回はゆずれないわ」
「承知いたしました。略奪者の方はいかがいたしましょう」
略奪者、常に他人に様とつけて敬う彼女にしては珍しく敵意を露わにした呼び方であった。
エルに共感して心酔するセラフィナにとって、リリエッタはもやは敵と認定しているのだろう。
背中を預ける味方としてとても心強い。
「リリエッタは任せるわ、好きにして。生死に関わらないのなら煮るなり焼くなりご自由に」
清廉なシスターの手を汚すことだけはエルは絶対に嫌だったので、殺傷沙汰は禁止にする。
それ以外だったら好きにしてもらいたい。あの女に負けた屈辱感をかつて味わったエルは、リリエッタが泣き叫ぶところが見たかった。
「承知いたしました。その使命、忠義を持って遂行いたします」
セラフィナは一歩後ろに下がると、修道着の裾を持って綺麗に一礼した。
その動作は見ているエルの背筋が震えるほどに乱れのない綺麗な動きであった。
「……改めて言うわ、王宮はとても怖いところよ。本当に気をつけてね。そして、どうか無茶はしないで……あなたの命が一番大切なのよ」
「エル様の大切なものなら、わたくしも大切にいたしますわ。でも心配はなさらないで、わたくしたちにはきっと女神様が付いておられます」
安易な神頼みに聞こえる発言も聖職者の彼女が言うと真実の言葉と思えた。
清廉なシスターはエルに向き合って微笑み、静かに手を組んだ。
「どうか、あなた様の行く道が光り輝きますように」
敬虔な表情でそう祈りを捧げるセラフィナに、エルは微笑みを返した。
明日この街を出てエルたちは王都に向かうのだ。
宿敵のいる因縁の地へ、復讐の手筈は整った。
第一の反撃の幕開けは、もう僅かである。
セラフィナさんの好きはLikeではなくLOVE




