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饗宴編 お泊まり会①

 




「こんにちはミルリーゼ、お店の開店おめでとう遅くなってごめんなさい」


「エル!!!」



 ブラン商会の辺境支店。

 新装開店から一週間ほどが経ったある日、客足も落ち着いたのか人のいない店内で、カウンターで頬杖をついていたミルリーゼはやってきたエルを見て勢いよく立ち上がった。


「なんかすっごい久しぶり!ずっと会えなかったからちょっとだけ寂しかったよ」


「いろいろとやることがあったの。あなたのことを忘れたわけじゃないわ」


「当たり前!親友を忘れたなんて言わせないよ」


 ミルリーゼは嬉しそうにエルに近寄ると、腰の辺りに勢いよく抱きついた。

 ミルリーゼを受け止めたエルはやさしくその銀の髪を撫で微笑む。


「ずっと何をしていたんだい?」


「もちろんダンス特訓の追い込み、それと来るべき王宮に備えて戦闘訓練もしていたわ。実はここ最近は街の外に魔物を討伐していたのよ」


「え?エルって一応公爵令嬢だよね?ごめん素で聞いていい?きみは一体なにをしているんだい?」


 エルの口からさらっと放たれた衝撃の事実に腰に抱きついたままミルリーゼが硬直した。


「仕方ないじゃない。カイルがお父様の騎士団の仕事を手伝うっていうから不在の時はダンスの練習できないし」


「やることがないと魔物討伐になるのかい!?ごめん、僕の理解が追いつかないみたい……えっとお兄ちゃーん!!!エルが来たよーーー!!」


 ミルリーゼは考えるのをやめると、店の奥に向かって声をかけた。

 その数秒後もしないうちにものすごい勢いで誰かが走ってくる。


「いらっしゃいませ……エル様。ようこそお越しくださいました。只今お茶の用意をいたしますのでどうぞお寛ぎください」


 店舗スペースにレオンが飛んできた。

 エプロン姿の彼はものすごい勢いで駆けてきたが、息一つ乱さずに、雇い主のミルリーゼが見たことないくらいに見事な接客スマイルをむけている。


「あら?ここ雑貨屋さんでしょう?お茶のサービスあるの?」


「あるわけないじゃん。お兄ちゃんは勝手に人の店を違う業種にしないでくれるかな?」


 珍しくツッコミとボケが逆転した。

 暴走気味なレオンを、冷めた目のミルリーゼが嗜める。


「うるさいエル様が来たんだからVIP待遇しろ!!特別室は!?」


「……あるわけないじゃん。お兄ちゃんなんかテンションおかしくない?ねえ、ところでエルが魔物倒してるとか言ってるけどお兄ちゃん的にセーフなん?」


「何言ってるのミルリーゼ、レオンの特訓メニューよ」


 ミルリーゼは戸惑いながら尋ねると、さらっと追加の衝撃の事実が発覚する。


「深追いしないを条件に俺が課したメニューだが問題でもあるのか?エル様、成果の程は?」


「上々よ。あとでレポートを出すわね」


「えー……なんだろう、僕がおかしいのかな。エルと久しぶりに会うからなんだかよくわからなくなってきたよ」


 最終的に、なんか楽しそうだからいいやとミルリーゼは浮かび上がる疑問を飲み込んだ。





「ロッドさんとメイスさんは?」


「騎士団にいってるよ」


「へぇ、何故そんなところに?」


「エルがいないうちにいろいろあったんだ」


 裏方作業中だというレオンは作業に戻ったので、ミルリーゼもカウンターの椅子にもどり、エルもカウンターに背を寄せた。閉店時間が近いのでどうやら客足は皆無なようだ。


「いろいろ?」


「うん。いろいろ……長くなるからそのうちゆっくり話そうかな」


「それじゃ今日はガラハッド邸にきなさいよ。久しぶりに一緒にお泊まり会をしましょう」


「うーーーーん」


 エルの誘いにミルリーゼがあからさまに渋い顔をする。会食と風呂が苦手な彼女にとって、ガラハッド邸は鬼門なのだろう。


「そんなに悩むほどなの?」


「背に腹は変えられない、覚悟を決めるか」


「そんなレベル!?」


 腕を組んでうんうん唸るミルリーゼは、数分悩んだ後エルの誘いに乗ることにした様子だ。


「エルは慣れてるかもしれないけど、カイルの家はすっごい豪邸じゃん?庶民暮らしの僕にはちょっと敷居が高い感じがするんだ」


 カイルの家は辺境伯の父の仕事の関係でかなり大きいが、エルから見たらわりと家具などは必要以上に豪華ではない質実剛健な風貌である。

 それでも旧都でも辺境でも庶民的な普通の家に暮らすミルリーゼには豪邸に見えたのだろう。


「ミルリーゼ、念のため聞くけどあなたは貴族出身の子爵令嬢でしょう?」


「そうだよ。僕は借金持ちの貧乏令嬢だよ。でもエルの気持ちは受け取れないよ。友達と金の貸し借りはしない主義だからね」


「そうなのね立派じゃない。私はお金貸すなんて一言も言ってないけど」





 やることがあるというレオンを残してエルとミルリーゼは閉店後にカイルの家に向かった。

 すっかり顔馴染みになったガラハッド邸の門番に挨拶をしてほぼ顔パス状態で屋敷に入る。

 もう二ヶ月以上もガラハッド邸に住んでいて、すっかり馴染んでしまった。


「おや、エスメラルダ嬢とミルリーゼ嬢か。おかえり。冷えただろう、食事の前に温泉をお勧めするよ」


 中庭にちょうど仕事から帰宅したらしいガラハッド辺境伯がいた。騎士団での勤務の帰りなのか少し土と汗の臭いがした。


「お勤めお疲れ様です閣下、本日ミルリーゼを私の部屋に泊まらせてもよいでしょうか?」


「勿論構わないよ、ベティも喜ぶだろう」


「カイルのお父さん!お言葉に甘えてお邪魔するね!あ、僕晩御飯いらない……」


 その瞬間、エルの素晴らしく早い手刀がミルリーゼの頭に炸裂した。


「痛ッ!!何するんだいエル……」


 頭を抑えて涙目で痛みを訴えるミルリーゼ、しかしエルの顔は一切ニコリとも笑っていなかった。


「あなた!!誰に向かって口を聞いてると思ってるの!!!!」


「えっ、カイルのパパのギルベルト・ガラハッド辺境伯爵でしょ?」


 名前合ってる?とミルリーゼが問いかけるとガラハッド辺境伯は困った様に苦笑しながら頷いた。


「辺境伯よあなた!!、辺境伯ってわかる?とっても偉い方なのよ!!何友達の親みたいな会話してるのよ!無礼よ!無礼すぎてびっくりした!」


「え?カイルのパパは友達の親じゃないの?」


「違う!!違くないけど違うの!!、か、閣下!私の友人が大変な失礼をいたしました。どうかお許しください」


 エルは頭を必死に下げた。エルの実家のロデリッツ家では自分より格下の相手には絶対に頭を下げてはいけないという家訓があるが、問題なく頭を下げて良いと認識するほどガラハッド辺境伯は格上だとエルは判断しているのだ。

 そんな大貴族に対しての親友の起こした暴挙にエルの全身から冬だというのに汗が吹き出した。


「……エスメラルダ嬢いいんだ。私が許しているから気にしないでくれたまえ」


「だよねっ、今更なしだなんて恥ずかしいこと辺境伯閣下は言わないさ」


 エルは無言でミルリーゼの頭を掴むと強引にその小さな頭を下げさせた。


「この愚かな親友は、私がきっちり叱りますので」


「本人が良いって言ってるのに何怒ってるのさ。エルって柔軟性ないよねそんな風に生きてて疲れない?」


「ははは……エスメラルダ嬢いいんだ。私が許しているから本当に気にしないでくれたまえ」


 私は先に失礼するよと言い残して、辺境伯は屋敷へと入っていった。

 一瞬見えた彼の目はどこかエルの礼儀正しい態度に安堵したような雰囲気だった。



エル様、旅の道中おそらくガラハッド夫妻にしか頭下げてない気がする……

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