奔走編 修道院①
エルたちは、ロデリッツ公の私兵に追われた交易の街から逃げるとアステリア王国を北へ向かった。
旅の途中、エルは初めての野宿を経験した。
生まれて初めて寝具も何もない場所で、焚き火の炎を頼りに休む夜は、貴族出身のエルには強がっていても抵抗と辛いものがあり、同じく貴族出身のカイルも言葉には出さないが不慣れであり戸惑っていることは透けていた。
日に日に体には、逃走と不慣れな野宿による疲労が蓄積したが、大きな町にはエスメラルダを追う兵士と手配書が回っていて、気軽に立ち寄るのは難しく困り果てたレオンは昔、彼が修道院で身を寄せていた時に聞いた『とある噂』を頼りにある山間の修道院へと向かう提案をした。
「私たちお父様に許されない恋をしてしまったんです……!」
「こちらに駆け込めば、慈悲深き司祭様に助けてもらえると聞きました!」
たどり着いたとある教会、
頼ったとある噂というのは、山間の古い修道院はロマンチストの司祭が、駆け落ちした訳ありの恋人たちを匿ってくれるという噂だ。
「おぉ……若い方々、大変な目にあったのですね。我々、聖ルチーア教会はどんな権力にも侵されない不可侵の場。どうかゆっくりとしていってください」
エルたちがいるのは山の麓の古い教会だ。
レオンの記憶を頼りにたどり着くと、教会の中にいた老人はボロボロのエルとレオンを見るとすぐに訳ありだと察したらしく施設の内部に招いてくれた。
「ありがとうございます司祭様!これからロミオと未来についてよく考えようと思います!」
「このご恩は忘れません。ジュリエット、俺たちの未来は祝福されたんだね」
「嬉しいロミオ、あなたとならどこまでも行くわ」
「ほっほっほ……良いんですじゃ、愛とは何者にも縛られてはいけないのです……ところで」
恋人同士という設定で、適当にそれっぽいやりとりをするエルとレオン。
最初はそのやりとりを微笑ましく見ていたのだから、流石に存在を無視できなかったのか老司祭は話を切り出した。
「ジュリエット殿……そちらの青年は?」
老司祭の視線の先には、居た堪れなさそうな面持ちのカイルがいる。
いきなり恋人設定でベタベタな演技を始めたエルとレオンに固まって、何を話して良いか分からずにただ無言で腕を組んでその場の壁になることしかできずにいたのだ。
「(だからオレ言ったじゃん!絶対おかしいって言われるって!!なんで愛の逃避行したカップルに男が一人ついてきてるんだよ!!って!!)」
心の中で至極正当なツッコミをするカイル。
彼は教会に着く前にレオンからお前は、これから、司祭の前で話すな。話したら殺すと脅迫を受けているのである。
「マキューシオは私の護衛よ、だって私お父様に外の世界に出してもらったことないのですもの。もしロミオが怪我でもしたら私生きていけないわ」
「おお〜そうかそうか、それも愛ゆえに……じゃのぅ。いまお茶を持って来させるのでお待ちください」
ほっほっほと笑いながら、白い髭を撫でる司祭は納得したようだ。
「(嘘でしょ爺さん!?納得したのか!?おかしいよね?いろいろと設定が)……ギャ!!」
カイルは納得できずに声を上げようとしたが、それを察知したのか机の下の足がレオンによって踏みつけられた。
だ ま れ
と、声なき口の形でレオンは圧をかける。
「ふう、なんとか誤魔化せたわね」
司祭が退室したのを見計らって、エルは一息をついた。
久方ぶりに椅子に座って、体が一気に疲れを感じたのだ。
「素晴らしい演技でしたエル様……カイルおまえは顔にですぎだ。エル様が万が一身バレしたらどう責任を取る」
「ひええ、だっていきなり恋人役をするからおまえは黙っていろって言われても……焦るじゃん」
「馬鹿、声が大きい」
エルはシッと口元に指を当てて黙るように指示をする。
「お待たせしました。粗茶ですが」
戻ってきた司祭の後ろには、この教会のシスターらしき若い女性がやってきた。
発言通り、エルたちにお茶を淹れてきたのだろう。
「部屋の準備をするので、ロミオ殿ジュリエット殿今夜は教会で休んで行ってくだされ……護衛殿の部屋はどうしますか?別の方が良いかのう」
「あっ、はい……それでンギィ!!」
カイルが答えようとした途端、再びレオンによって足が踏みつけられた。
「すみません、結婚するまで清い関係でいるように誓っているので俺が護衛と同じ部屋でジュリエットを一人部屋にしてください」
「おお。関心な若者だ。わかりましたのじゃ、セラフィナよ部屋はその通りに準備してくれ」
「かしこまりました司祭様」
エルたちにお茶を出していた女性は、司祭の指示に従うと丁寧に礼をしてから部屋を後にする、その一瞬、彼女の青い瞳がエルの顔をちらりと見たような気がした。
「(いま、私のこと見たわよね)」
「(気づかれましたかね?)」
「(いや気づくだろうが、こんなおかしい設定で)」
「(おまえエル様の素晴らしい計画を馬鹿にするのか)」
「(最悪少し休んだらさっさと逃げるわよ)」
老司祭の目を盗み、ヒソヒソと小声で会話をしながら三人は出された茶菓子を貪った。
久方ぶりに食べた甘味は、涙が出るほど美味かった。
ロミオとジュリエットとマキューシオの前に謎のシスターが現れた。




