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饗宴編 ラストレッスン②

 





 本日エル達が集まったのはダンスの最終練習の為だった。

 ミルリーゼの後を追うように、エル達の王都へ向けての出発の日付も近い。北の辺境の街は、冬の盛りのような吹雪に見舞われることは減り、時折なごり雪がちらつく程度になっている。


 北の雪解けと微かな春の訪れは、エルの復讐の舞台となる婚約パーティーの日付がやってくることを意味していた。


「さぁ二人とも踊ってもらえるかしら、通しでやるわ。少しでも間違えたら最初からね。恨みっこなしの連帯責任よ」


 練習部屋の中央でエルは手を叩いて、カイルとセラフィナに指示をした。


「セラフィナ……やろう」


「はい、カイル様」


 すっかりセラフィナの手を取ることに羞恥を感じることがなくなったカイルは、真剣な眼差しで麗しいシスターをダンスへ誘った。

 応じるシスターは、普段の清廉な微笑みではなくどこか華やかさを感じる普段とは違う笑みを浮かべてカイルのリードに合わせていく。


 ダンスが始まり、二人は踊り始めた。

 18歳の男子のカイルが本当に泣くまで、身体に叩き込ませた軽やかなステップを踏んで二人の舞踏は順調に進めていく。


「………」


 エルは真剣な眼差しで見守った。

 ここまでの間、本当に鬼のような指導をした自覚がある。カイルやセラフィナに嫌われてしまっても仕方ないくらい厳しいことも言った、それを覚悟の上でエルは心を鬼にして二人にダンスの指導をつけた。

 その結果、二人は見事なダンスを習得したのだ。

 泣き言を言っても、決して逃げずに最後までエルについて来てくれた二人には心から感謝しても、し尽くせなかった。



「………っ!」


 ダンスが終わり、最後に優雅な一礼をする二人。エルは素敵なダンスを披露してくれた二人に拍手を送った。


「合格よ。私がダンス学科の教師だったら二人の成績に“秀”をつけるわ」


「良かったあ!」


 カイルはその場にへたり込み、緊張していた面持ちを解いた。セラフィナはその様子を慈愛の眼差しで見守った。一糸狂わぬ完璧なダンスを披露した後も彼女はどこか余裕がありそうだった。


「セラフィナ大丈夫?休憩にしましょうか、お茶を入れてくるわね」


「お茶ならわたくしがやりますわエル様」


「頑張ったあなたたちにお茶くらい淹れさせて。そうしたいくらいに素晴らしいダンスだったわ。これまで私の指導について来てくれてありがとう二人とも」


 追い縋るセラフィナにエルは労いの言葉を向けた。

 困ったような顔をするシスターの後ろでカイルは苦笑しながら尋ねる。


「……エルって淹れた茶も暗黒になるのか?」


「なんですって!?」




 しばらくして、キッチンに行っていたエルが戻って来た。

 暗黒の茶を啜る覚悟を決めていた二人は、エルの隣で一緒に部屋に入って来た人物に目を見開く。


「ただいま、レオンがどうしてもお茶を淹れたいって言って聞かないから彼が淹れたわ」


「エル様のお手を煩わせるわけにはいきませんからね」


 不満そうなエルの隣で、ティーセットを持っているレオンは満足そうにしている。

 カイルは、エルの死角から親指を上に向けて立てた。それに気づいたレオンはアイコンタクトで応じる。


「それじゃお茶にしましょう、その後でさっきのダンスをレオンにも見てもらいましょうよ」


「私ですか?ダンスは専門外ですが……そうですね、エル様の指導成果を拝見させていただきましょう」


 部屋の隅の机にお茶を並べてそれぞれのんびりと休憩をする。添えられたお菓子を見て、ここにはいない親友が栗鼠のように頬を膨らませて頬張っていた姿を思い出して懐かしむ。彼女は無事に王都に着けただろうか?


「オレ達も出発日を決めないとだな。王都までは馬車なら一週間くらい、親父がうちの馬車を出すって。運転は執事のじいさんがやってくれて、そのまま王都のタウンハウスで滞在してくれるって」


「何から何まで辺境伯閣下にはお世話になりっぱなしね……頭が上がらないわ」


「いいんだよ。エルのおかげでダンスも教えてもらえたし、レオンは親父の仕事だいぶ手伝ってくれたんだろ?親父よろこんでたぜ」


「そうだな……」


 レオンは否定せずに素直に肯定した。書類仕事が苦手だというカイルの父の為に身を粉にして働いた自覚が少なからずあったからだ。


「母さんも後から乗り合いの馬車で王都に来るって。さすがにベティは留守番だけど」


「奥様もいらっしゃるのね。奥様にも本当にお世話になりっぱなしね……」


「“こんな機会じゃないと王都にはいけないわ”って笑っていたぜ、だからあんまり気にしないでくれ」


 カイルはそう言ってサクサクと音を立てて茶菓子を頬張った。




 その後、お茶の休憩を終えた四人はダンス練習を再開した。今度はエルの成果をレオンに見てもらう為に再度ダンスをするのである。


 休憩したテーブルに座ったままレオンは部屋の中央で踊る二人を見た。彼の審査員のような眼差しは、先ほど二人に“秀”を出すと宣言したばかりのエルでも緊張した。


「………」


 レオンは無言で二人のダンスを見ている。彼の榛色の瞳は、どこか二人のダンスに対して100点満点の採点はしていない気がした。


「……レオン、何か気になる?私的には合格点なのだけど」


「私としても及第点はあげますよ。このダンスを披露して粗探しはされど、大っぴらに嘲笑されたりはしないでしょう。むしろこの期間にここまでと考えたら加点もしたいです」


「……何か気になるの?」


 エルは率直に尋ねた。


「いえ……」


「教えて頂戴。直せるところは直すから」


「………」


 言葉を濁す従者に、エルは再度尋ねた。

 彼らが傷つくかもしれない要素など些細なことでもすべて取り払いたかったからだ。


「カイルは先ほども言いましたが及第点です。厳しい評価ですが、カイルのダンスのスタートの実力を知らない目で見たら『まぁ、こんなものか』という目で見られると思います。私たちは彼の努力を知っているので、ここまでどれだけ成長したか知っていますがそれを知らないただの観客からしたら特に賛否のないごく普通のダンスです」


「………」


 一理あった。カイルの成長を目の当たりにしたエルは絶賛したが、可もなく不可もないダンスだと言われたらそうだ。


「それが問題なわけではありません。充分です、私が気になっていたのはセラフィナ嬢の方です」


「セラフィナ?」


 レオンは踊る二人に目を向けながら、目を細めた。

 大きなミスもなくダンスを披露する二人、その優雅な微笑みを浮かべるセラフィナのダンスは見事であった。


 だが、見事すぎた。

 彼女は全くの無経験から二ヶ月ほどで辛口のレオンですら『見事』としか言いようのない踊り手となっているのだ。


「(セラフィナ嬢……、この短期間でエル様とほぼ遜色のないレベルにまで腕を上げている。指導者のエル様の指南が良かったと言えばその通りなのだが、いくらなんでもおかしい。何らかのスキルの影響なのか?)」


「………セラフィナ、凄いわよね。一ヶ月くらいで殆どダンスを覚えたあとは練習をするたびに磨かれていくの。才能があったのかしら?」


「どうなのでしょう。私としてもコメントすることがありません。ただお見事としか言いようがありません」


「きっとセラフィナがパーティーでいちばん輝くわ。主役の座、奪っちゃうわね」


 くすくすと笑いながらエルはダンスを眺め続けた。その瞳は、彼女が恨んでいる復讐相手を見据えているのだろう。


「………」


 レオンは主人の様子に何もコメントせず、今はただ静かに彼女の隣に立った。エスメラルダを陥れ、誇りを奪った者共に一矢報いる為なら、異様な成長を見せるシスターなど今の彼には大した問題ではないという結論に至ったのだろう。


 エルはただ楽しそうに微笑んでいる。その瞳にかつて受けた屈辱を燃やすかような怒りを滲ませて、いまは静かにダンスを見守った。

 リリエッタとアルフォンス、愚かな二人の首元に向けてエルの怒りの刃は静かに研ぎ澄まされていた。


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