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饗宴編 オズの魔法使い①

 ブラン商会ガラハッド支店。

 オーナーのいなくなった店はロッドが主戦力となり懸命に店を回していた。

 レオンの業務改革案のおかげで、一時期激減していた客足も戻り店に活気に溢れ、店の売り上げも順調そのものだ。


 レオンが掲げた『売り上げ3倍』も、近い将来ほぼ確実に達成するだろう。


「………」


 その店舗の入り口付近にエルがいた。窓からこっそりと中の様子を見ていた。

 店内では彼女の従者がバイトをしている。とても魅力的な接客スマイルを女性客に向けている姿を見るとエルの心はざわざわと波打った。


「………ただのバイトじゃない。何でこんな気持ちなのかしら」


 そう呟いて窓からそっと覗き込む。

 テキパキとカウンターに立って会計をする姿は、バイトを始めたばかりの新人とは思えない手際の良さだ。

 時折ロッドとアイコンタクトで何かを合図して、補充なりフォローなりをさらっと行う姿はまるで熟練店員のような雰囲気だ。


「そもそもレオンはセラフィナと夜の逢瀬をする仲だから、私がこんな気持ちなのはおかしいのよ!……二人の仲をとやかく言うつもりはないわ……なのに、なんでこんなモヤモヤするのよ」


 エルは、親友ミルリーゼに嗜められたレオンとセラフィナの仲についての誤解をいまだに引きずっていた。

 エルにとっては、最初に騎士団の練習場で稽古の帰りに二人で帰ってくるのが遅かった日から怪しいのだ。

 夜に二人揃っていない事が二回もあったのだから、それはもうエルの中では確信なのだ。


「(レオンとセラフィナ……良いじゃないお似合いよ。私はもう恋なんてゴリゴリだもの、しばらくは他人の恋を応援して生きようかしら)」


 窓から接客しているレオンを眺めながらそう胸の中で自嘲した。

 エルは、心から信用している従者といちばんの友達の仲を応援しているつもりではいるのだ。

 だが、大切な二人のことを考えると謎のモヤモヤが心の中で発生するのだ。その意図がわからないエルはただ、レオンのバイト姿を眺める事しかできないでいた。


「お嬢様……そこで何してる感じ?」


 エルの背中に聞き覚えのある声がかかった。振り返るとここしばらく顔を見ていなかった魔法使いの男が立っている。


「オズ。いまレオンが働いているところを見ているの」


「……へえ、……まぁ気になるよな」


 オズはエルの話を聞いて呆れたような顔をしているのが見て分かった。確かに覗きは良くなかったと思ったエルは素直に反省する。


「でも、ここにいるのはあなたに会いたかったからなの。久しぶりね、レオンと剣の対抗した時以来だから一ヶ月ぶりくらい?」


 エルがブラン商会の店舗の前にいたいちばんの理由は、この店に居を構えているこの魔法使いの男に会う為であった。

 オズはエルの言葉にニヤリと笑う。


「あらー?オジさんに会いたいだなんてずいぶんと熱烈ね?デートの誘いなら喜んでお受けするぜ」


「デート……、じゃあそれでいいわ。」


 オズの軽口をあっさりと許諾してエルは窓を覗くのをやめることにする。バイト中のレオンの覗きは副産物で、あくまでオズに会いたかったのが彼女がここにいる本当の理由だからだ。


「近況報告も兼ねて話を聞かせなさいよ。あなた、お店にもいないことが多いようだけど何処に行っていたの?」


 エルはミルリーゼから、同居の魔法使いは不在がちだと聞いていたので思い切って疑問をぶつけてみた。


「大したことはしてないさ。昼から酒を飲んで適当に街をブラブラしていただけ。北国の美人は魅力的だからね」


「ふーん……」


 エルは納得してなさそうな顔だったが、それ以上は尋ねなかった。


 彼女はレオンのようにオズが姿を消して、国境を越える姿を見ていないので育ちの良いエルには法を犯す隣国への密入国という発想に至らないのだろう。


 オズは内心、エルの育ちの良さに感謝をした。




 ガラハッドの街の一角にある広場のベンチに移動して、エルとオズは並んで座っていた。

 煙草が吸いたいとのオズのリクエストを受け入れて屋外に来たのだ。オズは煙管に火をつけるとゆっくりと燻らせている。その隣でエルは、広場の端で遊んでいる子供たちを眺めながら口を開いた。


「近々、王都に行くわ」


「へえ」


「もちろんあなたにもついてきて欲しくて、あなたの契約金はまだ残っているかしら?」


 オズを勧誘したときに、契約金として叩きつけた王太子アルフォンスとの婚約指輪。アステリア王宮に伝わるとても高価な品だが、オズがこの指輪でどれくらいの期間、仲間になるのかエルにはわからないのだ。


「気にしなくていい、減価償却してもまだ価値は残ってる。ミルリーゼちゃんが貸してくれた部屋の家賃を受け取ってくれなかったからね。その分もお嬢様との契約金に追加しといてやるよ」


「ミルリーゼ……」


 親友の思いがけないサポートをきいて、エルはそっとここにはいない親友の顔を思い浮かべた。

『友達同士で金のやり取りはしない』みたいなことを彼女は過去に言っていたのでその延長なのだろう。律儀な彼女に感謝をする。


「だが王都には魔法結界がある。結界内では魔法は基本的に使えないか大幅に効力が落ちる。俺は大して役に立たないと思うぜ」


「そんなことはないわ。魔法がなくてもあなたの知識は王都内でも有効よ。いてくれるだけでとても助かるわ」


 オズの言葉をエルは首を振って否定した。

 オズは吸っていた煙管の煙を吐くと少しだけ嬉しそうに口角を上げる。


「わーお熱烈。嬉しいから指輪の原価査定をあげておこう」


「相変わらずいい加減ね」


 オズの調子の良い言葉に呆れながらエルは苦笑した。




「カイル達のダンスはバッチリなのかい?」


「バッチリよ。レオンは及第点とか言ってたけど」


「あのお兄さんは厳しいからね。まぁ及第点なら良いんじゃないの?」


「私的には合格しているわ。あとは当日ミスを犯さなければ大丈夫よ」


「お嬢様……それフラグになってない?」


 エルの言葉にオズは冷や汗をかいた。

 なんとなくエルの話は、当日にやらかすような前兆に感じたからだ。


 エルは綺麗な姿勢でベンチに座ったまま遠くを見た。雪は残っているが以前のような骨まで凍りそうな寒さや窓の外を白く覆う猛吹雪はなくなった。この地はこれからゆっくりと春を迎えていくのだろう。


「この街はいいところね、カイルに誘われたの。パーティーが終わったらまた此処に戻ってきてベティの教育係にならないかって」


 いつかのオズが語っていた『この街で穏やかに暮らすのも一つのゴール』が現実的に実現した形だ。

 エルは選択肢として考えているのだろう、彼女の翠玉の瞳は揺らいでいる。


「前も言ったけど悪い選択じゃない。いくつもの街を渡り歩いてたオジさんが言うけど、この国でもかなり住みやすい街だ。ものすごい寒がりじゃなければ誰だってそう言うさ」


 名領主、穏やかで優しい気質の住民たち、安価で新鮮な食糧。治安も衛生も国内では最高クラス、辺境の街で暮らすにあたり思い当たる欠点が見当たらないのだ。


「でもこの街では、ソフィアに復讐ができない」


「俺が魔法で呪ってやるよ。ソフィアちゃんは普通の伯爵令嬢なんだろ?」


「呪詛は聖女の結界を潜り抜けるの?」


「小さいやつならな。大規模なやつは通らないからソフィアちゃんがもし王都を抜けた時とかタイミングを見計らってパパッとやれば良い」


 オズは適当な口調で答えると、再度白い煙を吐いた。


「ソフィアは普通なのかしら。普通の令嬢にしては立ち振る舞いに違和感があるのよ」


「お嬢様の話だと、おまえさんが冤罪を着せられた一連の事件はソフィアちゃんが裏で糸を引いてたってことだろ。確かに普通の令嬢と考えたら少し違和感があるな。魔力を持ってて尚且つ厄介な特殊能力ギフト持ちの可能性も視野に入れておいた方がいい」


特殊能力ギフト……」


 特殊能力とは、貴重な魔力持ちの中でさらに少数の人間が発現する能力だ。

 王都に張られている建国の聖女の魔力結界の内部でも、特殊能力は問題なく作動する。


 魅了のギフト持ちだと明かしたセラフィナが、その制御のために過去に王都で過ごした期間を華美とはほど遠い姿をしていたのが何よりもの証明だ。


「そうよね女子達のリーダーみたいな侯爵家のご令嬢も格上の公爵家の私に面白いくらいに敵意を向けてきていたわ、ソフィアがなんらかの力で操っていたと考えたら自然よね」


「とはいえ大抵の特殊能力ギフトは、魔力持ちには通用しない。警戒は怠らない方がいいのは当然だが、そこまで慎重にはならなくていい。一応頭に入れておくだけにしな。復讐の腕が鈍くなるぞ」


「ええ、わかったわ」


 オズの言葉にエルは静かに頷いた。

 ソフィア・オベロンは謎が多い。彼女の秘密や真意を知ることが復讐への大きな手掛かりにつながるのかもしれない。


「ソフィア……あなたの隠している本性を絶対に暴いてあげるんだから!」


 エルはあの一見すると地味で控えめな令嬢を思い浮かべて吐き捨てた。

 あの柔和な微笑みの影に絶対に何かがあると確信に近い思いを抱いていた。

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