饗宴編【リリィ視点④-②】
あーあ、本当に腹が立つ。
あたしは先程の一件を思い出しながら王宮の回廊をてくてくと歩いていた。
今日の予定はなんだったかしら、午前中はダンスのレッスンだったけどアルフォンス様は少し顔を出しただけですぐどこかに行ってしまわれた。
一緒に練習できたのは一回だけ、ぎこちないダンスを通しでしてその後はアルフォンス様はソファに座ってあたしが講師の方と踊る姿にコメントをするだけだったの。
『身体の姿勢がおかしい』
『優雅さが足りない』
『見ていて不快になる』
アルフォンス様は少しも褒めてなどくださらなかったわ。厳しいけど甘やかさない愛の鞭よね!マリッジブルー中のアルフォンス様はダンスレッスンの場に顔を出してくださらなかったからいらっしゃるだけで大きな進歩よ。
午後はスカー夫人とマナーの勉強。あたしが授業ぶっちぎってからあのおばさん、あんまり喋らなくなったわね。必要最低限って感じ。
ネチネチはやめて、なにか気に食わないことがあると溜息を吐くようになった。なんなの?怒られるのも腹立つけど溜め息も腹が立つわ!
今日はテストで合格点が取れなかったから、採点後の答案用紙を見て溜め息を吐かれたわ。本当に何なのよ!
「あ〜あ、なんか本格的にめんどくさくなってきた。あら?」
あたしはそこで前を歩く男性に気づいた。
思わず噴水の影にしゃがみ込み様子を窺う。
「……」
あの金髪の方は間違いないエド様だわ!以前ロードフリード様と一緒にいらっしゃった側近の方。
相変わらずお美しい方ね。でも何処かで会った気もするのよね、誰かに似ているのかしら?
「……」
エド様は周囲の様子を窺った後、颯爽と庭園の向こうの森の中に向かわれてしまった。
森林浴でもするつもりなのかしら?あの先って確か、アルフォンス様の弟様のアッシュ殿下がいらっしゃる灰色離宮しかなかったはずよ。
王妃派で王太子派のロードフリード様の側近のエド様が行くはずがないわ。
「……ついてってみようかしら」
「お嬢さん、そこでなにをなさっているのかね」
「きゃっ!?」
噴水の影にしゃがみ込んで様子を窺ってる令嬢なんて良く考えなくても不審人物だわ。声をかけられても仕方ない、巡回の騎士様かしら?
あたしが声がした方に振り返ると知らないとおじさんが立っていた。
「………どなたですか?」
騎士ではないわ。貴族のしかもすごく偉そうな雰囲気の方だわ。白髪の似合うロマンスグレーなイケオジって感じ。あらあらあら、年齢は高そうだけど優しそうな気もする。でも存じ上げない方ね。
「………私はヴォルマー・アルバート公と申す。カトリーナの兄だ」
「カトリーナ……王妃様の!?」
あたしは慌てて立ち上がってスカートについた汚れを払った。そしてカーテシーをする。きちんとできてたかしら?まぁ、やる事に意味があるよ。ヨシ!
「失礼しました!あたしはリリィ!リリエッタ・フローレンスです」
「知っているよ、甥の婚約者だろう」
「はい!!!すみません、森林浴をしようか悩んでおりました!!」
「そうかね、だがやめておきなさい。春が近いとはいえまだ冷える。もう少し日差しが強くなってからをおすすめしよう」
アルバート公と名乗ったイケオジは、あたしの話に笑ってそうアドバイスをしてくださった。確かにそうね。まだ森林浴のシーズンではないわ。エド様も森林浴ではなくただの散歩だったのかもね。
「アルバート公爵様……えっとあたしに御用ですか?」
「………」
アルバート公爵様、優しい雰囲気だけど目の感じはカトリーナ様に似ているわ。見ていると心臓がヒュンってなる感じ。でもカトリーナ様と違って物腰は優しそう。お父様と同世代な気もするけど、シワシワなお父様と違って洗練された雰囲気だわ。身分制度の頂点付近にいらっしゃる方はどの方もお綺麗なのね、筆頭公爵のロードフリード様もとても端正な容姿の方だし。
「……きみの頑張りは良く聞いているよ。それなのにカトリーナにひどくいじめられたって話じゃないか身内として謝罪したくてね。すまなかった」
「そんな……公爵様っ!!」
アルバート公爵様は目を細めながらそう言ってあたしに詫びてくださったの。流石に頭は下げなかったけど……まぁ下げられても困るわね。
「お詫びと言っては何だがこれをあげよう」
そう言ってアルバート公爵様は持っていた紙袋を手渡した。何かしら高級そうな包みだわ。
「私の領地でいちばんの腕利きに作らせた製菓だよ。聞けばリリエッタ嬢は甘いものがお好きと聞いてね」
「………お菓子!?あ、あの……あたしダイエットしてて」
えー!?嬉しい。でもこれは受け取ってはダメよね。さっきケーキを食べたけど、あたしはダイエット中の身。さすがにお菓子は……。
「カトリーナには私からも強く言っておくから受け取りなさい。遠慮しないで」
「………ありがとうございます」
まぁあたしさっきケーキ2個食べたしいいか。今更よね、それに一気に食べないで少しずつ味わえば誤差の範囲よ!あたしは素直に受け取る事にした。
「リリエッタ嬢、カトリーナは次期王妃に対しての熱意が大きすぎる時があるがそれも王妃の役目なんだ。あまり悪く思わないでくれたまえ」
「………公爵様」
アルバート公爵様、王妃様のお兄様だから妹のフォローをされているのね。大変そう。でも、とってもお優しい方なのね。
「少し冷えてきたな。私はこの辺で失礼するよリリエッタ嬢、パーティーではきみの晴れ姿を楽しみにしている」
「あはは……」
晴れ姿と聞いて冷や汗をかく。あたしは用意されたクソダサドレスにまだ納得いっていないのだ。勝手に違うドレスを用意しようにもあたしのお小遣いじゃドレスどころか髪飾りも買えない。
あたしはお菓子の包装を見てから頭を下げた。
「公爵様、いろいろとお気遣いありがとうございました!」
「良いんだ。お友達は大切にね」
「………?」
お友達?友情はたしかに大切だけど何の話かしら。
あたしの親友はもう一ヶ月近く消息不明だし。
過ぎ去る公爵様の背中を見ながらあたしは高級そうなお菓子の包装を見てワクワクしていた。
あんな優しくて偉い方があたしの味方になってくださってとっても心強い。やっぱり神様ってあたしをなんだかんだで見捨てないわよね。
信じるものって救われるのね。本当、神に感謝だわ!
本格的にまずい事になっていっているけど、本人はまだ気づかない。気づけない。




