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饗宴編 魔法創作(マジック・クラフト)①

 




「ただいまー、レオンくんおるんかー?」


「レオンさん、留守番をお願いしちゃってすみません」


 夕方、騎士団駐屯所に行っていたメイスとロッドの姉弟がブラン商会の店舗に帰宅した。寒かったのか、西の温暖な地方出身の姉弟は頬や鼻が似たように真っ赤になっている。


「おかえり……」


「メイス様ロッド様、おかえりなさいませ、お邪魔させていただいております」


 閉店した店舗スペースの奥から呼ばれたレオンと同時にセラフィナが顔を出した。


「あら〜セラフィナちゃん、今日も美人さんやね」


「少し前にメイス嬢を訪ねてきた。外で待たせるのもどうかと思い勝手に上げたが」


 レオンは隣にいるシスターを見ながら彼女がいる理由を簡潔に述べる。


「ええよ、何も問題あらへんよ〜、どーしたん?」


 どうやらセラフィナはメイスに会いに来たようだ。

 にっこりといつもの清廉で穏やかな微笑みを浮かべると、メイスの手を取って再会を喜ぶ。


「メイス様にお料理を召し上がっていただきたくて、レオン様に許可をいただいてかまどをお借りしました」


「えっ!?約束覚えててくれたん?めっちゃ嬉しい!食べる食べる」


 先日の酒の席での約束を、セラフィナは律儀に覚えていたらしい。はにかみながら清廉なシスターは答えた。


「あと先ほどミルリーゼ様からメイス様がこの街をもうすぐ出て王都にお戻りになるとお聞きして、わたくしどうしてもメイス様にお会いしたくなったのです」


「えぇ、ほんまに〜!?セラフィナちゃんウチほんま嬉しくて泣いてしまいそうや、優しくせんといて本格的に惚れてまう……」


 メイスは大袈裟に笑うとそのままセラフィナに親愛のハグを施した。内心、先日大目玉をくらってかつてないほどのお叱りを受けたあの小さくてかわいい少女の気配りに感謝をした。


「(ミルリーゼさま……なんやかんやでやっぱり甘いやん。最後まで詰め切れてへん……やっぱ心配や……でもそんなところも好き……)」


「姉さんが紹介された相手ってシスターさんではないですよね?」


 姉の熱烈なハグ姿を気恥ずかしそうに目を逸らしながら、ロッドが尋ねた。


「それは皮肉かロッド、紹介されたのはガレスはんや、いま会ってきたやろ」


「それはそうですけど」


 ロッドはちらちらと気恥ずかしそうな目線のまま姉とシスターの顔を見比べる。男の人を紹介されたとは聞いていたが、それ以上に親密になったのはその場に同席したという姉とは真逆のタイプの女性なのだ。そもそも飲み会の時点でメイスとセラフィナが初対面でないこともロッドは知っているがどうしても疑問なのだろう。




「ほう、あのふざけた飲み会の後もガレス殿に会っているのか」


 一連の流れを見ていたレオンが今度は尋ねた。

 彼はブラン商会のエプロンをつけて黒縁メガネをかけているが彼の容姿の良さは隠せなかった。

 ただ髪型も微妙に変えているので、メガネ姿も相まってレオンだと言わなければ瞬時にはわからないだろう。

 先ほど訪れたエルの前では、彼は即座に変装を解いてほとんど素の姿だったが、大抵は接客するときはこの姿で「ブラン商会のステッキ」を名乗っている。

 余談だが接客を初めて一週間、実際のシフトの勤務は三回ほどだが既に2回、客の女性に真剣な眼差しで愛の告白されている。熱い視線を送る人の数ならばもっと多いらしい。


「ふざけとらん、ウチは真面目やったでミルリーゼさまの三回制限も守ったし」


「ピッチャーで水のようにガバガバ酒を飲んでおいて何が真面目だ。あなたの存在自体がふざけている」


「レオンくんめっちゃウチにあたりキツくない!?ほんまなんでこんな男がモテるん!?わけわからんわ」


「……姉がご迷惑おかけしました」


 やり取りを聞いていたロッドは胃のあたりを抑えながら顔を青くして謝罪した。


 姉弟とレオンがそんなやり取りをしている間、さりげなくキッチンに向かっていたセラフィナがこの場に戻ってくる。


「レオン様、お味を見ていただけませんか?」


「はい。とりあえず二人ともセラフィナ嬢の料理を食べてみてください。食材は俺が用意したので」


「えっ気がきくやんレオンくん。やっぱりモテる男は違うんやね」


「姉さんレオンさんに失礼だから本当に堪忍してください……シスターさん、俺まですみません、ありがとうございます」


 姉のくるくる回る手のひらに冷や汗をかきながらロッドは再度頭を下げた。

 レオンは同情するようにその様子を見て、メイスに関しては何もコメントせずにキッチンへと向かった。


 セラフィナが作っていた料理は、メイスとガレスの顔合わせの際の酒場でレオンが好物だと話していた彼の故郷のポテトスープであった。

 本人は『芋を煮溶かして塩で味付けするだけ』と話していたが、セラフィナが作ったものは彼女なりにアレンジしたのかミルクで仕立てて根野菜やきのこも加えられたハーブのやさしい香りがする一品だった。

 ミルクとよく煮込まれた野菜が上品に溶け込んだ風味が彼女らしい優しく繊細な味わいとなっている。


「えーーーめっちゃ美味しい!?」


 メイスはスープを口にして、頬に手を当てて感想を述べた。本当に美味しいのか目を見開いている。


「そうだな味は美味しい。だがここまで丁寧な味付けではない。俺の言ったものは塩味の芋のみのスープなのでここまでアレンジをされてしまうと加点要素ではない。別物だ。故に今回は評価外」


「申し訳ございませんレオン様、また次回頑張りますわ」


 スープをすくって、中に入っている具材をチェックしなからレオンは学生を採点する教師のようにコメントした。

 それを聞いたセラフィナは気を悪くするよりも、むしろ謎のやる気に満ちている。


「レオンくん……作ってもらっておいて文句言うタイプなん?あんた……めっちゃ最低やで」


 その様子を冷たい目で睨みながらメイスは嗜めた。


「味は美味しいと言っている」


「レオンさんってたまに学校の先生みたいになりますよね……セラフィナさんありがとうございます。とても美味しいです」


 ロッドは冷や汗をかきながらも、ばちばちと睨み合う二人を見て、そう穏やかにフォローした。




「わたくしが食材のお代をお支払いするつもりだったのですがレオン様が代金を支払ってくださったのです」


「先日の酒代まで払ってもらっているのに料理の材料費までセラフィナ嬢に負担させられませんよ。すみません、まさか俺の好物を作るつもりとは思っていなくて……」


 レオンの話では、露天にて買い物をした後に「レオン様のお話しされていたポテトスープをつくりますね」と言い出されて材料の訂正ができなかったらしい。

 甲斐甲斐しく料理する背中に、最後まで軌道修正することがどうやらできなかったようだ。


「なんやレオンくん、押しが強いのか強くないのかわからんな……おかわりもらってええ?セラフィナちゃん、これホンマにめっちゃおいしいで!」


「あ、俺もいいですか。久しぶりのシスターさんの料理、とても美味しいです……胃に沁みます」


 食べるペースが早いのか姉弟はペロリと完食すると、それぞれセラフィナの了承を得てからおかわりを皿によそった。


「このスープ、芋ベースならミルリーゼ様も食べられそうやな。後で作り方聞いてええ?」


「あ、はい。もちろん」


「だめです姉さん。作る際は根野菜……にんじんは抜かないとミルリーゼ様は皿の中のオレンジ色を見た瞬間に絶対に手をつけません。きのこもだめですね」


「あまり他人の事をとやかく言いたくないがミルリーゼ嬢の偏食はなぜあそこまで酷いんだ?お二方が甘やかしているせいか?」


 レオンは、ミルリーゼの偏食を思い出して尋ねた。

 単なる野菜嫌いならまだ子供らしく可愛さもあるが、彼女はそのレベルを逸脱している。


 芋以外の野菜全般は食べないし、肉と魚も拒否をする。しまいにはパンすら甘い味のするもの以外は食べようとはしなかった。


「もろこしなら食べるで、あと卵もセーフや」


「豆もいけますよ。案外食べないようで食べます」


「いやいや、食べる範囲が狭過ぎる。以前にセラフィナ嬢がスープを作った時も具材を全部残して汁を数口しか口にしてなかった。あれで良く生きていけるとある意味では感心しているが流石に栄養面がふざけすぎている」


「わたくしもミルリーゼ様が心配です。なぜあそこまで極端なのですか……?」


 ミルリーゼの食事姿を思い出しながらセラフィナもレオンと同調した。ミルリーゼは口では「おいしいよ」と言いながらほとんどセラフィナの料理に手をつけないのだ。


「ミルリーゼさまは……複雑な家庭事情なんや、ウチから言えるのはこれだけ」


「昔から野菜は嫌ってましたけど、肉と魚は普通に食べてはったんですよ……ミルリーゼさまが奥様の背丈を越した頃から極端になりましたよね」


「ロッド、黙っとき!!……レオンくん、セラフィナちゃん……今のは聞かなかったことにしてくれへん?」


 弟を制したメイスはにっこりと微笑んだ。

 レオンとセラフィナは、聞いてはいけないことを聞いた気がしたので、お互い目を合して頷くとそのまま何事もなかったかのように食事を再開した。



レオン先生は貴重なツッコミだけど常識人ロッドくんが近くにいると真顔でボケるタイプ

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