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饗宴編 北の辺境より愛をこめて③






「いやー食べた食べた!あんな大きな肉、初めて食べましたわーガレスはん招待してくれてありがとう!」


「………はい」



 数時間後、食事を終えたメイスとガレスは騎士団の屋外のベンチに座っていた。


 メイスは騎士団の食堂の献立表のほぼがっつり系肉メニューのラインナップに驚いたが、ガレスのおすすめだという大きな肉のステーキを頼み、舌鼓を打った。


 そのボリューミーな見た目に似合わず柔らかく焼き上がるようにきちんと下処理された肉は、塩とスパイスのシンプルな味付けだったがそれゆえにクセもなくて食べやすく大きな肉は容易く彼女の胃の中へとおさまったのだ。




「ガレスはん、この街はとってもいい場所やね。雪が多くて未だに夜の寒さには慣れへんけどウチはとっても気に入ったで」


「………自分の住んでいる街なので、そう言ってもらえると嬉しいです」


 ガラハッドの騎士団の駐屯所は、当番の騎士がきちんと雪かきをしているので歩きやすい。

 だが、冬の峠は越えたとはいえいまだ街の中は雪が大量に残る、あまりに雪かひどい時はこの街の主な商売スタイルの露天は中止されてガラハッドの街は一面の白に覆われるのだ。


「ウチな、あのあと考えたんよ。せっかくお嬢さんが作ってくれた縁なのに、ウチが楽しく酒飲んで騒いでガレスはんが酔い潰れて終わりは悲しすぎるって」


「はい。自分もメイスさんが伴侶として隣にいる未来を想像しておりました」


「えっ!?展開早ない!!?!?昨日会ったばかりやで!!?!?」


 メイスは条件反射で突っ込んだ。

 だがガレスの顔は真面目であった。なんとなく感情が重いというよりも、どこまでも誠実で一つの出会いを尊重して心から大切にしようとの考えからの言動であることがガレスの目が語っていた。


 ガラハッドの騎士の誠実さは、プライベートでも発揮するのだろう。


「あんな、まずは友達から!友達からでどう?たまにこうして一緒にご飯食べて酒飲みに行こ?」


「はい。結婚を前提に友達から始めましょうメイスさん」


「いや展開早い!!早すぎるって!!ガレスはんあんた、相当なボケやな????」


 メイスはツッコミを叫んだあと、面白くなってケラケラと笑い始めた。


 昨日はじめて会ったばかりなのに結婚前提とか言い出すのだ。だが別に強制されたわけではない。この世の中にはある日突然「この男と結婚しろ」と強制されて選択肢もなく嫁がされる女性だって多数いる。そんな女性に比べたら、一度とはいえ顔を合わせて彼の優しさや誠実さを十分すぎるほど知った上での誘いだ。


「(……それにガレスはんは男爵家の次男坊。高名なガラハッドの騎士団の副団長。金も地位もあり同居なし顔よし身長よしの優良物件)」


 ケラケラと笑う心の奥で、商人のメイスは盛大に計算機をフル稼働させた。




 ブラン子爵家のメイスが心から愛するミルリーゼが抱える借金は大量にある。メイスとしてはミルリーゼの父のブラン子爵がまだ現役で働いているのに彼女が先祖からの借金を継ぎ、抱える意味がまったくわからないが、愛する彼女の為にメイスは金がどうしても欲しかった。


 その金を引き出すためなら、メイスはなんでもやるつもりだ。たとえ悪女と罵られようが石を投げられようが。金の為ならなんでもやって金を作る覚悟を決めている時に舞い降りた若い貴族の男だ。

 この願ってもない好条件で扱いやすそうな金蔓を絶対に逃す選択肢はない。



「まあええで、それじゃそれでいこうか!結婚前提の友達な!!」


「………ありがとうございますメイスさん」


「握手する?」


「………はい」



 メイスは微笑んでガレスの大きくゴツゴツとした手を握った。ガレスは頬を染めて俯いている。

 その様子に心の中のメイスはほくそ笑んだ。


「(……絶対逃さんでガレスはん、愛しのミルリーゼさまのために良い養分になってや、そのぶんウチが骨の髄まで可愛がったるから喜んでな?)」





 ヒヒーーンと、その時少し離れたところから馬の鳴き声が聞こえた。


「ん?……あれ?」


 座っていたベンチから、少し離れたところに騎士団の馬を飼育して自由に放牧しているスペースがあり、その中に放されていた一頭がこちらをじっと見ていることに気づいた。


「あ………」


「え?ガレスはんどーしたん?震えとるで?寒いん?」


 突如馬を見た瞬間、ガレスが一瞬体を震えさせたこでメイスは首を傾げるが、それよりも気になったことがあったので座っていたベンチから立つことにした。


「メイスさん!?どこに」


「ちょっとええか?」


 スタスタと歩き始めるメイスは迷いなくこちらを見ている馬に近寄った。


 毛並みを綺麗に手入れされ、尻尾をゆっくり振りながらこちらに視線を寄せる茶色の馬にメイスはとても見覚えがあったからだ。


「リーゼチャン!!プリンセスリーゼチャンやあらへんのー!?やっぱりー!!」


 馬は近寄ってきたメイスに嬉しそうに目を細め顔を寄せる。ブラン商会で飼って荷運びに勤しんでいたある意味では同僚のような馬であった。


「あ………あの、メイスさん?」


「おまえここにおったんやね。姿が見えなくて心配だったんよ?なんかすごく綺麗になったんとちゃう?元々良い馬なのはわかっとったけど、男前になったなー?」


 メイスは慣れた手つきでプリンセスリーゼチャンの輝く毛並みを撫でて褒め称えた。


「メイスさん……馬が好きなんですか?」


「えっ?まぁ犬猫の延長線やけど好きか嫌いって聞かれたら好きよ?でもこの子は特別や、ミルリーゼさまの名前を冠した馬やもん。世界でいちばん好きな馬やね」


 メイスは頬を擦り寄せるプリンセスリーゼチャンに優しく頬擦りを返すと、隣で戸惑ったような顔をするガレスの質問に答えた。


「メイスさん………」


「んー?何ー?」


 ガレスはその様子をしばし呆然と見つめるが、何かを決意したように後、力強く頷いた。




「自分と結婚してください!!!!!!」




「えっ!?何!?さっき友達になったばかりやで!?流石に展開が早すぎておかしくない!?」


 ガレスは突然大きな声でプロポーズをした。周囲で馬の世話業務にあたっている騎士も明らかにおかしな副団長の様子にどよめき、ざわつきはじめる。


「あなたのような女性を探しておりました!このガレス、あなたの為なら馬になれます。自分が26年間誰とも関係を持たなかったのはメイスさん、あなたに巡り会う為だといま天啓がおりました。どうかこのガレスの美しき伴侶になってください!!!」


「はい?……え?なに?……もう一回いって?」


 ガレスの馬スイッチが入ったようだ。典型的なオタクの早口に情熱的な口説き文句も混ぜられ並べられてゆく言葉にあのメイスでさえ困惑して固まってしまったのだ。


「このガレスと結婚してください!!!!!!!!」


「えっ……いきなりどーしたん?ガレスはん頭打ったん?」


「あなたの為ならピッチャーの酒も飲み干します!!!」


 ガレスは丁寧に跪き、心からの言葉でメイスの手に触れて真摯な眼差しで求婚をした。





「カイル坊ちゃん!こっちです!!」


「こらーーガレスーーー!!馬禁止!!馬接近も禁止だって言っただろうがーーー!!!」


 遠くから先ほど馬の世話をしていた騎士の一人が赤い髪の少年を連れてきた。勢いよく駆けてくるのは彼の上司の騎士団長の息子のカイルである。


「あ……あなたは、ミルリーゼさまのお友達のカイルくんよね?ウチはメイスって言うんやけど」


「あんたがメイスさんだな!ごめん!このガレスのことは一旦忘れて!!!おいガレス!!!馬とメイスさんから離れろ!!!!この大馬鹿野郎!!!!!!!!!!」


「メイスさん!!あなたは心身ともに美しい!!!!自分の運命の人です!!!!!!」


「頼むからすこし黙ってくれ!!!!!おいそっち持って!すまん、おまえは大至急親父を呼んでくれ!!!オレじゃ手に負えない!!!」


 カイルはテキパキと周囲の騎士に指示をして、先ほどまで初心で誠実だったのに何が起きたのか狂い始めた男をずるずると引きずっていった。


「………え?……今何が起きたん?」


 取り残されたメイスはいまだに固まり、プリンセスリーゼチャンだけがメイスの手に頬擦りをして早く撫でろと乞い願った。


 ただ今のメイスに理解できることは優良物件だと思っていたガレス・ノートンはとんでもない訳あり物件だということだけであった。




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