饗宴編 魔法創作(マジック・クラフト)④
オズは密入国の罪を認めた。
静かに笑い、二杯目のお茶に手をつけた。気を利かせて部屋を出たロッドの分だろう。
「………これがバレたら国交問題になりますよ?国に追われた俺たちを保護してくれている辺境伯閣下の沽券にも関わります」
「国に追われているのはおまえさんだレオン、俺には関係ない」
「………」
オズは冷たく笑うと、レオンを黙らせた。
レオンは賢く冷静で知恵が回るが、口のうまさではオズの方が強かった。知識量で挑むレオンのピンポイントで弱いところを的確に突くのだ。
「………プライベートなんでね、言いたくはなかったが実は北に女がいるのさ。久しぶりに顔を見せてきた」
オズは胸元から煙管を取り出すと、慣れた手つきで火をつけて吸い始めた。
あたりに苦い煙の香りが立ち込める。
「…………」
「納得行ったかい?数年ぶりに会ったからなかなか帰してくれないんだ、いやー愛される男は困るねえ。おかげで色々と羽を伸ばせた」
「…………」
「お嬢様には秘密にしてくれや、オジさんに実は惚れてて失恋させちゃったら可哀想だ。女の子を泣かせたら男が廃るってね」
ふぅとオズは白い煙を吐くと、沈黙するレオンにニンマリと笑いかけた。
「……ふざけるな」
「そう怒るなよレオン、お嬢様の気持ちは変えられないんだよ。今日は泊まるのかい?オジさん酒場に行って酒飲んでこようかな」
「あなたはいつもそうだ。確信的なことを絶対に明かさない。そんな話信じると思うのか?俺を甘く見るな」
「…………」
レオンは勢いよくテーブルを叩いた。
とても強い音に、オズは「テーブル壊してないよな?」と不安になり確認する。
レオンの手が少し痛そうなこと以外に変化はなかった。
「オズ殿、俺はそこまで信用できないのですか?」
「信用してないのはおまえさんだろう?冬の山小屋で“お嬢様に近づいたら殺す”と名指しで指名して宣言したのは誰だよ?」
「………申し訳ございませんでした」
「やめろよ今更素直に、気色悪いわ」
オズは冷たく吐き捨てると再度白い煙を燻らせる。
むせかえるような苦い匂いにレオンの胸は苦しくなった。
「………俺はあの頃からはあなたを少し信用しているつもりでした、セラフィナ嬢が怪我をしたときにまっさきにあなたの姿が浮かび頼りました」
「あの“転んだ”ってやつ?」
セラフィナの大怪我はあの場では最後まで原因を明かさなかった。それも信頼されてないと突くつもりなのだろう。オズは眉を上げて煽るように尋ねた。
「………セラフィナ嬢は実はガラハッド騎士団の一部隊相手に生身の戦闘訓練をして、殴り勝ったそうです。あの傷は自分の傷よりも戦った騎士たちの傷を癒して魔力を使い果たした為に残りました」
「ふざけた冗談やめろよ。まだ転んだって方が信ぴょう性あるわ」
「………」
「………」
「………」
「…………マジ?」
レオンの沈黙、その目に浮かぶ感情で察したのだろう。オズが引き顔で尋ねた。
「マジです。誰にも言っていません。オズ殿にのみ打ち明けます」
「……セラフィナちゃん、かわいい顔して本当にとんでもねぇな」
清廉なシスターの微笑みが浮かんだ。穏やかでお淑やかな女性だが、彼女の戦闘力はとてつもなかった。敵と判断したら躊躇いなく殴り倒すのだ。その拳には常に容赦はなかった。
「俺は一時期、本当にあの女は化け物だと思っていました。和解はしたつもりですが、今でもたまに恐ろしくなります」
「あぁ……うん。それは仕方ない。」
「…………」
「ほ、ほらレオン。女の子はセラフィナちゃんだけじゃないんだぜ?女性不信になるんじゃないよ?おまえさんイケメンだし若いんだからさ?こんな枯れたオジさんならともかく、まだまだ未来があるんだからおまえさんは素敵な恋をしたら良いじゃないか?」
「あなたは枯れているんですか?、北に女がいるのに?」
「…………」
レオンは再度オズの顔を見た。冷や汗を垂らすオズは墓穴に気づいたのだろう。
レオンはオズとの間の形勢が逆転したのを感じた。
沈黙が広がる。
レオンはオズの顔を見つめて、苦々しい顔のオズは黙り込み、ただ煙管の煙だけが部屋の中にたちこめた。
「子供を探している」
オズは小さく呟いた。
「…………」
「ずっと探している。10年以上だ。アステリアは国中を探したつもりではいた。北の国はまだ探していないから探していた。辺境にいる間は何度か密入国をした。どうしても見つけてやりたいんだ」
オズは申し訳なさそうな口ぶりで答えた。
先ほどまでの軽薄さは微塵もなく、頭を掻きながらいたたまれなさそうな様子だ。
「………誰の子供ですか?」
レオンはようやく冷め切ったお茶を一口飲んだ。予想以上に苦かった。ブラン商会は旧都の茶葉を使う為、独特のクセがある。こんな苦い茶を平然と二杯も飲んだオズの心境を思うとレオンは罪悪感のような衝動に駆られた。
「俺の子供だ」
「…………申し訳ございません。深入りしました」
「探索魔法をかけたくても、子供と縁のある品なんて手元にない。地道に生きている事を信じて探すしか俺にはできなかった。別に隠したかったわけじゃない、話す必要性を感じなかっただけさ」
「…………」
オズは静かに呟くと、手で顔を覆った。
「2歳だった……ある日突然いなくなっちまったんだ。一人でどこかに行くような年齢じゃない。連れ去られたのか、何かの事件に巻き込まれたのかそれすらもわからない。俺にとっては宝物だったんだ……どうしても見つけてやりたいんだ」
もう生きていないのでは?との言葉をレオンは飲み込んだ。そんな身勝手で残酷な言葉を無慈悲に吐けるほどレオンは冷徹にはなれなかったからだ。
思えばオズは子供には優しかった。旧都にて犯罪組織に攫われた子供の話を聞いた時は、彼は「心配だ」と柄にもなく言っていたし、仲間内で幼い容姿のミルリーゼに対する言動は時折、父親のようであった。
「ミルリーゼにも頼んでいる。帝国派に連れ去られた子供の情報を調べてもらっている。すまないレオン、どうしても見つけたい。見逃してくれ……」
「………」
「頼む………」
「………もう一つ、尋ねても良いですか」
再度の沈黙の後、レオンは口を開いた。
「北の国境へ向かうあなたの姿が途中で消えました。魔法だと思ったのですが、以前あなたは『姿を消す魔法はない』とおっしゃっていたので疑問でした。あれは一体?」
「魔法だよ。北にいる間に新しく作った。俺は“新しい魔法”を作ることができる。ちょうどいい機会だから話しておく。俺は元々魔力持ちだったが、チビがいなくなった日に体に異変が起きて、突然魔法が使えるようになったんだ」
エルが髪を切った時に黒くなったのと同じ原理だろうか。魔力持ちの感情の昂りが、体に異変を起こすことは決して稀有なことではない。
魔力持ち自体が希少なので滅多に見られないが、絶対にないわけではない現象だ。現にレオンは怒りに身を任せて金の長い髪を切り落としたエルの髪が黒く染まるのをすぐ近くで見ている。
「………」
「最初は火花を起こす程度の小さな魔法だった。だが、やがて火花が火柱になった。火柱から旋風……水、氷、しまいには障壁や呪詛、俺が望んで、想像と原理が一致した魔法は生み出せるようになった。スキルかギフトかわからないが俺はこれを【魔法創作】と呼んでいる」
オズの魔法は多彩であった。派手な爆発魔法から、認識を阻害したり悪夢を見せることもできた。彼がレオンの知らない魔法を次々と使う理由に納得した。
「でも完璧ではない。大体はすぐにできるわけではない。認識阻害は心理魔法を応用している。姿消しは光の魔法を使っている。試行を重ねてようやく実用化できた」
「オズ殿、あなたはとんでもないな」
セラフィナが多彩なスキルを持っていることは知っていた。だが彼女は作り出したわけではなく、与えられたかのような口ぶりで、持っているスキルも回復や防寒のような防衛手段の力だ。決して人を傷つける能力は持っていない。それだけでもレオンは規格外なシスターだと思っていたがオズは、彼が望んで創作すれば、原理が一致さえすればなんでも作れるという。とんでもないことだ。
「納得はできたかい?本当は縁のある品がなくても探索ができる魔法を作り出したいんだがオジさん弱虫だから、もしその魔法が完成して“いない”って出るのが怖いんだよ。そのせいか魔法は完成しない。心が拒否してるから……笑ってくれや」
「………今の俺にあなたを笑う権利はありません。深入りして申し訳ございませんでした。これ以上は聞きません、くれぐれも内密に」
「いいさ。俺だっておまえさんの過去を知ってる。酒に酔わせて無理やり話させたようなもんだ……生き別れた兄ちゃん、会えたら良いな?」
「ご冗談を。俺はむしろあなたの縁のある品がなくても探索ができる魔法で“いない”と出して欲しいくらいですよ」
レオンは冷たく言い切った。
彼の過去、没落する家から病の母を見捨ててどこかに逃げたという兄。
当時の幼いレオンから視点の話なのでオズにはいまいち信用できなかった、普段から主人のエル以外には毒舌で辛辣な言葉を使いつつも、なんだかんだで情に深いレオンの血の繋がった兄がそのような冷酷な男には思えなかったからだ。
「まぁ、なんだ。オジさんの話は皆には秘密にしてね。恥ずかしいから、ミルリーゼちゃんもね詳しくは聞いては来なかったの。あの子は優秀な情報屋だから」
「わかりました、最後にひとついいですか?」
レオンは静かに頷いた。
「何?」
「ここ禁煙ですよ、タバコ吸ったのがバレたらミルリーゼ嬢に怒られますけど大丈夫ですか?」
「………いまから消臭魔法作るわ」
レオンの問いかけにオズは苦笑した。
どこか、このしばらくの間に張り続けた糸が緩んだような、そんな表情であった。
ミルリーゼのおみせ③回でお願いしてた事ですね。
魔法使いさんはお父さんだった…!




