饗宴編 高貴で厳かな王妃様
王妃様の物語です。
不穏です。閲覧注意です。
アステリア王国、王座に座る女性は豪奢な謁見室でため息をついた。
亡き配偶者に変わりこの国の頂点に座り、いつの日か継承する息子に変わり王座を預かる彼女には悩みは山ほどある。
その中でも目下の悩みは、もう来月に迫った婚約パーティーに本来息子の隣に座らせる予定であった令嬢が屋敷から逃げたまままったく捕まらないことであった。
第一王子の婚約者は、王妃カトリーナが自ら教育した最高傑作の令嬢であった。次期王妃としてどこに出しても恥ずかしくない美貌、知性、誇り。
最愛の息子アルフォンスの隣に立つのにこの世で最も相応しい存在で、心から大切に育てていた。
少々きつく教育した気もするが、歯を食いしばって泣き言を言わずに耐える美しき少女の姿はどんなに趣向を凝らせた舞台より見事だった。
冬の冷たい空の下、氷のように冷たい回廊の上をわざと素足で歩行訓練をさせた。
あの少女が辛そうな顔をする度に指摘をしたらやがて顔を引き攣らせることはしなくなった。
真夏の日射しの下、あえて水分も与えず直射日光に当てさせながら灼熱の庭園で綺麗な姿勢を保たせたこともあった。あの日射しの下でも令嬢の目は決して濁ることはなかった。
ダンスのレッスンを一晩中させたこともあった。わざとサイズの合わない靴を履かせて、口答えをせずに痛みに耐え切ったときは他家の娘とはいえ抱きしめてその絹糸のような美しい髪を撫で、口付けをしてやりたくなった。
彼女の白い足から鮮血が滴った時の胸の高揚は忘れない。
だが、流石におかしいと思った彼女の父から再三にわたり苦情が来たので、嗜好も兼ねた王妃教育はそのあたりにしておいた。
どこまでも従順で美しく、王妃の教育方法に何の疑問も抱かない無垢な彼女を壊してしまうのは流石に早すぎると王妃自身も判断したからだ。
そんなお気に入りが、学園で暴行事件を起こしたと聞いてもカトリーナには些事でしかなかった。
むしろ、気に食わない者を即処分できる決断力は賛辞を与えてやりたかったのに何故かカトリーナの兄のヴォルマー・アルバート公爵は大事に騒ぎ立てた。
アルバート公の宿敵の令嬢の父のロデリッツ公を堕とすチャンスだとばかりに大袈裟に吹聴して、罰を与えよとカトリーナに囁くので、思いつく限りで一番軽い「謹慎」の罰を与えた。さっさと屋敷から逃走した令嬢を捕まえろと命じて、それ以上の罰は問わなかった。
カトリーナとしては令嬢の行為を評価したいのだ、なにも“あの時”のように家門全員を処刑台に送る必要など微塵も無いとカトリーナは判断したのだ。
それに名門ロデリッツ家は、当主の男はいろいろと口うるさいが仕事はきちんとした。王家の為に建国から身を粉にして働いてきた忠義の家だ、そんなことで取り潰すのは流石に大袈裟だと思っていたのだ。
お気に入りの令嬢の代わりにとアルフォンスの連れてきた令嬢を見たときは目眩がした。
「王妃様〜よろしくお願いしますね♡」
そう言ってくねくねと腰を曲げながら上目遣いで見上げた男爵令嬢は、王妃の前で王太子にまとわりついた。
「…………」
「リリィはとても優しい子で、きっと母上も気に入りますよ!冷血なエスメラルダとは違うんです!」
「…………」
何故か自慢げな息子の気持ちがカトリーナには理解ができなかった。王太子には国で一番の至高の宝石を与えたつもりが勝手に屑石に換えてきたのだ。なぜ、かわいい王太子の隣に何の価値もない娘を据えなくてはいけないのだと王妃は憤った。
顔立ちだけは可愛らしいのかもしれないが、リリエッタには容姿しかなかった。
知性も誇りも品位も教養も、何より貴族として一番大切な血統すら汚れていた。
フローレンス男爵家など、平民上がりの成金貴族できけば母親は男爵が手をつけたメイドだと言う。そんな薄汚い血を王家に混ぜるなどアルフォンスは正気なのだろうか?
何としてでも屋敷から逃げたエスメラルダを捕まえて、再教育の果てに王妃に戻さねばこの国は終わるとカトリーナは焦っていた。
「最悪、婚約パーティーまでにエスメラルダが捕まらない場合は、リリエッタは事故にみせかけて処分すれば良いか」
カトリーナは自室にて侍女に着替えさせながら呟いた。
話を聞いた侍女はきちんと教育がされているので何の反応もしない。こんなことでいちいち反応するような侍女など煩わしいから不要である。
「手筈通り人払いをしておけ」
来客に向けてドレスを着替えたカトリーナは、侍女に指示をして自らは月明かりに照らされた窓際の椅子に座った。
白い満月が浮かぶ夜空は見ているだけで穏やかな気持ちにさせる。
今宵も最近のお気に入りが寵愛を受けにやってくるのだ。あの美しい若者は苛立った王妃の心をさぞかし癒してくれるだろう。今のお気に入りはきちんと苦しそうな顔をするから良い、“前の男”は何をしてもその顔が崩れることはなかった。
うめき声ひとつあげず、どれだけ傷をつけても眉一つ動かさず「離宮にいる許可」を王妃に求めたのだ。
一晩中弄んでも決して屈しなかったので、一晩で飽きた王妃は顔の良いその男の願いを叶えてやった。
“その前の男”は部屋に入るなり頭を床につけて「妻を裏切りたくない」と、惨めに希ったのでその頭を思い切り踏みつけてやった。
何故カトリーナが、ただ顔が良いだけの男に劣情を抱くと思ったのだろうか、自惚れるのもいい加減にしろと腹が立ったがやはり顔は良く声をかけて私室に誘っただけで顔を青くして怯えた顔がとても気に入ったので許してやった。
少し痛めつけるだけで、欠損したかのように大袈裟に辛そうにする堪え性のなさも最初の頃は面白かったのだ。
「失礼します」
部屋に上品なノックの音と共に、お気に入りがやってきた。
この若い燕の羽根をもぐように、傷をつける度に背筋がゾクゾクくるほどに美しい仮面が揺らぐのが今のカトリーナにとっては最高の快楽であった。
「エドワルド……来い。今宵もお前が愉しませてくれるのならお前の望む慈悲をやろう」
どうせあの燃え滓は来月には消える命だ、解毒剤もそれ以降はしばらくは不要になる。処分がてら与えるだけで、お気に入りが苦痛と屈辱に耐え忍ぶ姿を楽しめるのだ。
「(エドワルド……燃え滓が消えて、エスメラルダが捕まらず、ロデリッツ家が兄上の策略に沈んでもおまえだけは私の慈悲で助けてやろう、灰色離宮にお前を繋いで美しさが残る限りは存分に愛でてやろう)」
王妃の指先で与えられる苦痛に歪む顔、あの日美しき令嬢の髪に落とせなかった口付けを令嬢の兄の金糸雀色の髪に落としてからその白い首をそっと撫でた。
令息の無表情の合間に一瞬だけ見せた怯えた瞳の色だけが、いまのカトリーナの荒れた心に安らぎを与えた。
王妃様の愛は重すぎる。
ダンスレッスン回でエルは「血が滲むほどやった」と話していました。アルフォンスの手紙に異様にパニックを起こしていたのも半分は王妃様のせいです。
本当にありがとうございました。
5/30 少し表現修正しました




