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饗宴編 レオン先生の経営侵略③

 





「ひとまずはこんな所だろう、どうだろうか?」


「すごいですレオンさん、雑貨屋さんみたいです」


 用意した商品を並べたレオンが尋ねた。かつては商品棚にお菓子が5割を占めていたブラン商会の店内に、レオンの用意した北の民の露天の委託品と、石鹸や布、掃除器具などの雑貨に小麦粉や塩や砂糖などの一般的な食料品が並んでいた。


「旧都の店もミルリーゼさまが独断で仕入れた外国の調味料とかも並んでいて割と混沌としていましたからね……本当に雑貨屋さんみたいです」


「もとから雑貨屋さんだよ!失礼だなロッド!!」


 ミルリーゼは描いたイラストを貼りながら、レオンの手で短時間で変貌を遂げた店内に感心するロッドに怒りの声を上げた。


「菓子スペースはお前の管轄だ。俺が昼休憩を終えるまでに埋まってなければ他の商品を置く、それが嫌ならお前の選んだ菓子を並べておけ……」


「こんなちっぽけなスペースじゃ、少ししか置けないじゃないか!!」


「ただの雑貨屋に大量の駄菓子がある時点でおかしかったんですよミルリーゼさま……とりあえず辺境の子供たちに人気なよく売れるチョコレートとミルリーゼさまのお好きな芋菓子にしましょうか?」


 不満を訴えるミルリーゼを優しく諭しながらロッドは店の奥から一度片付けたお菓子の詰まった箱を運んできた。


「もうちょっとスペースある?飴やキャラメルなんかは冒険者も買っていくよ。置いてもいいんじゃないかな?なんなら芋菓子は削ってもいいし」


「(……ちゃんとメインターゲットは冒険者だと覚えたか。ミルリーゼ嬢は怠惰でわがまま三昧だが頭や商売センスは決して悪くない、きちんと学んで生かしてふざけた運営や勤務態度をやめればブラン商会はもっと発展できる)」


 店舗スペースのテーブルについて、昼食のパンを齧りながらレオンは二人の様子を窺った。

 ミルリーゼは冒険の合間に食べやすそうな菓子を選び、ロッドが丁寧に並べていく。レオンの昼休憩が終わる前に店舗のレイアウト変更は完了していた。


「よし、終わったな。では最後にミルリーゼ嬢、このテーブルは片付けておけ。おまえの勤務中の怠惰の8割はこの席のせいだ。レオン商会には不要だ」


 レオンは座っていた席から立ち上がると、これ以上は不要とばかりに目で示した。その指示を聞いたロッドがおずおずと手を上げる。


「あのレオンさん……それなんですが、たまにお客様の中にはそこの席で休憩してから帰られるご老人の方もおられるんです。残しておいてはいただけませんか」


「はぁぁぁぁ!?客のくせに僕のスペース勝手に使ってんの!?ムカつくから撤去していいよ!お兄ちゃん」


「わかった、残そう。店長のロッド殿の意見を採用する」


「なんで!!!??ロッドに甘くないお兄ちゃん!!!」


 主にカウンターに立つことの多いロッドは店内の様子が一番わかるのだろう。レオンは彼の意見を尊重することにした。

 隣でぷんぷんと怒るミルリーゼは無視をした。


「とりあえずロッド殿とミルリーゼ嬢も昼休憩をしてください。先ほど露天に行った時に適当にパンを買ってきたからよければ食べて欲しい。俺からの差し入れだ」


「甘いやつある?」


「ありがとうございますレオンさん、ミルリーゼさま、お先に選んでください。俺お茶淹れてきますね」


 レオンは複数のパンが入っている紙袋をミルリーゼに渡すと中からパンを選ばせた。自分が一番食べたかったベーコンの混ざったパンはさっさと選んでしまったことは内密に伏せた。

 どうせ商会主のミルリーゼは肉の入ったパンは口にしないので大きな問題ではないだろう。


「僕、このお砂糖がかかったやつにしよ。でも全部は食べられないからお兄ちゃん半分食べて」


「……わかった」


 ミルリーゼはパンを半分に割くと片方をレオンに渡して頬張り始めた。

 椅子に座り足をぶらぶらとさせながら、美味しそうに咀嚼する。偏食かつ少食な彼女が物を食べる貴重な姿はいつみても小動物の食事風景のようである。


「では手筈通り、午後からリニューアルオープンだから気を入れ直して働くぞ」


「うん!なんだかんだで新しいお店、ちょっと楽しくなってきたよ。お兄ちゃんありがとね!やっぱり僕とお兄ちゃんが組んだら天下を狙えるね!!」


 ミルリーゼは楽しそうにレオンに語りかけた、その横顔はキーキー泣き叫んで反抗する朝のような姿は消えていた。

 かつてメイスたちにもう雑貨屋は向いていないから諦めるように諭されても「絶対にやる!!」と強情を見せたミルリーゼはなんだかんだでこの職種が純粋に好きなのだろう。


「喜ぶのは早いが不満そうな顔をして店頭に立たれるよりは良い。おまえは顔立ちは可愛いのだから、きちんと笑顔で接客をすれば需要はある。あそこまで怒鳴らなくていいから朝の発声練習の挨拶を忘れるなよ」


「お兄ちゃんも笑顔で接客するの?」


「『ブラン商会のステッキ』が、笑顔の接客で何人の女性に好印象を持たれたと思っている。俺は仕事と割り切れば基本的になんでもやる」


 レオンはミルリーゼから託されたパンを数口で平らげると、彼女からの質問に得意げに答えた。

 現状の客の大半が子供ばかりのこの店にも、彼を目当てで訪れる女性客は少なからずいるのだ。


「そうだったね!!うーん頼もしい!!それじゃかわいい僕とイケメンのお兄ちゃんと裏切り者のロッドで頑張ろうね!」


「……お嬢さん、何気にまだ根に持ってはるんですね」


 奥からカップにお茶を入れてきたロッドは、ミルリーゼの言葉に苦笑しながらも温かなお茶をテーブルに置いた。



「では!リニューアルオープンに向けてロッドのお茶で乾杯だよ!」


「乾杯は結構だがこぼしたパン粕をきちんと掃除しろ、ミルリーゼ嬢」


「俺やっておきます……」






「いらっしゃいませー!!」



 午後、ようやくブラン商会は店を開いた。リニューアルオープン後の店名もブラン商会のままで、レオンは最初からレオン商会などと名乗るつもりはなく発破のためにあえてそう語っていたらしい。


「俺の名前は流石におかしいだろう……」


「そうなの?あえてインパクトを狙っていたのかと思った」


 カウンターに並んで立ちながらそう言葉を交わした。

 レオンは相変わらず黒縁の眼鏡をつけて、髪型を微妙に変えた。そのおかげかいつもより、少しだけ近親しみやすい雰囲気を纏っている。

 本日も来店した女性客の中にはチラチラとレオンを意識している者も少なくはなかった。


「こんにちはミルリーゼちゃん、今朝は挨拶の練習をお兄ちゃんたちと頑張っていたわね。おばちゃん遊びにきちゃったわ」


 顔馴染みとなった青果店の店主がやってきて、洗剤や布巾などの日常雑貨を買って行く。彼女は近くの露天通りで青果の店をやっているのでミルリーゼの泣き叫ぶ声が聞こえていたのだろう。


「あはは……恥ずかしいです」


「恥ずかしがることないわ、とっても頑張っていて立派だったわよ!露天のみんなもあなたを応援していたわ。……それにずいぶん店の中も整理したのね。前のお店も悪くはなかったけど今の方がわかりやすくて良いわね」


 青果店店主は店の中を見回し、ミルリーゼの書いた薬草の絵を見つけると微笑ましそうに見つめている。




「ミルリーゼ姉ちゃん、お菓子は?」


「あるよ。怖いお兄ちゃんが減らせって怒るからそこだけ」


「えーー!!!でもチョコがあるならいいや。これちょうだい、お金置いとくから」


「ありがとうございました!!」


 近所の子供がやってきて慣れた様子でチョコを買って行った。ロッドの言った通り、辺境の街の子供はチョコレートが好きなようだ。


「(思ったより菓子の需要はあるのか?売り上げ次第では菓子スペースを増やしてもいいのかもしれないな)」


 その様子を品出しをしながら見ていたレオンはそっと評価を修正した。

 ミルリーゼの勤務態度は最底辺だが、経営方針は決して間違いと言い切れるほど愚かではなかったようだ。






 日が暮れて閉店時間が近づく店内。

 朝のミルリーゼの泣き叫ぶ発声練習が宣伝効果になったのか本日は客足が開店したばかりの頃のように多かった。

 次々と万人に需要のある日常雑貨が売れていき、本来のメインターゲットだと言っていた冒険者の姿もちらほらとあった。


「ありがとうございました!!!」


 ミルリーゼがカウンターに立ち、レオンとロッドが品出しや接客をする。三人で回すので大きなトラブルもなく店の中は終始活気に溢れていた。


「ふぅ……今日はいつもの倍働いた気がする」


 最後の客が帰ったのを確認してからミルリーゼは大きく伸びをした。

 あの後も何人かの子供がやってきて、大幅に減ったお菓子の棚を残念そうに見ていた姿はあったが、それ以上に住民や普段は滅多に来ない冒険者が買い物をしていくので売り上げは開店の日よりも多く感じられた。


「少し早いけど閉店にしよう。今日の売り上げを計算するから。仕入れはお兄ちゃんのポケットマネーだけどとりあえず原価を教えて」


 ミルリーゼは店の帳簿とそろばんをカウンターの下から取り出す。

 パチパチと玉を弾き、仕入れの領収書を見ながら計算を始めた。


「今日はお客さんがたくさんで大変でしたね。お疲れ様でしたレオンさん」


「ロッド殿も俺の指導についてきていただきありがとうございます。午後のみの営業でこれだけ稼げたのだから、午前中から店を開けば売り上げの大幅アップが見込めます。特に対合店のないこの街の雑貨屋需要をウチで独占してやりましょう。」


「ははは……すごいなレオンさん。たった一日でここまで」


 ロッドはカウンターで嬉しそうにそろばんを弾くミルリーゼをみた。

 よほど売り上げが良かったのだろう。その軽快な指捌きが言葉がなくとも物語っている。


「当たり前です。やると言った以上は成果は残します」


「ブラン商会を乗っ取ると言い出した時はどうなるかと思いましたけど、あなたを信じて良かったです。これからもよろしくお願いしますレオンさん」


 ロッドは丁寧に頭を下げて礼を述べた。


「お兄ちゃん!ロッド!!きいて!最高売り上げ!!」


 計算が終わったのだろう、ミルリーゼは書き記した帳簿を見せた。その額はここ数日の平均値の数倍の利益を叩き出している。

 客が多かった開店日のすら上回る金額を午後の営業だけで成し遂げたのだ。


「さすが僕が見込んで雇ったお兄ちゃんだね。僕の目に狂いはなかった」


 帳簿を抱きしめながらミルリーゼは歌うように褒め称えた。くるくるとその場で軽快なステップを踏むので、転ばないようにロッドは慌てて支えた。


「泣き叫んで俺を追い出すって言った癖に調子の良い……ミルリーゼ嬢、この売り上げが続くようなら頼みがあるのだが」


「んあ?時給かな?この売り上げが続くなら約束通り銅貨76枚にしてあげてもいいよ」


「…………」


 下げるのはガンガン下げるのに上げるのはかなり渋る。その瞬間、レオンは思い出した。ミルリーゼ・ブランはこういう女だ。


「ミルリーゼさま……いい加減に」


「だって今日の売り上げはお兄ちゃんの個人資金からの仕入れ値の収益だよ。明日からの仕入れはブラン商会のお金でしょう、続くかどうかわかんないじゃん」


「……冷静な判断ができている。浮かれて安易な契約をしないと評価はしよう。だがミルリーゼ嬢、俺はそこまで時給に関しては文句は言わないがロッド殿の待遇をもう少し改善してくれ。聞いた話だと俺以下の賃金で雇っているそうじゃないか」


 レオンの言葉に、ロッドは驚いて顔を見た。

 彼は自分のためにここまでしてくれていたとは思っていなかったのだろう。


「………無理。ごめんロッド」


「いや、いいです俺もそこまで」


 ロッドの言葉は遮られた。レオンがものすごい勢いでカウンターを叩いたからだ。


「脅しても無理だよお兄ちゃん。ロッドを雇ってるのはパパだから、僕は何もできないよ」


 睨みつけるレオンにミルリーゼは厳しい目で見つめ返した。朝の竹刀の音に怯えて泣き叫んでいた少女とは同じとは思えない強い眼差しだ。


「ふざけるな!労働者を守るのは経営者の役目だ!ミルリーゼ嬢、王都に一度帰るのだろう?お前の父親に直談判しろ!おまえがロッド殿を守るんだ!」


「……お兄ちゃんはパパがどういう人間かわからないから言えるんだ!!」


「おまえが守らなかったら誰がロッド殿を救うんだ!?おまえはさんざんロッド殿に助けられてきたのだろう!恩を返せ!!与えられたまま、ただ享受する恥ずかしい人間に成り下がるな!!」


「レオンさん……」


 レオンの記憶、ミルリーゼに従い、時には抜いた剣の前に身を盾にして守るロッドの姿。

 彼女がわがままを言うたびにそっとフォローをしていた彼は、レオンに会う前からミルリーゼを守っていたのだろう。


「………」


 ミルリーゼも思うところがあるのだろう。黙り込み、考え始める。


「………なにも手ぶらで直談判しろとは言わない。俺が辺境にいる間にこの店の売り上げを3倍にしてやる。その成果を提げてミルリーゼ嬢は父親に訴えろ」


「できるの?本当に?」


「できるかじゃない、やるんだ。もう決めた。俺もロッド殿には恩がある。旧都で刃を向けた無礼の詫びもしたい……ロッド殿もそれで良いですよね」


 あわあわと様子を伺うだけのロッドにレオンは尋ねた。バイトのフォローや初対面時のトラブルの清算をレオンは行いたいのだろう。


「レオンさん、本当にありがとうございます」


 ロッドは再び真摯に頭を下げた。その体には喜びと驚きが滲んでいた。


「ああ、任せろ。この俺、レオン・ヴァルターはエル様の家庭教師、ロデリッツ公爵家に認められた実績を存分にブラン子爵家にも叩きつけてやる」


「……エルの家庭教師ってだけでなんでもできるの?どう言う理論?」


「なんかレオンさんは、本当になんでもできそうですごく頼もしいですね」


 新たな決意に燃えるレオン、その背中を見ながらミルリーゼとロッドは顔を見合わせて苦笑した。


「ロッドいままで迷惑をかけてごめんね……僕、パパに頼んでみるよ」


「ミルリーゼさま、ありがとうございます」


「もしパパに殴られたらロッドもレオンも一生許さないからね」


「………」


 ミルリーゼの言葉に、ロッドはそっと胃を撫でた。

 そこで本日はここまで一度も胃痛を覚えていないことに気づいて、彼女のささやかな変化を感じたのであった。



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