奔走編 旅立ち④
「行ったみたいだぜ」
ロデリッツ家の追手を、カイルの機転でやり過ごしたエルとレオンはカイルの声で、身を隠していた物陰から姿を出した。
カイルの言葉通り、彼女たちを追いかけていた兵士たちの姿は辺りには見えなかった。
「ありがとう、助かったわ」
エルは安堵の息を吐くと、淡々と礼を述べた。
「エル様、見つかる前に町を出ましょう」
レオンは周囲を伺うと、人の少なさそうな道を示してこの街の脱出をする。
エルも同意見だったので、頷くと「それじゃ」と軽く言い切って駆け出そうとした。
「……なぁ、オレ本当はアルフォンスと喧嘩なんてしてないんだ!嘘ついてごめん、あんたの糾弾会が許せなくてアルフォンスに楯突いて学園を出てきたんだ!」
エルの背中に、カイルの声が届いた。
「知ってる。辺境伯の息子が王太子に噛み付いたって噂は広がっているわよ」
「オレ……あんたの学園での扱いとか、アルフォンスとリリエッタのやり方も本当に許せないんだ!!だから」
「あのさ……あなたの立場で、私のこと堂々と庇って、結果として私が不貞を疑われるとか考えなかったの?独りよがりの正義感は気持ちよかった?よかったわね、あなたは本当はお優しい家族から英雄のように温かく迎えられたのでしょう?」
冷たい声が届く。
ハッとしたカイルが顔を上げると、恐ろしいほどに冷たい顔をしたエルが見下ろしていた。
「………ごめん、そんなつもりは」
「私はね、もう誰も信じないの、信じられないの。だから私に構うのは金輪際やめてあなたは自由に生きなさい」
エルは声を震わせた。
カイルは、エルの言葉が体の中で何重にも響く。
カイルは目の奥が熱くなるのを感じて、熱いものがこぼれないように歯を食いしばると力強く拳を握りしめた。
「それでもオレはあんたについていきたいんだ。アルフォンスの暴走だってまだ間に合うなら止めたい、あんなふざけた女がこの国の王妃になるなんて絶対に嫌だから阻止したい、今度こそオレはあんたを守りたい!!」
「………」
「察しろ馬鹿、エル様はおまえを巻き込みたくないんだよ」
歩みを止めたエルの背後に立つレオンは、エルの代わりに答えた。
どうもレオンという男は、エスメラルダ以外ではフランクな言動のようだ。
こちらのほうが、本来の彼の性格なのだろう。
「巻き込んでくれて構わない!エスメラルダ、オレをあんたの騎士にしてくれ!」
「……あなたって愚かなのね。あなたの家も巻き込むことになるのよ、あなただって家族を巻き込みたくないから……、私に『親父と喧嘩した』なんて嘘をついてるけど本当は家族のために家を出ているのでしょう?」
振り返ったエルからは、先ほどの冷淡な色は消えていた。
エルにとって学園の暮らしで唯一、人の温もりを与えてくれたカイル。
自分を巻き込みたくないと思っての言動だったのかと察しの悪さにカイルは心から申し訳なさを覚えた。
「もう、二度と私に嘘をつかないって誓って」
エルはそう言って、微笑んだ。
「ああ!あんたに嘘はつかない。オレはオレなりの忠義の下、あんたについていく。あんたを守る騎士になるよエスメラルダ」
「私のことはエルって呼んで。エスメラルダはもういないわ。屋敷から逃げた夜に死んだことにしたの」
「エル……そうだないまのあんたにはそっちの方がよく似合うと思うぜ」
「馴れ馴れしいなこのガキ、エル様には敬語を使え」
「うわっ、なんか兄さんオレにだけ当たりキツくない?」
レオンは困惑した様子のカイルを鼻で笑うと、背中を強く叩いた。
学園でエルを守ってくれてありがとうの思いがこもったその一叩は、カイルは今度こそ上手に察する事ができた。
ヤンチャ系騎士見習いが仲間になった。
レオン先生の口調は一人称「俺」の時が素です。
エルの前だけ「私」と言っています。




