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饗宴編【ソフィア視点②】

※閲覧注意回

口がものすごく悪いキャラクターがいます。

 





「……してやる……絶対に……殺してやる……殺す殺す殺す……」



 怨讐の轟く薄暗い王宮の一部屋。

 ベッドに横たわりながら熱に浮かされた部屋の主の顔には明確な怨念と殺意が浮かんでいた。


 全身を覆う倦怠感、不快感、虚無感。


 常に悪寒が駆け巡り震えが止まらず、起きあがろうとすれば嘔吐感に見舞われた。


 何とか少しでも楽な姿勢を模索しなくてはいけないので、毒に侵された体はここ数日間は休眠すら満足にとることができなかった。

 時折気を失ったように意識を飛ばして、目覚めたらまた苦痛に見舞われるのだ。


「許さ……い………許……ない………許さない……あのジジイ……絶対、いつか、殺してやるからな……うっ」


 部屋の主のソフィアは、敵の敵は味方というだけの理由の薄氷の同盟相手アルバート公に毒を飲まされて苦しんでいた。


 二、三日休めと言われたがその強制的な休養は穏やかな微睡とは無縁の壮絶な三日間であった。

 この世の全ての苦しみを凝縮したような苦痛がソフィアの体を蹂躙して、何度も心が折れかけた。

 ソフィアのような苦痛をも殺意に変換できる性格か、よほど強い信念の持ち主でなければとっくに心も壊されていただろう。それくらい強力な毒であった。


「………辛いよくるしいよひどいよなんでこんな事になるんだよ、クソが死ねよまじふざけんな死ね死んでしまえ消えろ消えろ消えろ!!!」


 ソフィアは錯乱した意識の中で思いつく限りの暴言を吐き、大いに暴れ、のたうちまわった。

 口の中は猛烈に乾いて水が欲しいのに水を飲むと吐き気に見舞われるのだ。ソフィアはここ三日間は安易に何も口にできなかった。


「………」


 部屋の隅にソフィアの従者の少年のクロがいた。

 直立不動で、もがき苦しむ主人に何することもなく感情のない灰色の瞳でその様子を見ていた。

 彼は『命令以外は何もするな』という誓いを強いられているので苦しんでいるソフィアを介抱することはなく、たまに毒の症状の波が落ち着いているときにだけソフィアの命令で介抱する事が許された。

 だが機嫌が最悪に悪いソフィアによって盛大に八つ当たりをされるので、クロの体には生傷が多い。

 それでもなにも言わずに部屋の隅で立っている。


 彼には自分の意思というものがなかった。



「………ゲホッ……ゲホッ」



 ソフィアがベッドから立てるようになった頃には、すっかり体はやつれきっていた。震える体をクロに支えさせて、何とか歩み出す。


「ソフィアさま……」


「黙れ役立たず、苦しむ主人の代わりに気を利かせてアルバート公の頸も取ってこれない気の利かない駄犬め」


「ご命令ならそのように、ですが計画に支障が出てしまいますがよろしいのでしょうか」


「うるさい、良いわけねえだろ、本当に使えない頭の悪い愚図だな。次の魔法儀式はいつだったかしら、お前の名前を素材のリストに加えておくから楽しみにしていろ」


「………」


 盛大に機嫌の悪いソフィアはこれ以上なく口も悪かった。だがクロは慣れていた。今はソフィアの体調が悪いので暴力行為をしてこないだけマシだし、『魔法儀式の素材』にするにはクロは少し適正年齢を越えていた。なので実際にはもっと適した素材が用意されているだろう。

 主人の聞くに堪えない暴言をただ黙って聞いていればいいのだから、かつて本当に魔法儀式の素材になりかけていたクロにとっては生きているだけ今の立場はマシなのだ。





 ソフィアはようやく取れそうな休眠のために、三日三晩苦しんだ跡の残るベッドに横たわった。


 夢か幻覚なのか、微睡の中で封印された過去が見えた。


 ソフィアの過去の記憶。


 朧げにしかもう思い出せない娼婦の母、父親は不明。

 母は幼子のソフィアを連れて夜の街を渡り歩いた。貧しい暮らしの中でも家族としての温かさはあった。いつも濃い化粧をして誘うような派手な服装で夜の街の酒場で歌を歌っていた。


 ある日、新しい父だと貴族の男を紹介された。


 嫌な目の男だった。母よりだいぶ年長なその男はいやらしい汚い笑みを浮かべて幼いソフィアを値踏みするような目で見回した。

 そして在りし日のソフィアはそこで『ソフィア・オベロン』という名前の伯爵令嬢になった。


 その後の数年間は幸せであった。

 濃い化粧をやめて貴族の綺麗なドレスを着るようになった優しい母、近所に住んでいた小さくてかわいい女の子の友達。その二人がいればよかった。


 たとえ義父になった伯爵から時折、気持ちの悪い目を向けられていても、伯爵家の使用人に影でいじめられても気にしなかった。

 優しい母と大好きな友達だけがソフィアの世界の全てなのだから、それ以外はどうでもよかった。


 母が病で死んでから世界が変わった。


 ソフィアの義父は本性を曝け出した。

 義父は色狂であった。まだ13歳のソフィアに欲望の眼差しを向けるようになった。


 オベロン家に来たときに母の隠したソフィアの秘密が義父に暴かれるのも時間の問題だと思った。


 なので、ソフィアは義父を始末をすることにした。


 義父には弟がいた。

 義父の弟はオベロン家の当主の座を狙っている事をひしひしと感じさせる強い野心の持ち主であった。

 ある日、強欲な義叔父の耳元でソフィアは甘く囁いた。




「お義父様がいなくなれば、オベロン家の名誉も地位も財産も全てが義叔父様のものですわ」





 義父は死んだ。


 ついでにいじめてきた使用人も始末した。義父の死は女中との禁断の恋の果て、愛憎の末の無理心中という事にした。腐敗しきった旧都の兵はそれであっさりと納得してオベロン家の当主の座は義叔父のものになった。


 義叔父は『ソフィアの秘密』を知っても大きく拒絶したりはしなかった。

 表向きは従順なソフィアをオベロン家から追い出さずに在籍することを許し、妻子のいない叔父はソフィアを次期後継として真っ当に教育をした。


 魔力を持っていると言う理由だけで当主になった気持ちの悪い義父に比べたら、野心の強い狡猾な叔父は使える男だったのでソフィアは大人しく従うことにした。


 満足な食事も与えられずに、使用人に『娼婦の娘』と蔑まれ、義父の気持ちの悪い目に怯える日々に比べたら、叔父との暮らしは真っ当で『次期後継』として叔父の庇護下での生活でソフィアはようやく人としての尊厳を取り戻せた。


 だが、オベロン家での安全な暮らしと引き換えに次期後継として帝国派の活動に深入りすることになり、ソフィアの心は徐々に闇に染まっていった。



「………リゼ……会いたいよ……どこにいるの」



 ソフィアは不安定な心の中で、在りし日の少女の影を探す。


『……ソル、遊ぼう!今日はお城の方に行こう!』


 白銀色の三つ編みをたなびかせて、陽だまりの下で彼女はいつも笑っていた。

 こっそりと街を抜け出して、むかしむかしかつてこの地に大きな国があった頃の城の廃墟で遊んでいた。


 数百年も前の城の名残のその場所は、滅多に人のこない二人きりの秘密基地であった。


 何てことのない子供の遊び。友達はいつも興味深そうに廃墟を見て楽しそうに笑っていた。

 なにが楽しいのかわからないけど、楽しそうな少女の横顔を黙って見るのが好きだった。


『この部屋はおひめさまの部屋なんだって、いいな、わたしもおひめさまになりたいな』


 ある日、いつもと違う雰囲気の友人はボロボロの廃墟の一室にて寂しそうに呟いた。


『ぼくがリゼの願いを叶えてあげる』


『えー?本当?ありがとうソル』


 友人は反応に困ったように笑っていた。


『この国にはむかしノクタリア帝国っていう大きな国があったんだ。オベロン家は帝国復興の為に実はうごいているんだよ。帝国が復興したらぼくの家が王様になるから、リゼがお嫁にきたらおひめさまになれるよ』


『でもソルは女の子じゃん。ソルとは結婚できないよ』


『………』


 スカートの端を掴んで幼き日のソフィアは黙り込んだ。

 ソフィア・オベロンは伯爵令嬢だから友人の言葉は正しかった。

 なにも間違ってなんていなかった。


『それに王国がなくなっちゃうのは嫌だな……』


『リゼ………』


 小さくておとなしいかわいくてやさしいたった一人の友達。

 いつか本当のことをきみにだけは打ち明けようと思っていた。

 きみは受け入れてくれるかな?

 勝手にドキドキしてそして緊張した。


 そんな昔話。ソフィアの心に残る在りし日の情景。




「……ア様……ソル……ル様……」




 ハッとした。目を開いたらクロがいた。

 寝ていたソフィアを起こしたらしい。それと同時に腹が立ったので頬を打った。


「許可なくその名前で呼ぶな」


「失礼しましたソフィア様、どうやら曲者がいる模様です。身体に危害を受ける可能性を考慮し命令を破りました」


「………」


 ソフィアはチラリとドアの向こうをみる。

 目を閉じる。漏れている殺気は暗殺の手のものだろう。


「……うざいな」


 ソフィアはめんどくさそうにため息を吐くと、ベッドから立ち上がった。

 寝間着姿で化粧も施していないが、まぁいいかと開き直った。


「いかがなさいますか」


「いつも通りに。私は窓から逃げます」


「承知いたしました」


 ドアを蹴破られた瞬間、クロはどこからかナイフを取り出して部屋に侵入してきた男の眉間に鋭く投げた。


 まるでダーツの的のように男の額に刺さり、そのままばたりと倒れる。


 その隙にソフィアは逃げた。

 か弱き伯爵令嬢を始末するだけと油断した暗殺者のミスだ。大馬鹿者めと嘲笑った。


 王宮の2階の窓からためらいなく飛び降りて令嬢とは思えない身軽さで着地をした。

 素足のままで寝間着の裾を翻して夜の道を駆けた。


 暗殺者の雇い主の心当たりなど無数にいる。

 一番に思いついたのは、先日アルバート公に会いに行ったときに横にいたクレイモア公だろう。


「………」


 元はと言えばソフィアが毒を飲まされたのもあの男のせいであった。あの男がソフィアが礼儀正しく接したくなるような格の持ち主ならソフィアだって無礼はしなかった。そう思ったらなんだか無性に腹が立った。


「………」


 草の影からガサガサと音がした。部屋に来た暗殺者と同じ殺意を漏らしまくっている練度の低い輩がもう一人いるようだ。


 ソフィアはその草むらを見据えると、手を前方に伸ばした。


「降参のつもりか!?痛めつけて無惨に殺せとのご命令なんでね!!……ご令嬢、ここで死んでもらうぜ」



 草の間から飛び出してきた男は刃渡りの大きなナイフを握っている、そして素早く躊躇いもなくソフィアに向けられた。

 だが振り落とされる寸前で男の腕はピタリととまった。


「……降参?どうして?……どうしよう、シンプルなのがいちばんかな」


 くすくすと晩御飯のメニューを考えるかのような口ぶりでソフィアは顎に指を当てて微笑んだ。

 突如、体の自由を奪われた暗殺者の目は戸惑いが浮かぶが構わずにソフィアは男の目を見て唱えた。



「【操作オペレーション:暗殺を依頼した者の目の前で首をゆっくり切って自死しなさい。最期にこう言い残すこと『お前のような愚か者、媚び諂って惨めに生きるのがとてもお似合い』と】さあ行けよ。そのブサイクな顔をこれ以上僕に見せるな」


「ひ、ひぃ……」


 ソフィアの指が示す方に男の足は強制的に駆けていく。

 夜が終わる前に彼はソフィアの命令通りとなるだろう。ソフィアが隠し持つ残酷な能力の思うがままに。


「魔力もないゴミクズなんて僕の特殊能力ギフトの前では、ただの操り人形でしかないんだよ。せいぜい人生最後の恐怖を楽しんで」


 残酷な目で笑いながらソフィアは口元を歪ませて微笑んだ。それは月明かりに照らされた王宮の裏庭にて人知れず起きた惨事だった。

 黒き鴉の伯爵令嬢ソフィア・オベロンは視点の合わない目で虚空に手を伸ばす。


「帝国が復興して僕が皇帝の座に座るとき隣にいるのはリゼ……皇后ミルリーゼだよ。きみをお姫様にしてあげる。だから早く戻ってきて」


 ソフィア・オベロンは最初から心が壊れていた。


 そんなソフィアの紫根の瞳は、在りし日の少女の幻覚に手を伸ばして、ただ静かに揺れていた。


 全ては少女の無垢な願いが引き起こした悪夢であった。

 ただ真夜中の空に浮かぶ月だけがその惨劇の全てを見ていた。



ソフィちゃん……



※次更新は明日の正午となります。



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