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饗宴編 聖女と舞踏を①

 



 ついにエル達も出発前夜となった。長かった辺境での生活も冬の終わりと共に一旦幕を下ろす事となる。

 世話になったガラハッド邸の面々と別れの晩餐会として、普段はブラン商会に寝泊まりしてるオズも屋敷へ呼び寄せエルの仲間達は最後の夜を楽しんだ。


「カイル、頑張んなさいよ!」


「おう!ガラハッド領の未来のために全力で戦ってくるぜ!!」


 ガラハッド夫人は大量の料理を作って、出発する息子にエールを送り、辺境伯はとっておきだという酒の瓶をいくつか開けてオズとレオンに振舞っていた。


「いやぁ、最高ですね辺境伯閣下!」


「オズ殿、いける口だな。北の地の名水で作った酒こそがアステリア王国一番だと是非知ってほしい」


「わかります。わかります。北の酒最高!!」


「………」


 レオンは何かを言いたげに二人を見ていたが、何も言わずに静かに酒の杯を傾けている。

 すでに多量の酒が回っている年長者に何か言うのもヤボだと察したのだろう。


「エルさん、数ヶ月とっても楽しかったわ。兄貴から聞いたけどパーティーが終わったらアタシの教育係として帰ってきてくるの?」


「まだ考えているの……」


 隣に座るエリザベートに尋ねられたエルは素直に答えた。

 エリザベートはエルに期待を寄せて嬉しそうにしている。エルとの新しい未来に夢を寄せているのだろう。


「アタシ、これからもずっとエルさんと暮らしたいわ。いっそ兄貴と結婚すれば良いのよ。そうしたらエルさんはずっとここで一緒に暮らせるわ」


「な、何言ってるんだベティ!!!」


 エリザベートのトンデモ発言に、肉を頬張っていたカイルが大きい声で怒鳴った。


「そうだ、ベティ失礼だぞ」


「そうよ、ダメよベティ。カイルにはもう決まった人がいるんだから」


「……そうなの?」


 チラッと、不思議そうな目を兄に向ける妹にカイルは大量の汗をかきながら目を逸らした。

 結局両親の誤解は、微塵も解かないままここまで来てしまった。カイルは街の住民や騎士団の騎士もセラフィナを当たり前のように『若奥様』と呼ぶ状況に、とてもまずい状態になっているのを察している。

 視界の端にいるセラフィナはまさかその『決まった人』が自分であるとは思わずに、清廉な微笑みを浮かべてガラハッド家のやり取りを見守っている。

 カイルはパーティーが終わった後に訪れる災難に頭を重くさせながら、現実逃避をするように大量の料理を食べた。


「カイル……知らなかったけど婚約者がいたの?」


 何も知らないエルは率直に尋ね首を傾げた。

 もうだいぶ長く旅をしているのに、そんな話一度も聞いたことがなかったからだ。


「聞かないでくれ。いつか事情を話すから」


「?」





 大量の料理を平らげた後、各々は部屋に戻り最後の夜を過ごした。

 エルは部屋の寝台に座りながら長かった辺境での生活を思い返す。


「この数ヶ月とっても色々なことがあったけど、結果として逃走中とは思えないくらいとても穏やかで楽しい日々だったわ」


 喧嘩をしたり、嫌な思い出に頭を抱えたこともあったけど仲間達と特訓をしたり、遊んだり、辛いことの多かったエルの人生の中では、この期間はたくさん笑っていた気がした。

 これもエルを匿って、身の安全を保障した上で住処や食事を提供してくれたガラハッド家のおかげである。そんな親切な彼らの生活を脅かそうと企むアルフォンスは本当に許せなかった。


「見ていなさいアルフォンス、元婚約者の私があなたの鼻を折ってあげる」


 少し頼りなかったけど優しくて誠実だった彼がなぜここまで愚かになってしまったのかはわからない。わかりたくもない。だが、許せなかった。

 エルを裏切ってリリエッタに乗り換えたのも許せなかったが、何の罪のない辺境の民の生活を脅かそうとすることは為政者としても許せなかった。


「カイルが下手くそなダンスを披露して、国中の貴族の笑い者になることや王妃様の不興を買うのをどうせ期待してるんでしょう。お生憎様、今のカイルはそんなことにはならないわ」


 婚約者時代のアルフォンスとのダンスを思い出す。彼はダンスの腕前はエルの目から見たら『人並』だった。麗しい容姿で誤魔化していたが、しれっとステップを間違えることもあったし何度か足も踏まれた。今思ったら身内贔屓でそう判断していただけであって、実際は人並以下なのかもしれない。

 エルは王妃の厳しい訓練の末に、この国でも屈指のダンスの腕前であったので二人で踊ると実力の差が露骨であった。


「愚かな王子様、恥をかくのはどちらかしら……絶対に今のカイルの方がダンスの腕前はあなたよりも上よ。見下していた相手に負けるだなんて屈辱的でしょうね……それにカイルには」


 コンコン


 エルの目が恨みの炎に燃えているところに控えめなノックが部屋に響いた。


「エル様、セラフィナです」


「セラフィナ?入っていいわよ、どうしたの?」


 エルの声を聞いてから、ドアを開けてセラフィナが部屋の中に入ってきた。

 ベッドに座るエルを見て柔和に微笑むと、こちらにやってくる。


「エル様、お時間よろしいですか?」


「大丈夫よ。少し考え事をしていたの王都に向けて辺境の思い出に浸っていたり、来るべく未来に向けて燃えていたり、ね!」


「ふふ……辺境はたくさんのことがございましたね。わたくしとっても充実した日々でしたわ」


 セラフィナをベッドの隣に座らせて向かい合った。

 エルは彼女の穏やかな風貌を見る。彼女との間でもたくさんのことがあった。いつだって献身的で優しさに満ちたセラフィナはエルを支えてくれる大切な仲間でいちばんの友達だ。


「私もよ。あなたと喧嘩したりもしたけれどそれも大切な思い出ね。セラフィナいつも本当にありがとう」


「こちらこそありがとうございますエル様、これからもあなた様に精一杯尽くします」


 セラフィナは心から嬉しそうにエルの言葉を受け取ると柔和にはにかんだ。本当に綺麗な人だとその姿を見ながらエルは素直に思う。


「セラフィナ……そう言えば要件は何かしら?同衾のお誘いかしら?」


 彼女が部屋にやってきた理由がわからなかったエルは悪戯っぽく問いかける。

 今日はこの部屋で泊まる最後の夜なのだ、最後の日くらいセラフィナと一緒に眠るのも悪くないと思えた。


「………」


 エルの質問を聞いたセラフィナは座っていたベッドから立ち上がり、そっとエルの前に立つと膝を負って手を差し出した。





「わたくしと踊っていただけませんか?愛しいレディ」





更新ペースを戻します。饗宴編は毎日更新頑張ります!


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